μοιρα
「また明日に期待かな? ふぁあ、眠くなっちゃった。うん?」
携帯の着信ランプが点滅しているのが目に入った。メールだ! 差出人の所には見覚えのない文字が表示されている。
「μοιρα?」
「μοιρα!」
「ハイ、オヨビデスカ?」
「μοιρα。モイラなのか?」
「ハイ、ワタシハ”管理する者” 識別番号 F-CTL-A11009 エイリアス名 μοιρα」
旗艦マスティマ最上層のメインコントロールルームで、目覚めたばかりのフレイヤは、手でまぶたを押さえるようにしながら、モイラに話しかけた。
「何だか悪い夢を見た」
モイラが不思議そうに、フレイヤを見つめる。
「メイカクナセツメイ、メイレイヲオネガイシマス」
微かに笑って首を振るフレイヤ。
「すまん。お前達は夢を見ないのだったな」
「ハイ、ソウセッケイサレテイマス」
頷くモイラは高い身長に、腰まである長い髪に赤い瞳。人々の理想、空想上のエルフの様な姿をしている。
「なにかのチームに参加していた。その中に、部下だと思うが、デザインがあまり良くないのがいた。どうやら私のシールドになるらしい」
「シールドデスカ。キンセツセントウ、フォームデスネ」
「そうだ。戦闘用のフォームなのだろうな。とてもそういう風には見えなかったが……」
モイラよりも少し背の高いフレイヤがモイラの顔へと視線を落とした。
「モイラ、言葉がおかしいぞ。とても分かりづらい」
「ハイ、ナゼカ、カイワガ、ウマクデキナイノデス」
「そうか。チェックしてもらった方がいいな」
フレイヤはコントロールルーム下方に向かって声を掛けた。
「アイリ!」
「はい」
返事が聞こえた。
「ちょっと、上がってきてくれ」
「了解しました」
「もう行っていいぞ。モイラ」
「……」
「どうしたモイラ? どうかしたか?」
「ハイ……」
モイラは何か言いたそうにしていたが、アイリが近づいて来ると、フレイヤに頭を下げて、戻って行った。
「アイリ、モイラの調子がおかしい」
モイラの後姿を見送ったフレイヤがつぶやく。
「確認します。コマンドモード起動。”login Airi password *********”」
瞳を閉じて、パーソナル回線をオープンしたアイリはシステムに管理者権限でログインすると、現在のモイラのステータスのチェックを始めた。管理する者のシステムオペレーターが答える。
「了解。コマンドモード起動確認」
>check F-CTL-A11009 mode Administrator.
>answer F-CTL-A11009 status Normal mode point 27200 rank 3A
アイリが瞳を開けた。
「報告します。現在モイラは正常起動中です。特に問題は見当たりません。マスティマでのランクは3Aです。フレイヤまたはアイリのどちらかが機能を停止した場合、モイラは一つクラスが昇格して、クラスタパートナーになります」
クラスタパートナーは、艦隊の指揮官である”判断する者”が行動不能の場合、すぐに代わりが務まるように選ばれた、”判断する者”と同じ、知識・経験を共有する人物のことだ。
もし仮に今、フレイヤが行動不能になった場合、五秒以内に、アイリが”判断する者”となり、艦隊の指揮をとる。同時に、マスティマで、次にランクが高いものが一人、アイリのパートナーとして設定される。現在は、モイラがアイリのパートナー候補ということになる。
「モイラが、優秀な個体なのは十分に分かっているが、今の状態は心配だ」
フレイヤの言葉に、少し考えてアイリが言った。
「司令官。いえ、フレイヤ」
「うん? どうしたアイリ?」
普段と違い、迷いがあるような言葉を発するアイリに、フレイヤは違和感があった。言いたいことを何度か飲み込みながら話をしているようなアイリは初めてだ。
「私とモイラは苦しんでいます」
アイリの意外な言葉に、フレイヤは驚いた顔をした。
「苦しむ? ”管理する者”は、マインドコントロールが設定されているはずだが」
アイリが静かに頷いた。
「はい。私達は通常、悩むことはありません。艦隊を運用、管理する事に感情は必要ありませんから」
少し時間をおいて、アイリは続けた。
「この長い旅の中で、”判断する者”であるあなたは、私とモイラにエイリアスをつけました」
”力を生む者”と”管理する者”には、個体識別のシリアルナンバーは付いているが、エイリアス、名前は設定されない。
”管理する者”としてのフォームに設定された思考のパラメーターに想定していないことを、アイリが話し始めていた。そのことにも驚いて、フレイヤはアイリを注意深く見つめる。
「あなたの、私とモイラに対する感情を持った接し方。それは重い責任からなのか、孤独からなのか、何を理由とするものなのかは分かりません。もしかした単なる長い時間の中でのあなたの遊びだったのかもしれない」
フレイヤは黙って聞いている。
「私達にエイリアス、人間の名前をつけて、あなたは感情を持って接してくれました。”判断する者”であるあなたは、名前を持ち、夢を見て、人の勘や感情を持っています。戦闘で勝つために、その場の流れを読むために、計算では割り出せない条件さえ判断材料にするために……」
そこで黙っていたフレイヤが口を開いた。
「そうだ。しかし、それも私が判断を下すためのパラメーターの一つであって、感情に左右されている訳ではない」
アイリはフレイヤを見つめた。赤い瞳が揺れている。
”管理する者”は、この旗艦マスティマでは、二千五百六十名いるが全員、同じ服装で、同じ容姿をしている。モデルの新旧により多少の差はあるものの、個性を与える必要はないと判断されているためである。
ただし、クラスタパートナーとその候補である、アイリとモイラの目だけは他の”管理する者”とは違い、「緋の色」をしていた。明確に切り替え対象者を見分けられるようにである。そうフレイヤが決めた。
また全員、個体識別番号は持っているが、エイリアスを持っているのは、アイリとモイラだけである。それを決めて実行したのも、”判断する者”、フレイヤであった。
「より正確な判断を行うために、他の者に話すという行為が必要だった。それは、私とある意味同格の者でないと意味が無い。普通の“管理する者”が相手では、相談ではなく命令になってしまう。それに、データの共有だけでは、すぐに私の代わりは務まらないと判断した。できるだけ私と一緒に過ごし、経験や戦い方を学ぶ。そして、データを共有する相手を分かり易くする為に、便宜上お前達にエイリアスをつけたにすぎない」
効率的に判断した結果の行為だと主張するフレイヤを見ながら、アイリはつぶやくように言った。
「はい、分かっています」
フレイヤは後ろを向き、スクリーンに映る、果てしない銀河を眺めた。
「それ以外に何がある? お前達に感情など、有る筈も無い。必要も無いものだ!」
強い口調でアイリへの疑問を投げかけ、フレイヤは思った。
(なぜ私はこんなに、苛立っているのか……)
「そうですね」
アイリはフレイヤの後ろ姿を見ながら、目を伏せた。
「私達には、感情など、必要の無いものかもしれません。でも、そんな風に怒ったり笑ったりして私たちを名前で呼んでくれる。そんなあなたが……」
フレイヤは振り返って、アイリに感情をぶつけた。
「何だ! だから、何なのだ!」
アイリは微笑みながら、はっきりと言った。
「私達は、あなたのことが好きなのです」
フレイヤは驚きに目を見開き、アイリの肩をつかんで揺するようにすると、激しく否定した。
「ありえない。感情など、持ってはいけないのだ。お前達は戦うための大事なパーツなんだ!」
アイリは目を伏せたまま、フレイヤにされるままに身体を揺らしていた。
「はい、分かっています。分かっている筈なのですが……」
アイリの言葉には人間らしい曖昧さが表れていた。光の戦士が遙か昔に捨て去ったもの。決して、持ってはいけない。
人を好きになる気持ち。




