変異した世界
「ハァハァハァ……」
私は走っていた。三人から逃れる為に。
図書館は完全に居空間になってしまった。
さっき入ってきた時には居た人たちは誰も見当たらない。
色を無くし、モノクロになってしまったかのような図書館。
気持ち悪い空気が渦巻いている。
私がモイラからのメールを確認した時、様子がおかしかった愛莉だけでなく、八束や時輪までもが変貌した。
三人が追ってくる。
「悠里絵、オレ以外の男がいいって? フフ、一度オレに抱かれてみろよ」
八束が徐々に迫って来た。横に居る時輪も私の方を向いた。
「オレさ、愛莉の事が好きなのに、愛莉はおまえばかりを見ている。おまえを殺せば、オレを見てくれるかなぁ」
ゾンビのように表情がなく両手を前に出しながら、迫ってくる二人。
「愛莉、助けて!」
私の声に振り向いた愛莉の瞳は、真紅の怪しい光をたたえていた。
私は”Stars Logbook”を掴み走り出した。逃げる私を三人が追いかけてくる。
いくつもの本棚の間を駆け抜け、やっと物陰に隠れたけれど、呼吸が苦しい。心臓の音が聞えてしまうかもしれない。
「どこだ? 悠里絵? すぐには殺さないからさ、こっちへ来い」
時輪の声。
「最初は指、次は腕、その次は足……悠里絵は足が綺麗だからなぁ。喰うのが楽しみだ」
八束の声もする。自然に身体が震えてきた。
(どうして? なぜこんな事に?)
両腕で自分を抱きしめるかのようにして震えを抑えながら、混乱した頭を左右に振る。
(とにかく逃げなくっちゃ……そうだ!)
数歩先にある窓が目に止まった。
(ガラスを割って逃げよう)
私は椅子をつかむと、力いっぱい窓ガラスに叩きつけた。
グシャっという音がして、壊れたのは椅子の方だった。
ガラスの向こうには、灰色の霧が立ち込める。ハッキリと見えない外庭。
窓には、傷一つつかなかった。
それでも、壊れた椅子を何度も叩きつけた。
恐怖が私の中いっぱいになる。
(助けて。誰か助けて。)
ふいに後ろから肩を掴まれた。
ショックで椅子を落とした私の後ろには愛莉がやってきていた。
この異常な状態が起こり始める少し前から、一番先に様子がおかしかった愛莉。この異変は愛莉が関係している? 愛莉が原因なの?再び震えに襲われる私に、愛莉が話を始めた。
「世界は繋がっている。時間も空間も。時間は円のように繋がり進む、時空のリング。もっとも遠い未来は、一番近い過去。そして無数のリングは干渉しあう」
「何を言ってるの? これはどうい事なの愛莉!?」
愛莉の言葉の意味が全く解らない。どんどんと心に広がる恐怖で身体から力が抜けて行く。私をジッと見つめる愛莉の瞳が、再び真紅に光った。
「あなたは、仲間に裏切られて殺されたことはある? 私はあるわ。仲間に消去された。想いも身体も一緒にね」
力が抜けて私が寄りかかった机の上には大きなペーパーウェイトがあった。とっさに私はそれを掴んだ。
「さあ、この剣で刺すのよ」
愛莉はどこからか小さな剣を取り出していた。複数の刃がねじれながら絡まる小さな剣。不気味な剣は私の方へと向けられた。
(殺される? 私は愛莉に殺されるの?)
「やめて! 愛莉やめて」
私は叫びながら、ペーパーウェイトを構え、後ずさった。それでも、愛莉はゆっくりと近づいてくる。
(愛莉が私を殺す、私は愛莉を……、殺すしかない)
私の心が冷たく色を無くし始めた。握りしめたペーパーウェイトを愛莉の頭に向かって、思い切り振り上げた。
けれど……。私の脳裏には愛莉の笑顔が浮かんできた。いつもひとりの私の側に居てくれた愛莉。
(やっぱりできない。私にはできない。)
腕の力が抜けて、振り上げていたペーパーウェイトは床に落ちた。それを見た愛莉は、小さな禍々しい剣を構えて、さらに私に近づいて言った。
「悠里絵、これで刺すわね。すぐに済むわ」
私はもう動けなかった。




