1:最強の魔王、転生する
少し眠ってしまっていたみたい、
目を開けると視界に写ったのは、私の大好きな人が泣いている姿であった。
泣いている姿なんて始めてみた、悲しみはするかもしれないとは思ったけど、まさか泣くとは思わなかった。
私は思わず、愛する人に手を伸ばす。
私で泣いてほしくない、そう思ったからその涙を拭き取ろうとした。
「死ぬな、――!」
もう、彼が言っていることの半分も聞こえはしない、
必死に語りかけてくれるが私の耳に声は入ってこなかった。
私は死ぬ、そんな事些細な事だ、
それよりも私が彼にとって、これから重りとなって生きていくことの方が嫌だ。
「私の事は忘れて」
最後の力を振り絞って、私はそれだけを言う。
何か彼は言っていたかもしれない、だけど消えゆく意識の中、
私は最後まで聞き取る事が出来ずに、眠りについてしまった。
――はるか昔
女神や神、そんな超常なものが当たり前のように降り立っていった地上、
後の世で神代と呼ばれた時代があった。
その時代はまさに戦国の世、
数々の王が覇を唱えて、最強の座を目指したり、はたまた、国の土台を造るために力を蓄えたりと、様々な思惑が飛び交う波乱の時代であろう。
その中でも飛び抜けて強大な王が生まれた。
この時代の中、覇を制し世界の頂点に達し、世界を統一した征服者、彼こそが魔王、人々からそう呼ばれ畏怖されし存在だ。
「転生ですか?」
白きドレスを着た美女はその魔王と相対して話しあっていた。
魔王の口から出た突然の言葉、彼は転生したいと言ったのだ。
そして彼女には魔王の願いを叶える力を持っている。
彼女は女神だ、この時代に置いて絶対的な力を持つ、1つである。
「この世界は停滞した、もう我の仕事はないのでな」
魔王は頷き、女神に言葉を返す。
停滞した、
やることは全てやったので、これ以上は変化は起きない、そんな世界にもう自分がいる意味がない、だから転生して、新たな世界に旅立つと魔王は言っている。
「……確かにあなたは、私達の予想を裏切り、1つの平和を作り上げました」
当初、魔王は暴虐の限りを尽くしており、神や女神たちは困り果てていた。
むやみに領土を広げて、戦火を広げて罪のない者が死んでいき、余りにも強すぎる力が故に世界の均衡が崩れていた。
だが、彼を止めようにも、神や女神は条件が整わなければ、その力を地上に行使することは出来ない。
そのために代行者たる、勇者を送り出し魔王を討とうとしたのだが、結果はことごとく返り討ち、魔王の覇権は続くのであった。
だがある日、
魔王は突然、無秩序に広げていた領土を力による支配ではあるがまとめ上げて、暴虐の暴君から一転、見識の魔王と民からも言われるようになった。
魔王が悪い意味からいい意味に変わったのだがそれは国内での事、国外では相変わらず魔王は悪い意味のままだ。
だが、魔王の国は、女神や神から見てみれば他の国より幸せな民は多く、魔王が世界統一を果たした時には、前の世界よりも良い世界になっていた。
世界は恐怖には支配されず、平和となったのだ。
「ふん、ただの気まぐれだ」
魔王は不貞腐れたように吐き捨てる。
だが、女神は知っていた、
魔王は気まぐれで動くことが多い、
自分が楽しければそれでいいというスタンスで、
周りをかき回す事件を何度も見てきた。
だが、この平和は決して、気まぐれというわけではない。
魔王を変えた者が存在する、彼女はその事をよく知っていた。
素直ではないのだ、その事を指摘しても魔王は否定するだけなので、あえて言うことでもないが。
「……なんだその顔は? 転生させねば世界を壊してやってもいいのだぞ?」
それは脅迫だ、
この世界をぶち壊して、再び混沌の世界にすることが出来る。
魔王はそう言っている。
確かにそうなったら、女神は困る。
魔王に勝てる人間はこの世界にどこにも存在しない、
いやそれどろか、神や女神ですら直接対決だと、魔王が勝つほどの力を彼は持っている。
女神も今となって、魔王がそれを実行するとは思えないが、彼は本当に気まぐれなのだ。
今は神殺しなど興味はない魔王だが、気まぐれで殺し始める事も考えられる。
そうとなればたまったものではない、
正直、さっさとこの危険分子を、転生という名の排除を行い、
もうこの時代に関わらせないほうがいい、大多数がそう考えるのであろう。
だが、そう簡単に行かないのが、この世界のルールというやつだ。
転生とは、転生の女神にのみ許された特権であり、神や女神なら誰もが、転生という力を行使出来るわけではない、
それぞれに自分の特権を持っており、
例えば、豊穣の女神は、その名のとおりに大地を豊かにする力を持っており、
その力は人々に作物という恵みを与えるために使われる。
愛の女神は、人々の恋の運命を操作する力を持っており、人々の恋愛を成就させるために使用する。
このようにいい事尽くめだが、その力にはデメリットのようなものが存在する。
神や女神は秩序を司る存在だ、秩序の前には均衡があり、もしどこかが豊かになるならば、どこかは凶作になり、誰かの恋が成就するなら、誰かは失恋する。
その事を知っているので、むやみに力を行使するのは危険なのだ。
特に生死に関する力は危険なものであり、どんなデメリットが発生するか分からない、
その事から女神は迷っていたのだ。
沈黙がこの場を支配する。
この時ほど女神は選択に時間を掛けたことはない、
どんな選択が正解か、それこそ未来を見たくなるぐらいであった。
だが女神と言えど、未来を見るのは不可能だ、
結局は自分の選択を信じて、世界に身を任せるしかない。
「……分かりました、では1000年後でいいですか?」
彼女は決断する。
この世界をどうでにも出来る、秩序とはかけ離れた魔王、そんな彼が大人しくすると言っているようなもの、転生させれば、少なくともこの時代は平和になる。
その事から、女神は転生させる決断を下したのだ。
それにそこまで悪い人間ではない、そう思っていたのだ。
「そうだな、1000年後なら少しは様変わりしていよう」
魔王は女神の答えに満足して、良い表情で頷く。
「転生ですが、魂だけしか連れていけません」
生命とは、肉体と魂の融合だ。
お互いは親密に関係しあっており、
肉体が傷つけば魂も傷つく、逆もしかりであり表裏一体のような関係なのだ。
しかし、耐久度は雲泥の差があり、肉体は朽ちるのが早く、
どんな強靭な生命体でも300年が限度、とてもじゃないが時の流れに勝てるものではない。
だが、魂は凍結させて、冬眠の状態にすることが出来る。
転生とは魂を凍結させることにある。
1000年後の世界で魂を解凍さることで、肉体が魂の情報によって再構成され新たな体が造られる。
これが魂と肉体の法則である。
生命には、肉体と魂が必ず必要、どちらかが欠けていたらそれを取り戻そうとする。
大体の場合は、どちかが欠けるという状況は死を意味するので取り戻せないが、
転生の女神はそのルールを破ることが出来るのだ。
それが神の力をというやつであるが、魂を凍結するためには、一度、死を迎えなければらない。
「魂だけ、つまりは死を体験しなければならないという事だな」
勿論、魔王はその事を知っており、
女神が自身で何かを殺すことが出来ない事も知っていた。
それも世界のルールであり、そのために自身の配下の神獣などを使うのだが、残念ながらこの空間ではそれも叶わず、そもそもが彼女は配下を所持していない。
だが、それを見越して魔王は用意していた物を取り出す。
魔王の背後の空間から剣の柄が伸びる、
魔王はそれを引き抜き、大層立派な長剣を手に持つ。
「それは?」
「我を討つことが出来る聖剣だ、この儀式の後に貴様にやる」
「……相変わらずのデタラメですね、自身を殺せるほどの聖剣を創ってしまうとは」
彼女は驚き、そして呆れる。
聖剣とは、女神が造り上げる神の剣だ。
この世界で最も強い剣であり、数々の女神たちが魔王を討とうと剣を造り上げては、
勇者に託してきたが、どれもが魔王を討つのに至らなかった。
この世界の全ての武器を把握して造ることが出来る、鍛冶神さえも
「あいつを倒したければ、この星を壊せるほどの聖剣を造るしかねえな」
そう言われて、
その剣はどんな武器も扱える、武神さえも振ることが出来ない代物となってしまった。
なのに、魔王はどうやってか聖剣を造り上げ、しかもそれは星を壊す力を持っているということだ。
それをデタラメと言わないで、何と言うのか。
「では、制約だ」
魔王は魔法を唱える。
制約の魔法、
お互いの同意を持ってして発動する魔法であり、条約と言った約束事、それを破らせないためによく用いられる。
呪いの一種であり、破ると厄災を相手に降り注がせるのだが、
魔王のレベルとなると、即時に死ぬほどの呪いだ。
人の手に余るものだが、それが故に神とも制約を行うことが出来る。
「制約ですか……私が破り、貴方が死んだ後、転生させないという選択肢を考えないのですか?」
「よく言う、女神は殺せない、それは自分の事も含まれている」
魔王は女神の言葉を一笑に付す、
殺すことが出来ないとは自分の事も含まれており、
守らなければ死ぬということは、女神にとっては守るしかないという強制力であった。
そうなれば、自分が拒否しても強制的に魔王は転生させられる。
こうして、お互いに制約は掛けられた。
「ふむ……ではな」
魔王は持っていた聖剣の刃を自分の心臓に向ける、少しでも動かせば心臓を貫き、死に至る。
そして彼は何の躊躇もなく、聖剣を自分の胸に突き刺す、
するとそこから血が出てきて、一気に自身の意識はどこかに飛んでいきそうになった。
――なるほど、これが死というやつか。
考えられなかっただろうな、自分が死ぬなんて、
今まで何度も死を与えて、死を見てきたが……
「これは余り気持ちが良いものではないな」
そんな、ズレた感想を言いながらも魔王は死ぬ。
その場に残ったのは魔王の死体、そして透き通った透明な魂。
「……意外ですね、このような色をしているとは」
人によって魂の色は違うが、魔王がこのような色をしているのは女神にとって予想外であった。
「1000年後、この氷は溶け新たな生命として誕生します」
女神は独り言のように眼の前の凍結した魂に語りかける。
そして願いを込める、1000年後の世界も平和でありますように。
――これは夢か、
夢など何年も見なかったが、これは覚えており、確実に夢と言える。
「泣かないで」
泣いているだと? それはない、我が泣くわけがない、
例え愛した人が死んでも泣くことはないだろ。
「死ぬな、マナ!」
だが、我は必死だな、ここまで必死だったとは……
いや、待てこれは本当に我の夢か?
我の夢ならなぜ、我が我を見ているのだ。
「私の事は忘れて」
「忘れるものか! 例えこの魂何度生まれ変わっても、お前のことは魂に刻み決して忘れることなどない!」
ああ、そうか、これは……彼女の夢か。