5:余興の決闘(後編)
アセム、魔力を線状に放つ基本的な魔法だ。
魔力が輝きを放ち光のように一直線に放たれるそれは、閃光とも呼ばれて使い勝手のいい魔法として、多くの魔法使いから愛用されている。
マナもこの魔法はお気に入りの一つであり、多用していた。
だが、魔王レベルとなると禍々しい黒い閃光として、一発で闘技場の壁を半壊するほどの威力を持っていた。
「ふむ、消し飛ばすつもりで放ったが、まだうまく加減が出来んか」
転生して体が変化した影響からか、自身の身体と魂の同調がうまくできずに、上手く魔力をコントロール出来ないでいた。
それを持ってしても、放たれた黒い閃光は周りを静かにさせるのに十分な威力であったが、
「ちょ、なにやってんのよあんた!」
アイリスだけは、まだ突っかかていた。
「決闘は生死をかけた戦い、ならばどちらか死ぬまで戦いは終わらぬ」
「そ、それは……そうだけど、その結果に何の意味があるのよ!」
アイリスも今どき殺し合う決闘なんてくだらないと思っているが、もし譲れない何かがお互いにあるのなら生死を賭けて戦うのも仕方がないとも思っている。
だがこの決闘にそれがあるのか彼女には分からず、純血のプライドを賭けたくだらないものだと思っていたので止めようと改めて決意して決闘場に入ろうとする。
だが、そのアイリスの動きがピタリと止まる。
いつの間にかマナの周りには8つほどのオーブが展開されていた。
その1つ1つから膨大な魔力が溢れてきており、先ほどの魔法を放つための砲台であろうか、それを向けられていることを理解したアイリスは、動くことが出来なかった。
アイリスが考えるにあの黒い閃光のアセムは、威力は膨大だが速度が普通のものと比べて劣っている。
ならば、真正面からしかも予備動作があるアセムなど回避するに容易いが、それが8つもあるとなると、物量で押されてしまう。
彼女は表情を苦渋なものにし、それでも闘技場に降りようとするが、
「そこで見ていろ、アイリス」
「えっ?」
初めて名前で呼ばれてアイリスは、思わずきょとんと表情を変える。
もしこれがツインというふざけた呼び方ならばその制止を無視して立ち入っていたが、その真剣な声と細めた目で睨みつけれて動きは止まってしまったのだ。
だがそれでもこのままではマナが相手を殺してしまうと感じたので、無理にでも入ろうとするがそれをシエルが後ろから肩に手を置いて止める。
彼女もまた真剣の目で無言で制止しており、それを見て渋々だが留まることにする。
マナはそのやり取りを見て、アイリスから目の前の倒れているルイエンに視線を移す。
「さて、我は意味のないものを嫌う、そこの人間を見定めるのも我の仕事である」
マナは倒れているルイエンの元に近づくと彼は明らかに怯えている表情となる。
「ひっ」
「貴様は我の時間を無駄にしたということで極刑であるが、一度だけの反撃を許す」
マナがそちらを見た瞬間、オーブの魔力は高まり始めてすべてルイエンに向けられる。見た目からは向きなどは分からないがその魔力を当てられているルイエンからは狙いをつけられているのがよくわかった。
ルイエンはそれを見て死を認識した、喉先に剣を突きつけられている状況と全く変わりがない、防ぐのも回避することも不能だと理解していた。
だが彼は一度だけの攻撃を許されている。
その証拠にマナは防御の構えをとっておらず、禍々しい魔力を開放せずに待っている。
故にこの状況でルイエンが生き残る道は、魔力が解き放たれる前にマナを殺すことであり、防げなければ撃たせなければいい。
だがそのためには自分より格上の相手を一撃で倒さなければならない。
それならば叩き込むのは生涯で最強の一撃の必要があるが、彼は生涯で最も消耗している状況であった。
「もしかしたらそこの魔剣を使えば届き得るかもしれんぞ?」
マナがそう言いルイエンは落ちている魔剣を見ると未だ禍々しく黒い何かを放出されているのが見えた。
確かに可能性はあるように見えるが明らかに煽りであった。
あの魔剣をつかめば身体は溶ける。
ルイエンもそれは分かっており、とてもじゃないが握れるものではなかった……それが通常の思考であればだ。
――あの魔剣には自身の奪い取られた魔力が集まっている、それを扱えばあるいはあの化物に届き得るかもしれない。
そう考えルイエンは最後の力を振り絞って魔剣の元によろよろと歩き出す。
「ほう……」
マナは立ち上がり魔剣に手を伸ばしたルイエンを見て少しばかり驚きの表情になる。
そんな勇気もないつまらない臆病者だと思っていたが、どうせ死ぬなら自殺してやる類の馬鹿者だったかと思い直す。
「ぐわぁぁああ!」
ルイエンは剣の柄を掴むと黒い何かが溢れ出し、触れた瞬間思わず叫び声を挙げるほどの痛みと熱が襲いかかってきた。
手を溶かそうとするやけどの痛みすら超越したその熱は神経まで達して全身を蝕む。
だがそれでも魔剣を離しはしなかった、これを離せば自分は死ぬと理解していたからだ。
「見上げた根性ではあるな」
その点はマナは評価していた。ルイエンも最早、意地と根性で耐えていたが限界が来るのはそう遠くはない、魔剣を離しても離さなくても死ぬような状況。だがそれでも一筋の希望が存在する選択肢を彼は選択する。
「くそ、俺はルイエン・ベイカルだぞ……てめえがベイカル家の宝物ならば俺に力を貸しやがれクソ剣が!」
やけくそに放った言葉であったが、心ではベイカル家の宝物なのにベイカル家である自分がその魔剣を使えないことに苛ついていた。
だがそれは、今を打破するにおいて正しい答えだ。
聖剣が名馬ならば魔剣はじゃじゃ馬だ、即ち魔剣と使い手は常に戦いである、どちらかが上回ることで支配される側が決まるわけなのだがそのためには心を強くもつ必要がある。
そして今この瞬間ルイエンの意志が魔剣を凌駕したのだ。
「支配したか」
今にもルイエンの身体を蝕んでいた黒い何かが、身体に纏わりつくように体内に吸収されるのを見て、マナは目の前の死にかけていた男が魔剣を支配したと認識する。
魔剣を扱うためには魔剣の意志を支配することにある。支配すれば魔剣から生み出される魔力も吸収された魔力も自由に扱うことが出来るのだ。
「これは……いや、これなら!」
ルイエンは、自身の手元を見てみると今にも骨まで見えそうなくらいに溶けていた手元はすでに治っていた。それに自身を覆うような魔力の流れ、可視化されるほどの魔力は生まれて初めてでありまるで宙に浮いているように身体が軽かった。
今こそが生涯で最高の状態と言っても過言ではない。
ルイエンは前を見る、小さき身体ではあるが最強の敵が立っている。無防備なはずなのに一切のスキが見えない化物だ。
今すぐにでも逃げたいという気持ちはあるが、あれを倒さなければ自分の命はない。それに仮に逃げれるとしても今は打倒したいという気持ちに溢れていた。
ルイエンは一度集中する、目をつむりスキだらけであるが一度だけの反撃を許すと言っている以上問題はない、一度宣言したことを反古にしない、なんとなくだが彼女はそういうタイプだと感じていた。
彼は自身の魔力を一気に手元に集める、そして手元から剣に向かいさらにそこで増幅される。
魔剣を天に向け魔力を開放する、すると黒き魔力の奔流が天を貫き魔力の大剣となる。
「喰らえ!」
ルイエンは自身の腕を振り下ろし剣はまっすぐマナに振り下ろされる。
あまりにも大規模な攻撃であり直線上の観客は慌てて避難するが、マナだけは回避もせず受け止める選択肢を取る。
マナはそれを見て見事なものだと素直に感心する。些か無駄が多いがこれならば大軍であろうと薙ぎ払うことが出来るであろう。
ただ問題があるとすれば、目の前の少女が大軍を大きく上回るほどの戦力を単体で所持していることであろうか。
「まあ、及第点だな」
マナは黒い羽のような魔力を背中から展開する、そして同時に瞳が赤に変わる。
そしてすっと手を振るとルイエンが魔力で作り出した大剣はガラスが割れたように散って消えてしまう。
「なっ!」
その驚きはマナ以外の全ての人間からであった。
「ははは、冗談だろ……」
もはや笑うしかない、絶望を通り越した先にルイエンはたどり着いていた。
ペタンと後ろに倒れ座り込むとマナは近寄って無言でルイエンを見る。
「さあ殺せ、力は出し切った悔いはない」
その表情に恐怖はない、むしろ潔い表情であった。全力で戦い届かなかったのだこれ以上の足掻きは無意味だと悟り、死を受け入れることに納得していた。
そしてそれを持ってしてマナは裁定を下す。
「……人とは死ぬ間際に本質を出すこともある、貴様はどうやら無意味ではなかったようだな」
「え?」
無意味なものは嫌う、もし彼がそこらの凡夫と同じならばマナは消し飛ばして不機嫌な気持ちで終わりだが、目の前の男は死ぬと分かりながらも剣を取り、あらがい、自身の実力を上回る能力を持って抵抗してきた。
才能はないがマナにとってそれは重要ではない、なぜなら自身を超える才能の持ち主などおらず全員同じようなものだと考えているからだ。
問題はその在り方にある、純血という下らぬ理念に捕らわれているがそれを剥がした時の彼は見どころがなかなかにある男というのが彼女が出した結論だ。
故にここでは命は取らない、生かしておけばもっと面白い結末になりそうであったからだ。
「せいぜい励め、此度の戯れ合いはなかなかのものであった」
マナはそれだけ言って観客席の方に戻る。ルイエンは何かが抜けるような感覚に陥ってバタンと決闘場の中心に仰向けになり空を見上げる。
ルイエンの取り巻き達が駆け寄ってきて心配の言葉を掛けるが、その言葉は彼の耳に入って来ていなかった。
「褒められたのって初めてだな……」
ルイエンには兄弟がいるが自身は黒炎が扱えるだけの落ちこぼれであった。いつも親は優秀な兄達を褒め称え、自身は褒められたことがなかった。
純血だから周りが勝手についてくるが、見られているのは家系なことぐらいは気づいてはいた。
それでもそれは心地の良いものだから受け入れていたが、今日初めてルイエンという人間を評価してかけられた言葉は偽りの褒め言葉よりも、否、どんな言葉よりも嬉しかったのだ。