2:転生先は1000年後
神代から1000年後、
世界は神の支配から、人の支配へと移行していた。
あれだけ地上と関わりが深かった神は、もはや地上にはその名残しか存在せず,
伝説となって語られるのみ。
魔王が統一した世界も再び別れているが、世界は大きな戦乱もなく安定している。
そして時代は人の時代、神代にあった混沌で大きな力は影を潜み、世界には均衡がもたらされている、それが世界がそれほど様変わりしない理由であった。
「はあ、なんとかなったわね」
その時代の人間である、アイリス・ソル・リュミエール、
彼女は馬車に乗りながらも安堵していた。
少し前までは大変だったが、今はそれも落ち着いて、こうやって馬車窓から、外の風景を楽しみながら落ち着く余裕もある。
時期は春、暖かな陽気が支配する季節。
東の島では桜と呼ばれる花が咲き乱れ、美しい光景が見られる時期だ。
花が芽吹くだけではなく、別れの後の出会い、始まりの時期でもあろうか、
春の陽光に誘われて冬眠から目覚める動物、地面の中で厳しい冬を過ごし、花を咲かせる植物、そして、節目の季節で新たな生活を過ごす者。
事、アイリスもその1人であった。
この春から家を離れて、魔法学園に入学する予定、乗っている馬車の目的地はその学園であり、これから入学試験だ。
「まあ私なら合格確実だけど……え?」
窓から馬車の中に視線を戻した時、
アイリスの向かいの席に見慣れない少女が眠っていた、
乗ってきた時には居なかったので、馬車が走っている最中に乗ってきたことになるが、
乗り込んできたなら流石に気づくので、どうやって乗ってきたのか不明だ。
「……む」
少女は目を覚ます、
眠たそうな瞼を開けて、上体を起こし背伸びとあくびを1つ。
「ここが1000年後の世界か?」
第一声がそれだ、だがアイリスにはその内容が頭に入ってこない。
「ふむ、大事な夢を見ていた気がするが思い出せん、夢とは起きると忘れるもの厄介とは思わんか?」
「あー、そうね、私も何度か……いやいやいや、アンタは一体誰なのよ!?」
少女からの問いかけに、思わずアイリスは答えてしまうが、それによって、いくらか頭が回り始めた。
「ん? 大気中のエーテル濃度が薄くなっているな、だいぶ消費したか」
だが、少女はアイリスの問いかけに答えない、それどころかぶつぶつと独り言を話し始め、流石のアイリスも困惑から、徐々に怒りに転じ始めるが、まだそんなに態度には表さない。
「あ、あの?」
「それにしてもこの揺れは何だ? おい、そこなツイン説明せよ」
「アンタが説明しなさい!」
唯我独尊な少女に、アイリスはとうとう怒鳴りつけてしまうのであった。
「なるほど馬車の中か、どおりで揺れるわけだな」
アイリスの説明を聞いて、少女はここがどこか納得する。
「で、急に現れたアンタは一体何者なのよ?」
「なに? この我の顔を拝謁してその名が分からないと? 極刑に値するぞ貴様!」
「知るか! いい加減にしないとこうよ!」
「ふ、ふぇいな!」
アイリスは少女のほっぺをつねりあげる。
少女は不敬なと言おうとするが、ほっぺをつねられているので、うまく発せないでいた。
「ええい、やめよ! 我の姿を知らぬとは……む、そうか肉体は構成されるのであったな」
アイリスは少女が思った以上に強い力で引き離してきたので少し驚く。
対する少女は、なにやら空中に鏡を投影して、自分の姿を確認していた。
「む、むむむむ! こ、これはロリになってるではないか!」
白い髪の毛が背中まで伸び切っており、目が丸くクリクリな瞳、顔のパーツは綺麗に整っており、肌は白く透き通っているという表現が似合う。
背は140cmぐらいだろうか、体の起伏も乏しく、小柄な女性という評価がくだされる。
この事から彼女は、ロリと呼んでも申し分がない特徴をしていた。
「何なのよこいつは……」
アイリスは少女が、慌てふためいているのを呆れながら見ていた。
この少女こそが、1000年前の魔王であり、世界を統一した人間だ。
当時こそは背が高い男であったが、
今となっては、万人が見てもかわいいと見る少女である。
転生したら少女になっていた、魔王にとってこれは想定外であり、
少しばかり形が変わると思っていたが、ここまでの変わりようとは思っていなかった。
「むむむむむむ、ま、いいか」
といってもそこまで気にしてない、
これはこれで面白そうなのでいいか、その程度の考えであった。
「着きました……おや、お二人様でしたかな?」
馬車は目的地に着き、
御者はお客様であるアイリスが降りるために、ドアを開けて準備をする。
だが、中を見てみると、アイリスの他に少女は乗っており疑問に思う、
なにせ乗せた時は1人だったからだ。
「あー、二人分の料金にしといて」
「いえ、サービスとさせていただきます、その変わりといっても何ですがこれからもご贔屓に……」
「どうも」
アイリスは渡された用紙にサインをする。
そこには確かに一人分の料金だけであり、彼女はラッキーと心の中で思った。
御者としても貴族相手なので深く突っ込まず、それよりも相手を立たせればこれからも利用してくれるかもしれないと思ったのだ。
まあ、アイリスはそんな御者の思いなど、露程も考えていなかったが。
「で、ツイン、ここはなんなんだ?」
魔王が降りた先に広がる、大きな建物。
入り口にも大きな門がつけられており、そこそこ重要な施設であることは予想できるが、どんな施設かは魔王には予想が出来なかった。
「ちょっと待って、ツインって私のこと?」
馬車の中では流してしまったが、アイリスは待てと呼びかける。
「うむ、貴様の髪はツインスネークのように別れておるからな……して、レッドかスネークの方が良かったか?」
彼女の髪の毛は確かに、長い髪の毛を2つに分けて結び束ねる、いわゆるツインテールであった。
髪の毛も朱色で、赤い色と言われれば赤い色である。
だが問題はそんなとこではなく、そのふざけたあだ名で呼ばれることだ。
「私の名前は、アイリス・ソル・リュミエール!」
「うむ、覚えておこう、ツイン」
「あんたねえ……!」
アイリスは拳をわなわなと握りしめる。
相手は自分より小さな少女であり、拳を下ろすにはためらいがあるが、
余りにも生意気すぎて、舐められているのでお仕置きと称して、
拳骨を食らわしてやろうか迷いを見せる。
どこに怒りをぶつけようか、煮えたぎらない表情のアイリスだったが、
突然の殺気にハッとなり、その表情は消え去る。
「なんと!」
アイリスがさっと飛びぬくと、今まで居たその場所に何かが着弾して、地面は抉れてしまう。
誰かがアイリスを狙って、地面が抉れるほどの一撃を繰り出したのだ。
「斬撃とはいい挨拶じゃない、シエル」
「随分とスキだらけだったのでな」
魔王の後ろから剣を持った女性が歩いてくる、
体型はアイリスと同じくらいで、歳が近いか同じに見える。
髪は後ろで束ねており、綺麗な金髪であった。
「なかなかやるではないか、そこな女」
魔王は後ろのシエルとやらに興味を向け、話しかける。
シエルはそれを聞いて、誰だと言ったような疑問の表情になり、
アイリスの方を見ると、そこに見えたのは小さな少女、彼女を見てシエルは一考して、その正体を導き出す。
「なんだ? 貴様の妹か?」
「違うわよ!」
アイリスは大声で否定する。
こんな妹が居てたまるか、そんな思いさながらである。
「貴様なら我の臣下にしてやってもいいぞ」
魔王は、小さいながらも見下したような態度でシエルに話す、
アイリスはそれを見て、相変わらず生意気な態度だと思いながらも、
シエルはそれに対して案外乗り気な態度であった。
「面白いことを言う、だが私は王を目指す身だ、この身を貴様に捧げてやることは出来んな」
「我の前で王を自称するか、良い、その愚かさに免じて貴様の名前を聞いておこう」
「シエル・ルナ・ワルキュアレだ、小さき王」
素直に名前を聞けよ、とアイリスは思うが、シエルもそのやり取りを楽しんでいるのでなんとも言えない。
「なるほど、シエルと呼ばせてもらおうか」
「待ちなさい! なんで私がツインで、こいつが名前呼びなのよ!」
アイリスは抗議の声を上げる、アイリスとシエルはライバルである。それは先代……先々代。否、それよりもっと前から続く家系の因縁であり、アイリスやシエルの代でも、もれなくライバルな関係であった。
「貴様と私とでは格が違うというわけだ、分かったかツイン」
「そういうことだツイン」
シエルの言葉に魔王は便乗するように頷く。
「こいつら本当にムカつく!」
アイリスは怒りをぶつけるように吐き捨てるが、シエルと魔王はどこに吹く風か、ニヤニヤと笑い、完全にからかわれているアイリスであった。
「まあ、からかうのはここまでにして、人がそこそこ集まっているようだが、ここはなんなのだ?」
「はあ……、ここは魔法学園で未来の魔王を育てる学園よ……というかこんなことも知らないとかどこの田舎から来たのよ?」
魔王のイジリがいがある認定にアイリスは納得できない表情になるが、一応はその疑問に答える。
「たわけ! 我の出身は世界最大の都市であるクリフォルトだ!」
クリフォルト、
世界最大の都市と言われ、魔王の住む城がある国だ、
勿論、魔王が世界を支配していたのでおのずと世界の中心となっていたが、それはもう1000年前の話、アイリスとシエルはその都市の名前を聞いて、顔を見合していた。
「知ってる?」
「いや、知らんな」
その2人の反応を見た魔王は、少し怪訝な表情を浮かべた後に、ふてくされたように小さく息をつく。
「ふん、まあいい、それよりもここが学び舎なら、貴様らはここの生徒か?」
「いや、今日は入学試験の日だ、まあ私ならば入学確実であろう」
魔王の問いにシエルは答える。
「ふぅん、私のほうが優秀な成績で合格するだろうけどね」
そしてアイリスが張り合うようにそういえば、シエルの表情は曇る。
その後はまさに売り言葉に買い言葉、みるみるうちに口げんかに発展していき、お互いに対峙しあう。
「いいわよ! ならば試験で決着をつけましょう!」
「いいだろう」
二人は魔王の事も忘れてそのまま試験会場に向かっていってしまった。
「まったく、喧嘩するほどなんとやらというやつか」
本当は仲がいいのではないかと魔王は思っていたのだ。