受信
光の神の旗艦マスティマから送られてきたデータの解析は難航していた。
ソフト開発部のトキワが振り向きながら言った。
「総司令、これはやっかいですね。やはり光の神のフォーマットは我々には解析できない部分が多すぎます」
黒き艦隊の総司令官のパルヒョンはコンソールを覗き込みながら聞いた。
「このファイルはどれくらいリカバリーできそうだ?」
トキワが両手を組みながら首をかしげる。
「うーん、良くて五パーセントくらいでしょうか。なにせ、データ量が膨大で」
パルヒョンは額に手をあてて、困った表情をした。
「それだと、このファイルは、再起動できないだろうな」
「ええ。ちょっと無理でしょうね」
トキワが頷き、お手上げのポーズをする。パルヒョンは少し考えてから言った。
「オブジェクトリンクでファイルを起動してみるか」
トキワが驚く。
「危険です! 本艦アガレスのシステムが破壊される可能性があります」
パルヒョンはニヤリと笑って
「これを失敗したら、二人は銀河中のネットに晒されそうだな。通信の範囲を”光の神”の艦隊の周辺で限定するんだ。やってくれ」
「どうなっても私は知りませんよ!?」
トキワが通信ゲートウェイシステムへ”オブジェクトリンク解放”の指示を与える。
「ネットワークシステム、ポート8888の解除を指示トランスファープロトコルをルーテング指定。警告。只今より半径十光年以内でオブジェクトリンクを展開する」
オブジェクトリンクはイメージで、他のプログラムとリンクする機能だ。インターフェースが違うプログラム同士が、人間のように会話をしてお互いの要求を満たす。リンク指定された範囲の全てのプログラムが、お互いに相談するかのようにして答えを導き出す。光の神から転送されてきたファイルの解析に失敗したパルヒョンは、解析できなかった部分を、光の神のネットワークに求めるよう、トキワに指示を出したのである。トキワが危険だと言ったのは、オブジェクトリンクには大きな問題があるからだった。
通信システムレイア121、通称“以心伝心プロトコル”は、一瞬で数万光年にデータを通信してしまう。しかも通信相手を限定することが難しい。例えれば、街の真ん中で大きな声で秘密を叫んでいるような状態になる。もしも、送られてきた光の神のプログラムが敵対的悪意を含むものであれば、一瞬でこの船、旗艦アガレスが操作不能にされてしまう可能性もあるのだ。
「ファイル解析を要求”Airi-wxr-”」
オブジェクトリンク解放のプログラムが起動され、光の神全艦隊へ、ファイル解析のためのリクエストが送信された。数秒間のことであったが、パルヒョンには何十分にも感じられた。ピっと短い音がして、コンソールが点滅し始めた。
「通信完了。解析率百パーセント。Airiを起動します」
コンソールに、髪の長い、均整な顔立ちをした美しい女が現れた。
「私は黒き艦隊の総司令官パルヒョン。君は誰だ?」
パルヒョンの問いにコンソールの女は静かに頭を下げた。
「私は、白き艦隊の”管理する者”アイリです。あなたにお願いがあって参りました」
「デートのお誘いかね?」
ニヤリとしながらパルヒョンが言った。表情を崩すことなくアイリが続ける。
「私にフォームを、お貸しください」
敵の艦船に突如転送され現れた女が、身体、完全にデータ化された光の神が行動するために必要な入れ物としての身体であるフォームを貸せと言っている。
「なぜかね?」
パルヒョンが問う。
「光の神を倒すためです」
アイリと名乗る女は答えた。パルヒョンは、アイリの目を見る。美しい緋色の瞳は瞬きすらしない。パルヒョンは首を振る。
「いきなり君を信じるのは難しいな。しかも君が着ることのできそうなフォームは、今この艦隊にはない。新たに作る技術も既に我々は持っていないのだ」
進化の途中で魂のデジタル化を止めた闇の神では、新しいフォームは製造されなくなっていた。
「私のことを信じてくださいとしか申し上げられないのですが……、私が必要なフォームなら、あなたは既に持っていらっしゃいます」
しばらくアイリの顔を眺めていたパルヒョンが、ふいに笑い出したのでトキワがキョトンとしていた。
「ククク、仕方ないだろう? オレは美人の頼みに弱いからな」
パルヒョンはアイリに対して頷いた。
「そんな適当な!?」
トキワが反対の意を唱えたようとした時、女は口を開いた。
「光の神の旗艦、マスティマを直接攻撃します。そして、総司令官のフレイヤを殺します」
アイリと名乗る女は平然と言い放った。自分の総司令官を殺害。その企てについて話ながらその女は自分の唇を舐めた。女の唇がハッとする艶やかな色になった。




