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21:食卓での出来事

「てやぁ!」


「ふははは、踏み込みが浅いわ!」


 日も落ちこれから暗闇と星が空を支配する時間、子どもたちは孤児院の中に入りマナとチャンバラごっこをしていた。


 少し硬めの紙を丸め剣に見立てて3人の男の子達と戦っていたが……勿論、手加減はしているがマナに敵うわけがなく、しかもマナもマナで一太刀も食らうつもりはなく、大人気ない戦いになっていた。


「ねーちゃん、強えぇ!」


「おい、諦めんなよ! 絶対、一発は入れてやるんだ!」


 そう言うのは、マナと初対面で口喧嘩していた元気な少年である。マナの圧倒的強さの前でも諦めずに周りの諦めかけてる仲間に声を掛ける。


 するとその闘志が伝わったのか尻もちを着いていた2人立ち上がり剣を構える。


「うむ、よいぞ」


 それを見てマナは満足げに襲いかかる3つの剣を、自身の剣で受け止めた。


「ふふ、元気ね」


 シスターはキッチンでエルサと共に晩御飯の支度をしており、そこからでもマナ達が騒ぐ音が聞こえてきたのだ。


「……うん」


「あの子達にもう1人、お姉ちゃんが出来たみたいね」


 その言葉にエルサは少しばかり表情を曇らせ、それを見たシスターは意地悪そうに微笑みを見せる。


「大丈夫よ、あの子達の一番のお姉ちゃんはあなただから」


「……うん」


 自分の考えていることが見抜かれたからか、エルサは顔を赤く染めていた。


「マナって子はあなたにとっても妹みたいなものかしら?」


「うん、でもたまにお姉ちゃんみたいにもなる」


 エルサにとってマナは仕える主人であるが、いつもの天真爛漫な性格と小さく可愛い見た目から言えば完全に妹みたいなものだが、時折見せる王としての側面、つまりは中身があれなので妹とは言いにくいのが現状である。


「く、くそぉ!」


 一方マナは、最後まで向かってきた男の子を完膚なきまでに叩きのめしたところであった。動き疲れたのか3人の男の子達は地面に寝転ろがるように倒れていた。


「お姉ちゃん強い!」


「私も女の子だけどお姉ちゃんみたいに強くなれるかな?」


 それをずっと観戦していた女の子達はマナを囲むようにして憧れの目を向けていた。


「うむ、我のようには無理だがな、大切なものを守れるだけの力は持つといい」


 マナは王であるが故に背負う範囲が凡人とは違うので圧倒的な力を持ってしかるべきだが、凡人とはいえ努力をすればそこそこの力をつけれる、全てとは言わず自分にとって大事なものを守れる、それだけの力があれば凡人ならば十分すぎるほどである。


「うん! じゃあ私は皆を守れるぐらいの力をつける!」


 ここで言う皆とは孤児院の皆のことであろう、だがそれを聞いてムッとした表情を浮かべる者が1人だけ居た。


「馬鹿言え、お前なんかに守れるか」


 そういうのは地面に倒れている、最後までマナに向かってきた男の子である。


 負けん気が強く、確かに子ども達の中では一番やんちゃで強い少年だが今はマナという見た目だけは女の子にやられて地面に寝転がってる状態なので説得力は皆無であった。


「むー、地面に倒れている君に言われたくないですよ!」


「なんだと!」


 そう言って女の子は舌を出して逃げるが、男の子は立ち上がる元気すらなくそれを追いかけることは出来なく、ただ怒った顔で逃げた女の子を見ていた。


 マナはそのやり取りを微笑ましく見守る。


「うむうむ、子のうちは大望を抱くのも、無謀なのも良し、失敗をしてこそ強くなるのだからな」


 マナにとって失敗は許されるものではなく、一度の失敗は敗北を招き取り返しがつかなくなる。


 それが上に立つものとして成功しか許されない世界だからであるが、凡人ならば全てを成功にすることなど到底出来ない、失敗は必ず訪れて受け入れなければならないが同時に学び次に活かすことが出来る。そして失敗しても生きさえいれば次があるのが彼らの特権であろう。


「……それはそうとして何か忘れているような?」


 そんなことはともかく、マナはふと何か忘れているような気がして、少し考え込む。


 浮かんでくるのは赤い色であった、そこからもう少しだけ頭を悩ますとすぐに答えが出てきたのだ。




「…………」


「いつまで不貞腐れているのだ」


 アイリスはテーブルに腕を置き不貞腐れた顔でマナを睨んでいた。


 夕暮れに戻ると言ったが戻ってきたのは太陽が完全に沈んでからであり、しかも遅れたわけではなく完全に忘れさられており、ポツーンと中央通りから人が居なくなる時間まで待たされていたので彼女は、絶賛不機嫌であった。


「私だって怒る時は怒るわよ」


「だから謝っておろう、それに我が自ら迎えにいったではないか」


 確かにマナが迎えに来たのだがその態度はまったく悪びれる様子はなく、本当に悪いと思っているのか疑問を感じる態度であった。


「……時間を守らないのは信用をなくすんじゃないの」


「たわけ、我は王だぞ、我を中心に物事は周っているのだからむしろ時間が我に合わせるべきなのだ」


「くっ、暴君め、あんたの国民はさぞ苦労したに違いないわ!」


 マナは自信満々に笑顔でそう言って、アイリスは負け惜しみのように吐き捨てるが事実それは正解であり、自由奔放なマナの王政には民も困り果てていた。


 会議にも遅刻してくる、戦場でも途端に単独行動をする、突然に国全土を巻き込んだイベントを引き起こすなど、困った王だがそれでも最終的に全ては正しい行動になるのがマナの恐ろしいところである。


「まあ、もういいわ」


 言い合うのがアホらしくなったのかアイリスは表情をいつも通りに戻す。


「出来た」


 するとエルサが鍋を抱えて食卓にやってきて、テーブルの中央に置く。


 そこからは何とも美味しそうなシチューの匂いが部屋を漂わせており、子どもたちも喜びながら食卓によってくる。


「皆はお皿を出して」


「はーい!」


 子ども達は元気そうにお皿が置いてある食器棚に向かっていった。




「では、皆、食事の前に感謝の言葉を」


「はーい」


 シスターがそう言うと皆は豊穣の女神に対しての感謝の言葉を呟く。


「うむ、あやつは感謝の言葉を言わんとすぐに凶作にするからな」


 それはマナの時代から続いている仕来りであった。豊穣の女神はどんな貢物よりも感謝の言葉と祈りを好んでいた。故に王が感謝の祈りを忘れるとすぐに国の農産物を凶作にして困らせていたのだ。マナとて国の食料がなくなると困るので欠かさず言うことにしていた。


「あんたの時代って普通に神がいそうよね」


「我の時代でも神々は地上から消えつつあったが、まあ多少は存在したぞ」


 神とは何かを司る存在かつ天の上の存在であるが……大昔には人のそばにいた。


 世界の原点から生み出されたものは神族であり、世界を最初に支配したのは彼ら神なのだ。


 最初の世界は何もかも乱雑に混ざりあう混沌の世界であるが、やがて神族が秩序を生み出し世界を安定させると魔族や人間が生まれる。


 だが神族も混沌の存在であるので、やがて自らが生み出した秩序によって安定した地上から排除されることになるのだ。


 世界を安定させるのに秩序を生み出し、それに排除されるのは何とも皮肉なことだが、神々の残した秩序は協力で、法則や制約というルールとなって地上に存在している。


 そしてそのルールをある程度破ることが出来る技術が魔法なのだ。魔法を唱えるための魔法式だがこれは自分のルールを描く事だ、自身のルールと神々が作ったルールが戦い合うのが魔法の制約なのだ。


 もし神々のルールが無ければ、すべての魔法使いは思い描いたことを一切のロスがなく自在に行うことが出来る。


 例えば時を操ることも、一瞬でどこにでも転移することも自在であろう。


 そんな事をアイリスがマナから聞かされている間に子ども達の方で小さな争いが起こっていた。


「あ、お前、肉が多いぞ!」


「なっ、お前が食っただけだろ!」


 そう言って男の子が喧嘩をし始める、シチューを分けたのはエルサなのでおそらくは勘違いであるが喧嘩が起ることはエルサにとって喜ばしいことではないので仲裁に入る。


「喧嘩だめ、私のお肉あげるから」


 エルサは自分のお皿から肉をスプーンですく上げて男の子の皿にあげる。


 男の子はそれを見て喜んでおり、もうひとりの方はずるいと抗議していた。


「もう! じゃあエルサお姉ちゃんには私があげるね!」


「いい、それは貴方が食べて」


 女の子の1人がエルサにあげようとするが、エルサはそれを押し止める。


 それはお姉ちゃんとしてもエルサ個人としても皆には苦労をさせたくない思いがあり、そして女の子の気持ちだけで十分だったからだ。


「……お肉一つでここまでなるのね」


「ええ、私達はお肉を買うのも一苦労なのです」


「あ、いや、別にそんな意図じゃ……」


 アイリスが自分の言葉に棘があったと誤解されているのかと必死に弁明していた。単純に彼女はこういう所の実態を知らずに驚いていたのだが、向こうにはそれだけでこんなことになるのかと見下しているように聞こえたのかと思ったからだ。


 勿論、シスターにそんな意図はなく、微笑んでやんわりと分かっていますよとフォローを入れるが、それでもアイリスは痛ましい様子であった。


「まあツインは腐っても貴族らしいからな、我からしてみれば屋根があり、食事を取れるだけでマシに見えるぞ?」


 マナとて色々と人を見てきたが、ここはまだマシなほうであった。


 何も食べるものがなく、差し伸べる手も存在せず、ただ死に行くだけの子供などいくらでも存在している。


 その分、この子達はシスターと言う差し伸べられた手が存在するだけで幸運なのであろう。


「所詮は解決しない問題であろうな、一握りの勝者が存在するならばそれを支えるようにして踏み台にされる敗者は多数存在する」


 生きている限りは続く強者と弱者の関係、この絶対的な原則にはマナだって抗うことは出来ない。勿論、弱肉強食を否定して認めない人間もいるだろうがそれは消えてなくなることはない。


「なっ! でも、あんた少しは可哀想とは思わないの!?」


 あまりにも無慈悲な現実を突きつけるだけのマナにアイリスは流石に怒りが込み上がってきて大声をあげる。それに皆は反応して食事を中断してアイリスの方を向き直る。


「思わん」


「そうね、あんたはそういう人間だったわね」


 アイリスは魔王城での出来事を思い出す。


 そんなくだらぬことで一々感傷に浸ることなどない。


 この言葉がマナの人間性を表しているといって良いのだろう。


「だがな我はそれを無意味だとは思わん」


「え?」


 所詮は強者、そして暴君、人の気持ちなんて分からない……そう思ったのもつかの間アイリスは突然のマナの言葉に顔をキョトンとする。


「王ならば王の、貴族ならば貴族の、農民ならば農民の、全ての人間は生きていることに意味を持っている……少なくても我の時代ではそうだった、まあ今は些か無駄が増えているようだが無意味ではないのであろう」


 無意味ではない、何もかもは巡り巡って循環し合う、誰もがなにか役割を持って貢献している、そこに優劣はなく皆自分の役割を遂行する。


 その言葉にアイリスだけではなく、シスターもエルサも子供たちも無言で何かを考え始める。


「……難しくてよくわからない」


「うむ、ようは必死に生きろということだ」


 子ども達はマナの言わんとすることを理解できなかったので、子供用にわかりやすく言ってあげると笑顔でうんと返事をする。


 対してエルサとアイリスは未だに何かを考えており、シスターはマナにしか聞こえないようにして口を開いていた。


「私の行為も無意味ではないと?」


「たわけ、誰が貴様の行為を否定した? 我が否定したのを貴様の在り方であり、その行為自体は善そのものであろう……例え偽善だとしてもな」


 自分が救われたい、贖罪のために行う善は偽善である。


 だがその偽善によって救われた人間はいる、それを無意味だと誰が切り捨てることが出来るのであろうか。


「そうよね、私だって貴族だもの……私達がしっかりとしないといけないわね」


 アイリスはマナの言葉をそう解釈していた。


「うむ、貴様らが言う所の良い貴族は、民を良い方向に導くのが役割であろう? まあ些かこの国は悪い方に偏っているようだが」


「そうだぜ、姉ちゃんたちがしっかりしてくんないと」


「うっ、面目ないわね……」


 子供からのダメ出しにマナもこくこくと首を振って同意して、シュンとなるアイリスであったがそこで重要な事を思い出す。


「って、あんたも王でしょ!」


「たわけ、我はこの国の王ではないが、貴様はこの国の貴族であろう」


「ぐ、ぐぬぬ……分かったわよ! いつか私が、この国で食べるものは困らないようにはしてみせるわ!」


 マナに言い負かされて、思わずアイリスは大言を吐いてしまう。


「ふははは、大きく出たなツイン! その問題は貴様が魔法使いとして大成するよりも険しい道であるぞ!」


 マナは言質を取ったかのように笑顔になる。


 マナはアイリスの目標をそう評価していた、対するアイリスも言ってからしまったと思ったがそう言われて後には引けないと思い顔を引き締める。


「本当?」


「ええ、任せなさい!」


 女の子はアイリスの言葉を聞いて嬉しそうな顔をする。


「うむ、所詮は時間制限無しの口約束だ、大人はこういうまやかしの希望だけばらまくから注意せよ」


「えー、そうなの?」


 だがマナの言葉を聞いて、その嬉しそうな顔が不安そうな顔に変わりアイリスは怒りが込み上がってマナに向き直る。


「あんた、ほんっと嫌なやつね! 見てなさいよ!」


 いつか思い知らせてやると、少しは政治の勉強をしようと心に決めたのだ。

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