25:悲しき戦い
マナ達がダンジョンにたどり着いた頃、エルサはシスターと戦う羽目になっていた。
――剣が振り上げられる。
エルサの目には、青い何かが自身の心臓を向けて迫ってくる軌道が、チラりと見えただけである。
それほどまでに彼女の剣の速度は速かったのだ。
故にエルサは反応して防ぐのではなく反射的にそれを防いでいた。
身体の前面に氷壁が展開される。
固体という性質上、氷は物理を防ぐ障壁となるので彼女の青い剣はエルサの青白い壁に止められるのであった。
だが反射的に出した以上それの精度は悪く、一太刀防いだだけで音を立てて砕かれてしまう。
「っ!」
エルサはそこで初めてシスターに斬られたという事実を確認して、表情は呆然としたものからすぐにキリッとした怒りの表情に変わるのであった。
それはシスターに向けられた怒りではない、ベルゼブブに向けられた怒りであった。
シスターは自分に対して殺意を持って接することなどありえない、そう思ってるからこそあの女が何かをしたに違いないと当たりをつけていたのだ。
だがそれが事実だとしてもシスターの殺意を止める事は出来なく、すぐにエルサは後退をしたのだが彼女は追従するように接近する。
エルサは中遠距離主体、シスターは近距離主体、ならばエルサが接近されるのは必然のことであった。
迎撃しようにもシスターの身体を傷つけるわけにはいかない、故に使える魔法は限られている。
「氷結よ、縛れ」
エルサは詠唱を行うと、自分の足元から地面を凍らせるようにして魔力がシスターに接近する、そして魔力は4つの氷に別れシスターの四肢を拘束するのだ。
氷魔法の本質は氷結させて動きを止め固定すること、このように敵を拘束したり動きを阻害するのが得意であり、氷柱を飛ばすことなど副次効果に過ぎないのだ。
シスターの動きは止まり、とりあえずはと思ったエルサだが、その魔法は足止めにもならないということを思い知ることになる。
シスターは集中してサーキットに魔力を流し込むと力技で氷の呪縛から解き放たれる。
氷が割れる音が鳴り響くときには彼女はエルサに接近して斬りかかる体勢に入っていた。
「氷剣よ、この手に!」
エルサは急いで詠唱をして、氷剣を手に展開する。魔法剣とは違い、物理的な氷の剣であるが魔力が込められているので切れ味や硬度は鉄の剣と変わりがない。
氷剣を持ってしてシスターの魔法剣を受け止めるが、たった一太刀防いだだけでそれは割れてしまう。
これは氷剣が脆いのではなくて彼女の魔法剣が強いだけである。
そもそも魔力においてエルサはシスターに劣っているので、先程の氷の呪縛も力技で解除されてしまったのだ。
それでもエルサはすぐに新しい氷剣を作り出す、魔力が続く限りは作り出せるのは魔法剣と似た性質だ。
シスターの剣を受け止める、今度は氷剣は割れることはなかった。先程、割れたのを見て込める魔力の量を上げたのだ。
剣戟では当たり前ながらシスターが上回っていた。
そもそもがこの氷剣の魔法もエルサがシスターから学んで会得したものである。
つまりはシスターはエルサの師匠であり、同じ土俵で彼女に勝てる道理はなかった。
氷剣が音を立てて割れる、だがすぐに作り出してまたもや接近戦を挑む、同じ土俵で敵わないのならエルサは一歩退く必要があるがそれをしないのはある目的があったからだ。
「シスター、目を覚まして!」
剣戟の最中にエルサはシスターに語りかけていた。
エルサにしては感情を込めた悲痛な叫びであり、普段のシスターなら何らかの表情を見せるものだが彼女の見せる表情は冷酷そのものであった。
「……目なら覚めてるわ」
恐ろしく冷たい声を出しながらシスターは剣撃を繰り出す、3度目の作り出した氷剣が割れる音と同時にエルサは吹き飛ばされる。
「あなたを殺すことで私の迷いは晴れる」
「っ! どういうこと?」
吹き飛ばされた身体を起こしながら聞き返す。
エルサはシスターが何かに苦しんでいることは知っていた、頭を抱えながら悩んでいたところも見たことはある。
だけどそれがなぜ私を殺すことと繋がるのかが理解できなかった。
「あの時、私が任務を遂行できなかったから……それを今達成するってことよ!」
シスターはそう叫びながらエルサに斬りかかる、それを氷剣を作り出して受けとめながらその言葉の意味を考えていた。
エルサは彼女の素性を知らない、知っているのは孤児院のマザーとしての彼女だけだ……それなら任務という単語と、あの時と言う単語をつなぎ合わせると自分が知る前の彼女の事だと推理する。
そしてエルサを殺すことが達成されなかった任務と、死んだ本当の両親と生き残ってしまった自分、照らし合わせると彼女の正体が浮かび上がってくる。
それはエルサの両親を殺した暗殺者という事だ。
なまじ頭の回転が良いエルサは、それにたどり着いてしまった。
彼女によって4度目の氷剣が砕かれる、だが今回砕かれたのは剣だけではなかった。
「そ……んな」
全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
エルサが辛うじて出した言葉は、信じられないと言った表情での現実を否定したい悲痛な小さな呟きであった。
「ふふん、心が折れる瞬間はいつだって最高ね」
そんな悪趣味なことを言っているのは、後ろで観戦していたベルゼブブであった。
「違う、シスターはあいつに操られてるだけ」
「あら、酷いわね、私は苦しんでる子羊に解決策を提示して元々あった感情を増幅しただけよ」
エルサは否定の言葉をベルゼブブに対して吐き捨てるが、当の本人がしたことは彼女の奥底に潜んでいた代行者としての感情を引き出しただけだと言う。
任務に忠実な感情は、今の迷いを任務が達成できなかったという後悔に変えてしまったのだ、だからエルサを殺せば迷いは晴れると思っており、今の彼女に慈愛や優しさといった感情は存在していなかった。
それを聞いてエルサは打ちひしがれる。
絶望が心を支配して身体が言うことを効かなくなるのだ、そしてエルサはこの感覚に覚えがあった。
小さい頃、ようやく言葉を覚えて会話が出来るようになったぐらいの出来事だ。
「逃げろ!」
男の人がエルサに向かって叫ぶ、それは彼女の父親であった。
壁にかけてあった剣を取り震えながらも暗殺者に向かって構える。
程なくしてエルサの母が子供の手をとって逃げるようにしてその部屋から脱出する。
それからすぐに逃げていく母子に父の断末魔が聞こえてきた。
「パパ!」
「駄目よ!」
エルサは思わず振り返り止まってしまうが、それを母親は無理やり手を引っぱて走り出そうとするが前に信じられないものを見てしまう。
それは先程、屋敷の中に居たはずの暗殺者であり、既に追いついていた彼女は両手に青い剣を構えていた。
母親は後退りして、エルサは思わず母親の裾を掴む。
「お願い、この子だけは見逃して!」
母親は命乞いをする、自分のではなく子供の命乞いだ。自分は殺してもいいが自身の子供だけは助けてほしい必死にお願いをするがそれを暗殺者は聞き入れることはなかった。
ゆっくりと母子の元に歩みを進める、それを見た母親は自分の子供を抱きかかえるようにして暗殺者のから子供の身を守ろうとする。そして剣は母親の背中に無慈悲なまでに振り下ろされた。
そこから血が吹き出して母親はエルサに倒れ込む。
エルサの視界に見えたのは、動かなくなった母親とその血で紅く染まった光景と後ろから自分も殺そうとする暗殺者の顔であった。
エルサの意識はここで途切れていた、その時のショックからか完全に忘れてしまっていたのだが、今ならはっきりと暗殺者の顔が思い出す。
それは確かにシスターの顔であった。
否定できない現実をエルサは受け入れて、すでに諦めた表情を見せていた。
信じていたものから裏切られたということは、それほどまでに耐え難いものであったのだ。
シスターも抵抗する意志を見せない目標の首を無慈悲なまでに断とうと剣を振り上げる。
「イグニ、アセム!」
だがその瞬間、赤い閃光がシスターを襲いかかり、咄嗟にシスターは後ろに下がり閃光が飛んできたほうを睨む。
そこには小さき王と赤い魔法使いの少女が立っていた。




