夏の海
「今度の休みに、海でも行こうぜ!」
別のクラスなのに、なぜかいつもこのD組の教室に居る八束から、突然の提案があった
(うーん、私は行きたくない)
と即座に思った私の横で大きな声。
「はい! 賛成」
時輪が手を上げた。
「オレと時輪で賛成が二だな。愛莉はどうする?」
八束の言葉に、少し考えるそぶりをした愛莉が意外な返事をした。
「仕方ないなあ、じゃあ行くか!」
(ええ?)
めちゃ驚いた私。
「ちょっと、愛莉、団体行動は、苦手なんじゃなかったっけ?」
「うん? 団体行動なんてしないわよ。こいつらは、道先案内であり、下僕でしょう?」
「では、決まり。今週の日曜日、海へ行くぞ!」
八束の言葉に、私は弱々しく挙手をする。
「もしかして、私もメンバーに入っているのでしょうか? 私は、その日は予定がありまして……その」
三人そろって声もなく首を振る。
「予定は諦めろ!」
「めんどくさい。海なんて行きたくないよ」
ぼやき続けても、約束の日曜日はやって来た。
神様、私はなんて不幸な女の子なのでしょうか。何も悪いことはしていないのに、こんなにも暑い中、人がゴロゴロと陸揚げされたマグロのように転がる砂浜、魚のみならず、色んな小物が泳いでいる海。そんなところに居るだなんて。
「おーい、悠里絵、早く来いよ。ぐずぐずしていると夏が終わっちまうぜ!」
ジリジリと私を焦がすかのように照りつける太陽のせいなのか、時輪の、陳腐なセリフのような発言が、私を余計に憂鬱な気分にさせる。大体、なんで他人に、こんな裸に近い格好を見せなくちゃいけないのよ。
「はぁ。もう帰りたいなぁ。」
出来るだけ動かないよう、体力を消耗しないようにして、やっと昼になった。行きたくないと考えていたら、なかなか眠れなくて、今朝は寝坊した。朝食も抜きだったので、とてもお腹が空いている。
海の家は、なんでこんなに人がいるのか、考えられないくらいに混雑していて、並ぶ気がしない。よろよろと浜辺に戻ると、そこには美味しそうなバーベーQがあった。材料を含めて、必要なもの全てを持ってきてくれるサービスがあるらしい。
それならそうと、言っておいてくれればいいのに! 空腹も手伝い、一瞬にして怒りモードとなった私だったが、美味しいお肉を口にすると、すぐに機嫌は直った。美味しいものはどんなときでも幸せな気持ちにしてくれる。今日、海に来て初めて笑ったかも。
愛莉は、時輪に肉を焼かせ、自分は少し離れたビーチパラソルの下で、食べることに没している。肉だけでなく、ソーセージや野菜も、普段は苦手で食べないイカまでもが、とっても美味しかった。
食後は、ビーチバレーだの、スイカ割りだとの次から次へとやらされた。間違って時輪の頭を割りそうになったり、いつの間にか楽しく笑っていた。 めいっぱい遊んで、夕闇が広がったころ、海辺が少し静かになって、私は砂浜に腰を下ろした。波の音が大きくなり、心地よい夜の海風が吹いている。
「悠里絵、楽しそうだったわね」
愛莉がやってきて、横に座った。
「うん、なんだか楽しかった」
「そう。よかった」
私を見る愛莉の視線は不思議な温かさを帯びていた。例えるなら、懐かしい人に再会したかのような、ちょっと久しぶりに会う好きな人を見るような、女らしい視線。
「愛莉はなんでいつも私のことを見ているの?」
普段はどんなことを聞いても即答する愛莉が、珍しく答えを探しているみたいだった。
「う、うん、それは……」
やっと愛莉が口を開きかけたのに、八束と時輪の大きな声が私たちの会話を遮った。
「おい、女子! 花火やるぞ! こっちへ来いよ」
話すのを途中で止めてしまった愛莉は、八束と時輪の方に頷いて見せると、立ちあがって、私の手をとった。
その夜、私はいつものコーヒーショップで愛莉と話をしていた。
予想外に楽しかった海の余韻を引きずって、ちょっと興奮気味の私を見ていた愛莉が、またサラサラと絵を描き始めた。愛莉の絵の才能にはいつも感心してしまう。愛莉は、とんでもないことを言い出すこともあるけれど、私が淋しいときには、淋しいと感じる前に側に来ていてくれる。当たり前に過ごしていたから何とも思っていなかったけれど、考えてみると、余程気が合うのか、不思議な縁があるのか、とにかく特別な何かがあるのかもしれないな。そんな風に思った。
「どうしたの? 悠里絵、何か気になることでも?」
いつの間にか絵を描き終わった愛莉に声をかけられた。心を見抜かれたようで、少しドキドキする。
「ほい、出来たよ。悠里絵の絵」
渡された絵は私の姿を描いたもので、実物よりも数段可愛く描かれていた。
「愛莉、この絵の私は・・・瞳が銀色だよ?」
窓の外を見たまま、愛莉が答えた。
「そう……ちょうど色が切れたんだ。シルバーグレイの瞳、カッコイイでしょう? 悠里絵にピッタリだと思うけどな」




