太陽の王様と恋人たち
その頃の世界といったら、朝と昼が無く、あるのは夜だけでした。
人々は皆、夜行性の動物の様に手探りでコソコソするか、深海魚の様にランプを掲げてうろうろ彷徨いながら、暮らしていました。
そんな中、一人の少年が太陽を捕まえ、太陽の国を興しました。
まだまだ薄い光の太陽でしたが、今までにないほどの恵みで満たされた国は、世界で一番豊かで、尊敬される国になりました。
誰もがその国に憧れ、一生に一度は訪れてみたいと旅をしやって来るようになりました。そして、立派な王様にご挨拶するのが皆の夢でした。王様も、自分に会いに来てくれる人々を大切にし、必ず宴を開いてくれるのでした。
さて、王様になった少年は国が更に良くなるようにと、駆け回って働き、年月は矢の様に過ぎていきました。
そして、あっという間に少年は年を取り、おじさんになってきてしまいました。
王様はまだまだ若い気でいましたし、なかなか美しい容姿をしていましたが、今年のお誕生日パーティに年の数だけ打ち上げられた花火が思った以上に多かった事に「ヤバイ」と思いました。思いましたが、今や世界一と謳われる国の王様なので、「うむ」といった荘厳な表情で乗り切りました。
しかし、王様は誕生日パーティーが終わると、三十部屋に仕切られた自分の部屋の一番良い部屋へ全速力で駆け込み、宮殿中で一番座り心地の良いソファにダイブしました。
ソファには輝く乙女が座っていて、きゃっと言ってダイブしてきた王様を避けました。
「どうしたのよ、おーさま。皆にお祝いしてもらったのじゃなくって?」
「聞いてくれ、ラー! 俺は君と出会ってから、君の力を借りて国を太陽で照らし、一生懸命に働いてきた。そのせいで気が付くのが遅くなったが、気が付いたら一人だったのだ!」
輝く乙女は、まだ幼い肢体をソファにしなやかに寝そべらせ、王様の鼻をツンとつつきました。
「あら、あなたには、この国を照らす私がいるじゃない」
「そういうんじゃない! 伴侶だ! 俺には妻がいないのだ」
「あらあら……あなたは、そういうの要らないのだと思っていたわ。国が恋人って思っていらっしゃるのかと……」
「俺はそういうんじゃない! 恋とか愛とか、興味津々な方だ! それなのに、もうオッサンになりつつあるとは何たることだ」
落ち着いて、と、輝く乙女が王様の立派な口ひげを華奢な指先で撫でました。
「大丈夫よ。そういう事なら、もうあなたの大切な人はすぐ傍にいるはずだわ」
「なに! 本当か!?」
「ええ。太陽神の言う事が信じられないの?」
輝く乙女はそう言って睫毛をヒラヒラさせて瞬きしましたが、王様は勢いよく起き上がり、
「俺のすぐ傍にもういると言うのだな!? 大急ぎで迎えねば!!」
と、大喜びで部屋を出て行ってしまいました。
*
翌日、王様は頬をツヤツヤさせて、来客を迎える宴に出席しました。
その日の訪問者は遠くから夜闇を歩き続けやって来た恋人達でした。
妻となる人が自分の傍まで来ていると思っていた王様は、なんだ、話が違うではないか、と、ガッカリです。
しかも、恋人たちはとても仲が良く、終始目を合わせては微笑み合っています。
先ほどは目の前で、口の周りについた食べ物をひょいと摘まんで取り合ったりとかされました。
王様はほとんどアウェイです。王様の頬についたクルミのかけらは、宴の広間に放ってあるクジャクがついばむだけ。むしゃくしゃしました。
むすっとしていると、恋人たちの女の方がにこやかに話しかけてきました。
「私たちの様なものにまで、こんなに立派な宴を開いてくださってありがとうございます。こんなに立派な国、立派な王様を知りません。今日はお会いできて本当に幸せでございます」
ねぇあなた、という様に、女は恋人の男を見ました。
男も恋人の女に甘く微笑み返します。
王様はなんだかとても寂しい気持ちになりました。
だから、思わず言いました。
「俺に会えて幸せを感じるくらいなら、毎日俺と会うのはどうだろう? そなた、俺の妃にならんか」
「え、イヤです」
「な、そ、そうか……」
あまりにも女が即答したので、王様は口から言葉が出せず、よろりと立ち上がりました。
「ちょ、ちょっと用を足して参る」
王様はそういうと、ダッと駆け出し、輝く乙女のいる部屋へ全速力で行きソファへダイブしました。
「ど、どうしたの、おーさま!?」
「結婚を即答で拒否された……」
「バカねぇ、急に言ったんでしょう? それに、女には結婚のメリットをチラつかさなきゃ」
「メリット……自信ある」
王様は自信を取り戻し、宴の席へと駆け出しました。
そして、さっき拒否られたばかりの女の前に、山ほどの宝石を積み上げ、更に抱えている宝石を女に見せました。
「俺と結婚したら、この倍の、いや、それ以上の宝石をそなたに贈ろう。どうだ?」
「う~ん、申し訳ございません」
王様は抱えていた宝石をバラバラと音を立てて落とし、「腹の調子が……」と言って、再び輝く乙女の元へ駆け込みました。
「ソファが壊れる!」
「宝石もダメだったぞ!!」
「それはそうよ、カノジョ、あなたが持っているものがもっともっとすごいって知っているのだわ。結婚して最終的にモノを言うのは、不動産よ!」
「不動産! なるほど!!」
王様は宴の席へひとっ飛びし、女に言いました。
「結婚したら、国土の半分を……」
「要りません」
「え、じゃあ三分の二……」
「王様、私は国をちっとも欲しくないのです」
「ちょっと待ってろー!!」
王様は輝く乙女のソファにダイブしに行きましたが、輝く乙女がソファを守るため位置をずらしてしまったので、固い大理石の床に顔からスライディングしました。
「国、要らないって言ってる!!」
「あなた押しが弱いのよ! 権力よ! 王妃になるのだから、権力を与えなければ!!」
「そ、そうか。だがしかし、それは言わなくてもわかると……」
「そういうところがダメなのよ、言わなきゃ女はわからないのよ!!」
「言ってくる!!」
しかしダメでした。
「権力も要らないって……」
落ち込む王様の背を優しく撫でて、輝く乙女は王様を慰めます。
「かわいそうに……よっぽど男を愛しているのよ。もうおやめなさいな」
しかし、ムキになった王様は諦めません。流石は、国に太陽をもたらした男です。
王様はある考えを閃き、輝く乙女が止めるのも聞かずに再びの再び宴の広間に戻りました。
そして、恋人たちに微笑みました。
「お前がこの男を深く愛しているのは良くわかった。なので、俺の妃になるのなら、一生遊んで暮らせる宝石と、権力をこの男に与えよう。どうだ、お前はもちろん、愛する男の幸せを願うのだろう?」
女は、今度は即答しませんでした。ただ、悠然と微笑み王様を見つめます。
王様は手ごたえを感じ、にんまりしました。
しかし、女はあろうことか、男の腕に自分の腕を絡ませるではありませんか。
「王様は、彼の幸せをご存じありません」
「なんだと。俺が与える以上の幸せがあるものか」
「いいえ。この人は私がいなくてはダメなのです。ねぇ、あなた」
ポカンとする王様の前で、恋人たちは微笑み合います。
今王様が怒って、殺されてしまってもちっとも構わないとでも言うように。
王様は、ふたりの周りにばら色の煙が見える様な気になりました。
美しく、自分も包まれてみたいけれど、手に掴めないばら色の煙の向こうで、恋人たちは微笑み合っているのです。
ばら色の煙の中から、にこにこ笑う恋人たちの声がします。
「王様も、この人といられれば何も要らないという、大切な人を見つけてくださいね」
王様は、もう差し出せるものを思いつかず、頷きました。そして、二人の固い絆に心を打たれ、少しの罪悪感もあって、二人が持ちきれない程の宝物を与えました。二人が持ちきれない分は、五十頭のラクダが運ぶ程でした。
*
ソファにしな垂れながら、輝く乙女がラクダの行列を窓から眺めています。
そのひざ元には、しゅんと落ち込む王様の頭が乗せられていました。
さらさらと流れる黄金の髪を眺めながら、王様は呟きます。
「その人さえいれば、何も要らない人、か」
「ふふふ。完全に当てられちゃっただわね」
「ラー、そんな風に思ってくれる者が、俺にいると思うか?」
輝く乙女は微笑む目じりまで頬を盛り上がらせ、輝くしなやかな手で王様の頭を撫でました。
「俺は王様だ。だから、財と権力が邪魔してあんなに純粋な愛を持つ女と出会えないような気がしてきた」
伴侶にしたい女のハードルが上がってしまったのを嘆く王様に、輝く乙女は困ったようにため息を吐きました。
「あなたの傍に、いるのだけれど、あなたがちっとも見つけないのよ」
「一体どこなのだ。具体的に教えておくれ」
「あなたが気づくことに意味があるのよ、おーさま」
輝く乙女は王様の立派なお髭を撫でました。
それから再び恋人たちを見送り、一人微笑みました。
何故なら、王様が自分を恋人たちとの愛の駆け引きの為に引き出す事を、ちっとも考え付かなかった事が嬉しかったからです。たとえ世界中が羨ましがって欲する太陽を与えると言っても、恋人たちは夜だけで満足するだろうけれど。
輝く乙女のひざ元から、王様の寝息が聞こえてきます。
「ほんとに、昔から、私がいないとダメなんですからね」
輝く乙女は明るく笑い、王様の額に口づけしたのでした。
おしまい