4:余興の決闘(前編)
昼頃になるとマナはエルサに第4闘技場に案内するよう命令して向かうことになったが、その途中でアイリスとシエルが闘技場の付近をぶらついているのが見えた。
アイリスもマナに気づいたのかマナの方に話しかける。
「あれ? あんたは……」
「マナだ、ツイン」
「誰がツインだ!」
ツインという不名誉なあだ名を呼ばれてアイリスはツッコミをいれる。よくよく見るとアイリスの服は少しばかり汚れており後ろのシエルも同様であった。
「マナ……良い名前だ」
「うむ、もっと褒めるが良い、して二人共入学試験とやらは終わったのか?」
シエルがマナの名を褒めてマナは良い気になる、そして学園に興味があったので入学試験の事を尋ねた。万が一受けるとして落ちることはありえないと思っているがその内容は気になるのであった。
「監督官に、合格だ、もうやめろ! って言われて中途半端のところで終わちゃった」
どうやらお互いの実力を試験官に見せて判断するらしい。勝敗は関係なく学園に入れる最低限の基準かどうかで決めるとアイリスは付け加えた。
ちなみにアイリスとシエルは第1闘技場で試験と称して戦って、後の試験を行えないほど闘技場をボコボコにしたので今は使用禁止となっている。
「これで100勝99敗53分けだな」
「こら、100敗だろ」
シエルが一敗ほど盛ったのですみやかにアイリスはツッコミを入れる。
この二人は今まで戦っており、内容はお互いに引かず熾烈な争いであり結果として闘技場を使い物にならなくした後に引き分けに終わった。お互いに決着がつかなくて不足そうであったがあくまで入学試験なので渋々だが納得している様子だ。
「ところで後ろの人は誰?」
「我が臣下のエルサだ、エルサよあの赤髪はツインで金髪はシエルと言う」
アイリスがそう聞くとエルサが名乗る前にマナが紹介する。同時にエルサに2人の名前を紹介すると彼女は前に出て頭を下げてお辞儀する。
「よろしくお願いします、ツインさんとシエルさん」
「いやいやいや、私の名前はアイリスです」
マナがツインと紹介してエルサが勘違いしているようなのでアイリスは慌てて訂正する。初対面の人に間違って覚えてしまって、このまま不名誉なあだ名が広まってしまっては困るからだ。
「はい、アイリスさん」
エルサは素直に訂正する、アイリスはどこかのロリと違って素直な彼女にホッとすると同時に不思議な雰囲気の人だなと思った。
「そういえばその入学試験とは我も受けれるのか?」
「招待状が無いと駄目みたいだけど……なにあんた魔法使えるの?」
「うむ、ツインよりは上手く使えるぞ」
あえて挑発するように言うマナに、アイリスは眉をピクつかせて見事にその挑発に引っかかってしまうのであった。
「へえ、一応私100年に1度の神童って言われてるんだけど」
魔法なら誰にも負けないそれがアイリスの信条であった。事実アイリスはこの国で一番の魔法使いと呼ばれ、100年に一度と呼ばれるほどの才能を持っており、その才能をマナも認めていた。
ただ彼女は張り合う相手が悪すぎただけである。
「たわけ、貴様は確かに才能があるようだがまだ我の足元にも及ばぬわ!」
「い、言ってくれるじゃない!」
マナは腕を組み勝ち誇ったような顔でアイリスを見上げる、それに対して負けじと張り合うがそれを冷ややかな目で見ている人物が2人ほど居た。
「少女相手にムキなるのはいけません」
「そうだぞ、100年に1度のツイン」
なにをムキになってるんだとエルサとシエルに言われアイリスは顔が少し赤くなる。
「うっさいわね! あんたも100年に1度って言われてるでしょうが!」
シエルも100年の一度の神童と周りから言われていた、マナは100年というのもなかなか安っぽいなと思っていたが口にはださないことにした。
「まあ我の力が見たければついてくるがよい」
「ん、なにかするの?」
「うむ、決闘だ」
それを聞いてアイリスは固まり、シエルはほうと感心したような表情になる。
それもそのはずだ、決闘とは軽々しいものではない。アイリスとシエルも勝負はいつもするが、決闘となると3度ほどしかしたことがない。それでも同じ相手と3度も決闘しているのは異例中の異例ではあるのだ。
「ちょ、ちょっとそれって生死をかけた戦いのことでしょ!?」
アイリスが言う通り、決闘とは誇りを賭けた本気の戦いである。勝者は生き残り、敗者は死す。故にアイリスとシエルの決闘のようにお互いに限界で力尽きて引き分けにでもならなければ、どちらかが死に絶えるので同じ相手と決闘するということはほぼありえないのだ。
「らしいな、まあ少しでも見どころがあるなら殺さないことも考えてはやらんこともないがな」
「いやいやいや、何言ってるのあんた!?」
「……やはりこのロリ、只者ではないな」
勝利する前提で話しているマナを見て、アイリスはやめろと言うが勿論それは聞き入られず、逆にシエルはこの少女からとんでもない何かを感じており、只者ではないなと根拠のない確信をする。
こうして2人を加えて騒がしくなりながらも第4闘技場に向かうことになった。
この学園にはいくつか闘技場が存在する。1から3までは入学試験に使われており第1闘技場はアイリスとシエルがぶっ壊した後であり、4以降は今は使われていなく空いている。
そして空いている第4闘技場は普通ならば人は居ないはずだが、見渡すと空席が目立ってはいるがそこそこに学園の生徒が席に座っていた。
ルイエンの取り巻きと、決闘を申し込まれた時に居た野次馬達がその噂を広げそれを聞いたものが面白そうだからと集まってきたのが大半であった。
マナが闘技場に入るとすでに中央の決戦場ではルイエンが待っていた。
軽やかにマナは決戦場の壁を飛び降りる、周りの生徒はそれを見てマナを注目するがまず思ったのが、こんな小さな少女で大丈夫なのかと不安になるのが大多数である。
決闘とはいえ今どき殺したりはしないと思っているが、危険なことに変わりはないからだ。
それに相手は特待生である。
「よく逃げずに来たな」
「それはこちらのセリフだ、よもやあれは逃げるための方便であったと思ったが杞憂だったらしいな」
ルイエンはマナに対して挑発するように言うが簡単にあしらわれて言葉を返される。
「……その余裕そうな態度もこれまでだ」
ルイエンはマナの見下す態度に苛つきながらも言葉を返す。
その様子を少し離れた席から、アイリス達3人は見守っていた。
「げっ、あいつってベイカル家じゃん」
「ガチガチの純血家系か」
ルイエン・ベイカル、それがマナの決闘の相手のフルネームである。
ベイカルは貴族であり、純血と呼ばれる家系である。
純血とは自身を魔王の血筋とすることを誇りにしている家系であり、事実他の家系よりも権力や地位を持っている事が多い。
アイリスとシエルも純血ではあるが、二人の家系はそれほど純血であることを重視していない、だがベイカル家は純血に拘り、純血以外ゴミも同然という思想のガチガチの純血派であるのだ。
勿論、その末弟のルイエンもそう教え込まれており周りの純血ではない生徒を見下しているが、それは純血の人間だとよくあることなのだ。
そしてその標的となったエルサは純血の危険度というのを理解していたからマナにやめたほうがいいと言って、今でも心配していた。
「やっぱり危険」
「まあいざとなれば私達が助けるわよ」
「マナは興味が尽きないからな」
アイリスとシエルは危険になれば介入する覚悟であった。
お互いにライバルではあるが勝負でなければ程々には距離感が近いことが多い、それは実力とプライドはお互いに方向性は違うが、距離は近く、似た者同士であるからだ。
似てるから負けたくないと言う気持ちになるが、似てるからこそお互いの最大の理解者ともなり得るのだ。
3人は中央の決戦場の広場に視線を移す、そこではマナとルイエンが向かい合っておりまだ決闘を始めてはいなかった。
様子見とかそういう雰囲気ではなく、まだ戦う段階ではないという雰囲気である。
それもそのはず、マナは前にルイエンのとっておきの魔法を打ち破っている、故にそれから状況が変わらないのであれば戦う価値もないという判断を下しているからだ。
「さて勿論、何か策はあるのであろうな?」
黒炎は通じないのだからほかに策はあるのだろうなとマナは問いを投げる、くだらない答えが返ってきたら決闘ではなく虐殺を始めるの是非もないと思っていたがルイエンは無言で答えを示す。
懐から黒い何かを取り出す……鞘だ。
鞘ならば剣が収めてあるのが道理である、ルイエンが鞘から剣を抜くと禍々しいというのがお似合いな黒き刀身が姿を現す。
「……魔剣か」
「由緒正しい魔剣だ」
マナはそれを見定める。
黒き刀身は一切の穢はなく禍々しさを感じられる、そこから感じる魔力もかなりのものであり、なかなかの一品ということが分かる。昔でもあれほどの魔剣は幹部クラスでないと手に入れられないものだ。
その魔剣の力はマナが目の前の少年と決闘を行うのに値する価値はあった。
「まあ、少しは楽しめそうだ」
マナは腕を組んで少しは遊んでやるかと態度になるが、その構えもしない舐め切られた立ち方にルイエンは怒りが湧き上がる。
「ほざけ!」
ルイエンは剣を構えて突撃する。悪くはない動きであったがマナからしてみれば赤子も同然である。腕を組んでいようがそれを避けるのは容易かった。
「なっ!?」
その驚きはルイエンのものだけではなく観客の全てが驚いていた。
その原因はマナの回避の仕方にあった、ルイエンの突撃に対してマナは跳躍することで回避をした。彼は盛大に空振るがそれと同時に着地を狙おうとすぐに体勢を直したがマナが着地することはなかったのだ。
なぜなら空中に浮きながら余裕そうな顔で今度は文字通り上から見下していたからだ。
空を飛ぶ、空に浮くといった魔法は難しく簡単に出来るものではない、だから皆は驚いていたのだ。
「どうした、届かんのか?」
「なめるな!」
ルイエンは魔力を足に集中させると足が羽のように軽くなる。空は飛べなくても大きく跳躍することは彼にだって出来る。剣を振り上げ同時に大地を蹴り空中に飛び出す。勢いは十分、マナに届き得る一撃となる……がマナはそれを後ろにすすっと移動することで回避する。
紙一重で回避したのでまるで遊ばれているように観客は見えたが、その動きを見てアイリスとシエルは驚愕していた
「……すご、あいつ完全に制御してるじゃん」
「ああやって滞空することや細かい移動は私達でも無理だな」
飛行程度ならアイリスとシエルも出来る、滞空することも頑張れば出来るが細かい移動は制御が難しくまだ出来ていなかった。
「……二人が出来る方が驚き」
それでも入学生が飛行の魔法を出来るのは異例ではあったのでマナだけではなくアイリスとシエルにもエルサは驚いていた。
「くそ、卑怯だぞ!」
「ふははは、そもそも貴様ごときが我と同じ大地に立っているからして本来は間違っているのだ!」
マナは空高くから手を出せないのをいいことに煽り立てる。
見た目は少女なのに、その高笑いと物言いに観客はドン引きであったがどこ吹く風といったように上機嫌に笑っていた。
「勝てないからって逃げるつもりか!」
だがその一言でマナの態度は変わり眉をぴくっと動かして反応する。
「ほう……ほざいたな?」
苦し紛れの一言であったがマナはそれを聞いて地上に降りる。
煽っていたが、自身も煽り耐性が低いマナであった。
「時間切れまで見下すつもりであったが我が自ら手を下してやろう」
マナは両手に白銀の剣を構える。急に現れた双剣にルイエルは少し驚くが、もう何が出てきてもおかしくないので驚愕には至らなかった。
「別空間への貯蔵か」
シエルはその魔法を分析する、魔法により空間を生み出してそこに武器などを貯蔵する魔法である。貯蔵された物は取り出すときに一瞬で装備できるので鎧や剣といったものを貯蔵することが多い。シエルも剣を使うので重宝しているがこれもまた難しい魔法であった。
「ではいくぞ」
マナは双剣を構えて突撃する。
刃は白く光っており一切の刃こぼれはない、素人が見ても見事だと分かるような双剣であった。
「うむ、このような趣向は久々だがなかなかに楽しいな」
マナが剣を振り上げるとルイエンはそれを受け止める、だが双剣であるがゆえに空いている方から容赦のない一撃が襲いかかる。
「くそっ!」
剣の腕は明らかにマナが押しており、その一振り一振りが鋭くそして重い一撃であった。ルイエンは剣でなんとか防ぐが相手の剣を防ぐたびに手が麻痺しそうな衝撃が襲いかかってくる。
そんな小さな身体でどこから力が湧いてくるか不思議であったが事実マナの力は屈強な戦士と同格といってもいいほどである。
剣の腕、力量、その2つが劣っていてもなんとか渡り合っているのは2つの理由がある。1つ目は単純に道具の優秀さである。魔剣というのは意志を持っており、マナの攻撃に対して意志を持って防いでいたのだ。
「互角?」
「いえ、違うわね」
エルサの疑問にアイリスは答える。
確かにマナの攻撃に対してルイエンはしっかりと防いでいたがアイリスにはその先が見えていた。
「このままだとマナが勝つわ、まあ単純に腕の差ね……あいつ手を抜いているもの」
「そうだな、底が見えぬというのは、ああいう事であろう」
事実マナは手を抜いており相手の限界値に合わせて自分の力を振るっていた。
均衡している戦いだがそれはマナが均衡させているのであり、これがルイエンがなんとか渡り合える第2の理由である。
だがなぜそんなことをする必要があるのかと言うと、マナにはある狙いがあった。それがマナの勝利条件に繋がっていたのだ。
「くっ、なんだ急に力が……」
数十手渡り合ったところでルイエンは全身から力が抜けていろような感覚に陥り、マナの剣を防いだ後にその場に崩れてしまう。
「限界が来たようだな」
「限界だと?」
魔法も使わず、ただ剣を振るっているだけで今までの人生で経験したことのない疲労感が襲いかかってきたのだ。ついには剣も握ることが出来ないほどの脱力感も襲いかかってきて決闘の最中なのに武器を手放してしまう。
「自身の扱う武器のことも知らんとは……魔剣とは使用者の魔力を吸収して力をつける呪いの剣、貴様ごときの力量では魔剣に飲まれるのは道理であろう」
魔剣が強者と渡り合うために過剰に魔力を吸収してしまった結果、ルイエンの魔力は枯れてしまったのだ。
「くっ、ふざけるな!」
ルイエンはそんなことは認めないと言わんばかりに魔剣に手を伸ばす。だがその魔剣に触れてはならないと無意識に脳は理解しているのか凄まじい嫌悪感に襲われる。彼から魔剣は、熱した鉄の棒、毒々しい棘のように触わることが躊躇われるような感覚に本能が変換していたのだ。
だがそれでも本能を振り切って無謀にも魔剣の柄を握りしめる。すると闇のような黒い何かがルイエンの手を逆に掴んできた。
「うわぁあああ!」
まるで焼けるような痛みが手元から全身に駆け巡り剣を離してその場に転がりのたうちまわる。ルイエンの掴まれた手首の部分が少しばかり溶けたのだ。
「終わりね」
アイリスはそれを見てマナの勝利を確信した。ルイエンの取り巻きたちも負けたと思い慌てて決戦場に近寄ろうとする。先頭の1人が決闘場を囲んでいる壁を飛び降りようとした瞬間、何かが壁を直撃して抉り取り思わず後ろに吹き飛んだ。
「近寄るな、いまこの決戦場の土を踏むと言うならば我が消し飛ばす」
まだ決闘は終わっていない、そうマナが言っていたのだ。