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私と先輩のクリスマス

作者: 藻の者

 今年も残すところあと数日、本格的に冬の寒さが堪えてくる。

 部室では皆それぞれが一つずつ電気ヒーターを使って暖を取っていた。

 まあ、皆といっても今は私と先輩しかいないんだけど。

 その先輩と言えば、いつものように一心不乱に小説を読んでいる。

 理知的な容姿にそのメガネの奥にある真剣な眼差しは、なにか重要な文献を読んでいる学者を想起させるようで非常に絵になる。

 その小説の表紙が乳が極端に肥大したピンクの髪の幼女でなければ。

 それを見ても私は、今日はまた濃いものをもってきたなあ、とまあそう思うだけだ。

 最初のうちはそういう本を拒絶していた私と先輩の間には(いさか)いが絶えなかったが人間慣れるもんだ、もはや特になんとも思わない。

 ……いやそれにしてもでかくないか、頭より大きいぞ、あれ。

 思わず自分の胸部に目を落とそうとして、はっと気づく。

 いかんいかん絵と比べては、悲観的になるな私。


「おいカザリ」


 私の心境を知ってか、いや絶対知らないな。

先輩は小説から全く目を離さずに私に話しかけてきた。


「なんでしょうか先輩」


「なんで今日こんなに部員が少ないんだ?」


「クリスマスイブだからですよ。まっとうな人間ならこの日は予定が詰まっているものです。ちなみに私もしばらくしたら用事があるかもです」


 それを聞き終わるやいなや先輩は持っていたライトノベルを閉じてテーブルに叩きつけた。


「なんなんだ揃いも揃って皆クリスマスクリスマスとはしゃぎおって!」


「先輩もつい最近まではしゃいでなかったですか?」


 一週間ほど前に小説を読みながら「ジングルベル」を口ずさむというやたらと可愛いことをしていた張本人なのに……。


「事情が変わったのだ事情が!」


 センパイは髪を手でガシガシと掻き乱し「うがー」と叫んでいる。

 なにが先輩をここまでさせたのか。


「街は、LEDのライトでこれでもかと下品にぺかぺかと光り、カップルはそれに群がる蛾のように駅前のショッピングモールやらホテルやらに殺到するのだ! 実に醜いと思わんかカザリよ!」


 そう言って先輩は拳を強く握りしめている。


「いや知りませんよ」


「思わないか、そもそもクリスマスとは家族や親しき友人とまたは七面鳥と共に聖キリストの生誕を祝うもので、断じて恋人とイチャイチャするためのものではないと!」


「じゃあいつもの愉快なお友達の方々とすごせばいいじゃないですか」


 たしか先輩には仲の良い友人が数人いたはずだった。


「……あいつらは裏切ったのだ」


 先輩は苦虫を噛みつぶしたような顔でそう吐き捨てた。


「どいつもこいつも彼女はいないと言いつつもちゃっかりと女子と予定をこぎつけてやがったのだ! 俺以外の全員だぞ! 嘘だろ? おれがおかしいのか」


「ああつまり(ねた)みですか」


どうりであんなに発狂していたのか。


「ああ妬みだよ! 妬んで悪いか? ああ?」


「だからと言って私にあたらないでください、先輩らしくないですよ」


 冷静沈着っぽい雰囲気を醸し出しているのにもったいない。


「……すまない、そうだな熱くなりすぎた」


 そう言ってずれたメガネをすちゃっと人差し指で戻す先輩。

 冷静に戻ったようだったがよく見ると手が震えている。

 どんだけ精神に来てるんだ……。


「私、てっきり先輩は『アニメキャラとクリスマスを過ごすのだ!』とか言うと思ってましたよ」


「カザリ、俺も昔はそう思っていた。が、しかし気づいたんだよ。それはただの負け惜しみだったのだとな」


 そう言って先輩は「はあ」と深くため息をついた。


「俺だって普通にラノベの主人公のように恋愛がしたかったのに、そのためにこの文学部まで作ったのに……集まったのはすでにできあがったやつばかり。おまえらは何のために部活に入ったのだ」


「いや普通に文学を学ぶためでしょう。それなのに皆、大衆向けの物ばかり。センパイにいたってはかわいい女の子のいるラノベだけとか」


「かわいい女の子が好きで何が悪い。あと文学を学ぶとか言ってんのお前だけだぞ。芥川賞作品を全部、第一回から読むなんて正気の沙汰じゃないな」


 先輩はそう言って、私を気味悪いものでも見るかのような目で見てくる。

 なんだかむかつくなあ。

 一般的には先輩のほうが圧倒的に『気味悪いもの』の部類に入ると思う。


「先輩」


「なんだ、カザリ」


「先輩がクリスマスの予定が無いのはそういう気持ち悪いラノベをいつも読んでいるからですよ」


 先輩にはつらい事実だが仕方ない、実際そうなのだから。


「ああ、分かってる分かってはいるんだ。二次元と三次元、両方で女の子と仲良くはできないということは。だけど、俺にはこれを捨てることはできない」


 先輩テーブルの上のラノベを持ち上げてじっと見つめると、愛しい我が子にするようにひしと抱きしめた。

 しかし捨てることはできないとか言う割にはさっき叩きつけていたような気がするけど。


「俺には……やはりクリスマスはボッチでいるのがお似合いなのか。家族も俺を置いて旅行に行ったし」


「ええ……それはご愁傷さまです」


 まさか先輩がそこまで悲しいことになっているとは思ってなかった。


「両親水入らずで旅行がしたかったらしい、なぜか妹も着いて行ってるけどな!」


 先輩はそう言って自嘲的に笑った。

 しかしその目じりにはきらりと涙の雫が光っていた。

 まさかのガチ泣きだ、なんとも哀れな様子である。


「もう三次元は嫌だ……」


 そう言って先輩は机に突っ伏してしまった。

こうなってしまうとこの先輩の精神状態を回復させるのはかなり難しく、なんて声をかけようかと考える。

そして何の気なしに外を眺めると辺りはもうすっかり暗くなってしまっていた。

本を読んでいる間に結構時間が経っていたらしい、部室にある時計は最終下校時刻まであと30分もないことを示している。

もう行かないといけないな。


「そういえば今日雪が降るらしいですよ」


私は先輩の消沈した気持ちをとりあえず天気の話で和ませようと、そう声をかけた。


「何がそういえばなんだ……」


先輩はそう言ってぴくりとも動かない。

なんか逆効果だったかな……?


「ホワイトクリスマスですね」


「雨が降ればよかったのに」


 先輩はもう完全に机に顔を伏せ完全にナーバスなモードに入っている。


「もう夕方なんで部室閉めますよ」


「今日は帰らない」


 私は「はぁー」と長くため息をつく。

 本当にめんどくさい人だなあ。


「行きますよ、先輩。デートに」


「……え」


 先輩は数秒沈黙したあと小さい声をもらして顔を上げた。

少し赤く腫れた目をまんまるにして驚いている。


「予定無いんでしょ?」


 私は先輩にそう聞く。

 先輩はそれにブンブンと頭を大げさに縦に振った。

その反動で先輩のメガネがずれ、ぽかんと開けた口とあいまって、なんとも間抜けな感じになっている。

 しかしふと頭の中に疑問が浮かんだのかメガネを正しながら私に質問をしてきた。


「でも予定があるってさっき……」


「もとから先輩と過ごす予定だったんですよ。じゃ、いきましょう」


 私はそう言って再びぽかんとした先輩に手を差し出した。

 恥ずかしくて顔が熱い。

 先輩は戸惑っていたが、やがてゆっくりと私の手を取った。


「先輩!」


 私は恥ずかしさをごまかすように少し大きな声で彼を呼ぶ。


「は、はい」


 先輩はびくっと可愛く驚き、控えめがちにそう返事した。


「三次元も捨てたものじゃないでしょ?」


「うん……まあそうだな」


 先輩は少し赤くなった顔で照れくさそうに微笑んだ。


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