栞
私は、読んでいた”Stars Logbook”から目を離しため息をついた。
「でも、あの人がいつ来るかは分からないし、待つだけというのもなぁ。何か良い方法はないかな。そうだ!」
私は、栞を本に挟むことにした。栞の裏に、あの人宛てのメッセージを書くのだ。
「突然ですが、驚かないで下さい。もしこれを見たら、メールを頂けませんか? 銀色の髪の人へ」
その下に小さく、自分の携帯アドレスを書いて、私はそっと、本に栞を挟んだ。我ながら、かなり大胆な行動だと思いながら、神にも祈る気持ちだった。
「どうか、憧れの人に逢えますように……」
普段は信じていないのに、こんな時にばかり頼みごとをする。そんな私の願いは聞き入れてもらえるのだろうか。
家に帰ると、あらためて、私は自分がした行動を思い出し、ちょっと恥ずかしくなる。とにかく携帯が気になる。メール来ないかしら。ソワソワと、何度も同じことを妄想してしまう。来るのか、来ないのか、分からないものを待つのって大変なことなんだ。気が付くとウトウトして、ハッとしてはメールをチェック。ドキドキしたり落胆したりを繰り返していた。
すっかり待ち疲れて朝を迎えた。学校に着くなり、私は愛莉に昨日の行動を打ち明けた。
「ふーん。まあ、いいんじゃない? ストーカーがその本を読んで、おかしなメールを送って来なきゃいいけどね」
なんて夢の無い、怖いことを言うのだ、愛莉は。
「危ない人は、あんな本読まないわ。置いてある場所も図書館の一番奥だし、普通は気が付かないよ、たぶん」
かすかに感じた不安な気持ちを打ち消すように言い返してみた。それなのに、また愛莉が怖いことを言い放つ。
「普通の人が気が付かないから、危ないんじゃないの? それにホントに存在するか分からない人宛てだし。やばいメールがきたら、即、メアド変えなよ。呼び出されてノコノコ出かけたりしたら、ブスリ」
「そっか。そうだよね」
分かってはいたことなのだけれど、がっくりと気持ちが下がる。
「その時は、オレがついていってやるよ!」
最近よく会話に飛び入りする時輪が現れた。愛莉とだけ話していると、いつも、私が一方的に凹まされることが多いこともあって、時輪が話に混ざるのはそんなに嫌ではなかったが、それにしても神出鬼没だ。
「うん。マジで、時輪にお願いしたら? 悠里絵」
愛莉は簡単に言ったけれど、それはかなり不安だよ。もうちょっと強そうな人がいい。けれど、その後に続いた愛莉の言葉は、皆が納得せざるを得ないようなものだった。
「時輪が刺されているうちに逃げればオッケーだね。まあ、時輪がやられちゃえば警察にも言えるし、一石二鳥よ」
なるほど。いや、愛莉、それではあんまりだろう。案の定、すかさず時輪が聞いてくる。
「もしかして、オレって捨て駒なのか?」
愛莉は黙ったまま、大きく頷いた。
「まあ、そういうことなら、仕方がないな」
時輪は覚悟を決めた様子だ。
「そうよ! それでこそ時輪! 永遠のヤラレ役! 可愛い女の子のために盾となり、刺されるのだ!」
150センチと小さくて、大きな黒目を持つ美少女の愛莉が、額にかかる前髪を掻き上げながら言った。
「警察沙汰にはなるけど、辛うじて死なない程度に、さっくりとヤラレてくれ!」
この超破壊的な物言いは愛莉らしいけれど、今日は、あまりにも時輪が気の毒だと思ってしまった。
「わかった。その時には連絡をくれ」
まるで世界を守る勇者のような言葉と、決意した男の姿。なんで、こうなるのかしら?
「今日もメール来なかったなぁ。銀髪の人を見たのって、やっぱり夢だったのかな」
すっかり日課となった、放課後の図書館通いを終えて帰って来た私は、お風呂に入り髪を乾かしていた。チラっと携帯を見てみるが、着信ランプは消えたままでメールは来ていないようだ。
「ふぅ、仕方ない。続きを読もうかな」
私は、”Stars Logbook”を開いた。
旗艦マスティマの主砲により、黒き艦隊の中央部分に黒い空間が広がる。
「本艦の主砲ラグナロクの攻撃により、敵、黒き艦隊の先行部隊、二万六千二十四艦が消滅しました」
状況を監視する”管理する者”から、白き艦隊の総司令官フレイヤに、戦況が報告される。
「黒き艦隊、さらに進行中。我がシールド艦への被害が広がっています」
シールド艦は、艦隊の盾役を担う船で、防御シールドを特に強化してあるため、攻撃能力は殆どない。敵の進行速度を押さえるために、マスティマの主砲、ラグナロクを先制で打ち込んだ。銀河さえ破壊できる、白き艦隊の旗艦マスティマであるが、艦隊の中央に位置している状態では、前方にいる味方の艦隊が邪魔をして、そのパワーの五パーセント程度しか発揮することができなかった。
「重戦艦を戦闘速度3で前進、前衛のシールド艦の後方まで移動。味方に当てるなよ」
フレイヤは、黒き艦隊の攻撃により、被害が広がりつつある味方の防御ラインの状況を整えるべく、次の作戦の指示を出した。メインスクリーンに、味方の防衛線の戦いが映し出される。光と闇の攻撃がフレイヤの瞳に映る。
味方シールド艦は、数千枚のシールドを順次展開して、黒き艦隊の重砲撃艦の攻撃に耐えている。しかし、黒き艦隊は徐々に距離を縮め、砲撃の角度を直線にして、シールドを破壊してくる。
白き艦隊のシールド艦のエネルギーシールドが幾千万枚と破壊され、宇宙にきらめくガラスの破片のようだ。
重砲撃艦の主砲は強力であるが、長距離ではエネルギーが拡散して、著しく威力が落ちる。また斜めから、角度をつけて撃った場合はシールドに斜めに当たることでシールド表面を光弾が滑ってしまい、威力が落ちる。
黒き艦隊は、シールド艦との距離と角度を縮め、その威力を増大させている。
白き艦隊の重戦艦が防衛線に近づいた。
重戦艦は、強固な装甲を持ち、シールドを展開しなくても、基本防御が高い船で、機動力は落ちるが、その突進力は、艦隊随一である。フレイヤが右手を前方に差す。
「シールド艦は円形に散開を開始。エネルギーシールドの範囲を狭めろ。それぞれ自艦のみを守り、残り全てのエネルギーを推進力に回せ。重戦艦は速度をダウン。シールド艦の散開を待って、全艦攻撃を開始!」
シールド艦を敵の前から放射状に退避させ、重戦艦により敵戦艦の前進を止める作戦であった。フレイヤに接続されたターミナル5に、シールド艦が外輪のように散開する姿が映し出されている。そこに黒き艦隊が突入を開始した。速度を落とした味方の重戦艦との距離が縮まっていく。
「重戦艦、攻撃開始。同時にシールド艦を重戦艦の後方へ移動」
重戦艦の光子魚雷とリニア砲が光を発し始める。前進してきた黒き艦隊の船が、弾かれ、砕かれていく。
「これより、重戦艦を第一軍、シールド艦と長距離ミサイル艦を第二軍、その他を第三軍と呼称」
フレイヤが超高速で十二のターミナルから表示、伝達されるデータを分析しながら、最終作戦を立案した。
「黒き艦隊の前衛を破壊する。第三軍の再編成を開始。パターンB―6―Gを実施」
「了解しました」
二百人の”管理する者”が一斉にフレイヤに答えた。




