第五話 『みーちゃんの家庭事情』
「え、あ……みーちゃん、どうしたの?」
みーちゃんは急に泣き始めてしまった。
それは悲しくて泣いてるというより、なぜかうれしそうな、そんな涙。
「ううん。大丈夫なんでもないから」
なんでもないはずがない。
でも、大丈夫と言っているから、言及するのも気が引けると思った俺は「じゃ、帰るか」と言い、再び歩を進めた。
数分歩いてやってきたのは、住宅街に並ぶごく普通の家。
「じゃ、みーちゃんまたね」
「うん。あ、ちょっとまって」
「なに?」
手を振って、帰ろうと前を向こうとしたところでみーちゃんに呼び止められた。
「実は私、一人暮らしなんだ」
それは俺が触れちゃいけない気がして、無言で次の言葉を待つことにした。
「両親が事故で死んじゃって、おじいちゃん家で住むのも嫌だし、この家に残ることになったんだ」
なんとなくみーちゃんは、順風満帆な生活を送っていたのだろうと安易に想像できた。
当時のことを思い出し、今にも泣きそうな顔で話をしてくれた。
だけどね、みーちゃん、
「俺も、妹と二人暮らしなんだ」
「それって……」
「両親が俺たちのことで揉めて、離婚してお金だけおいて俺たちを捨ててどこか行った」
「あーくんも……」
「だから大丈夫。なんかあったらすぐ駆けつけるし、みーちゃんは俺が絶対守るから」
柄でもないことを言ってしまった。
しかし、本当に好きで大切に思える人には、柄でもないことを無意識に言ってしまうものだ。
「あーくん……」
「ん?なに?」
みーちゃんが赤い顔で視線をそらしながら言う。
「しゃがんで」
俺は、言われたとおりにしゃがむ。
すると近づいてきたみーちゃんが勢いのまま、
チュ。
俺の頬っぺたにチューをした。
一瞬理解できなかった俺だが、理解した瞬間にはもうみーちゃんは玄関の扉の隙間から、
「じゃあねあーくん」
と言って、家に入っていってしまった。
チューされた部分を手で確認し、俺は漠然とみーちゃんが入っていった扉を眺めるしかなかった。