理想の人
「悠里絵は贅沢なんだよ」
髪の毛の端を人差し指でクルリと巻いてため息をつく。
「アイツって、女子に人気あるじゃないの?」
続けて私の目の前の文句ともとれるセリフが続いた。
「私にも選択の自由があるのだ」
私の答えに束ねた髪の先をくるくると指に巻きつけながら親友の愛莉が言った。
「ふ~~ん、面倒くさいな。付き合ってだめならポイでいいじゃん」
午後9時を過ぎたコーヒーショップには、昼間よりも少し大きめの音量でBGMが流されていた。ゆっくりめ曲のセレクト……まばらになった店内で客の言葉が広がり過ぎないよう、さりげなくカバーされている。
ほど良く距離が離れた会話は心地良い、名も知らぬ曲に囲まれて、静かな夜の時間になっても、私は声を落とすことなく、親友の愛莉と普段通りの大きさで会話ができている。
居心地がいい店で、親友との他愛も無いおしゃべり。
愛莉は私が先週、A組の八束をふったことが不満らしい。
私は特別、彼氏が欲しいと思ったことがない。あまり人と触れ合うのは得意じゃないし、友達を作るのも苦手で、ひとりで居る方が楽だと思う時がたくさんある。もちろん、ずっとひとりで居たいわけじゃなくって、誰かに側に居て欲しい時もあるけれど、そんな時でも一緒に居たいと思える相手は少ない。相手は男女に関わらず、かなり限定される。子供の頃から高校生になった今までも。
自分でも困ったものだと思っていた、でも生まれ持っての性格みたいなので仕方がないと諦め気味。
目の前でキャラメル マキアートに口をつける愛莉は、そんな私にとって、数少ない、いや、唯一の、いつでも側に居て欲しい人だった。性格はかなり変わっているけれど、150センチと小さく、小さな顔が強調する、大きな黒目を持つ、十分どころか、上位に入る美少女の愛莉。
出会ってからは気が合って、ずっと一緒にいても苦にならなかった。それは私にとっては事件的で奇跡的な事だ。
「奇跡的な相性」
大げさに愛莉の事を評価している私のことを、愛莉はこう例えていた。
「悠里絵って、ちょっと古い感じの、きゃしゃな美人だよね。色は凄く白いし、ちょっとキツメの顔だし、背も高い。遠い先祖はアングロサクソン系か? え? どうせなら、フランスのベルサイユにいた貴族が先祖だといいって? うーん、それは無理かな……ロシアから流刑してきた、没落貴族くらいかな?」
褒められてるいのか、けなされているのか、私を真っ直ぐに見る愛莉の大きな瞳からは読み取れない。
あまりにマジマジと見られた私は、女の子相手なのに頬を少し赤くなり、そんな私の様子をじっくりと鑑賞した後、愛莉は自分の鞄に手を伸ばした。
「じゃあさあ、優理絵はいったい、どんな男の子が相手だったらいいわけ?」
鞄からパンパンに膨らんだペンケースと、ノートを取り出す愛莉。
(教科書以外に何を学校に持っていってるのだろう?)素朴な疑問が私を焦らせた。
「それ重くない? え、え、好み? 何の?」
愛莉に見つめられ、頬を赤らめていた私は、いきなりの質問にどきまぎしていた。
「男の好み! 彼氏にしたい男とはいかなる形か!?」
質問を明確に強固に変えた愛莉にドギマギ。
「え、えっとね……そう、背が高くて、少し痩せた感じで、瞳に強い意志があって……」
私の勝手な想像を聞きながら、愛莉はスラスラと絵を描き始める。愛莉はとても絵が上手いのだ。
「……不思議な雰囲気を持っていて、ちょっと冷たい感じがする。でも本当は温かくってね。あと・・・」
私の最後の言葉を待たずに、絵を描き続けていた愛莉が、筆を止めて右手をあげた。
「はい! できた! 細身で長身、銀髪で灰色の瞳。それで性格はツンデレ!」
愛莉が描き上げた絵は、私の思い描く理想のタイプそのものだった。私が言葉にしなかった髪の色まで理想を現していた。
「そう、そう! こんな感じの人だよ! 愛莉すごい! 絵がうまい占い師みたい!」
愛莉の絵のあまりの的中率の高さに、驚き嬉しくなった私は、つい大きな声を出していた。
「ちょっと! 声でかいよ」
店内を見渡し、再び私を見つめた愛莉は、誠に大きなため息をついた。
「絵がうまい占い師ってなによ。それにこんな人……いるわけないでしょ!?」
右手を左右に振り、私の理想がこの世の中に存在するはずはないと主張する愛莉。それは私も思う事だけれど、そんな容赦なく言わなくても……。
それにしても、なんでこんなにイメージぴったりなのだろう? まるで愛莉は実際に存在する人を見て描いたみたい。完全に私の想像上の人物なのに。
「ねぇ……愛莉、これ、もらってもいいかな?」
私の尋ねに頷く愛莉、同時に質問も投げかけてくる。
「うん? いいよ、あげる。で、明日の日曜はどうしよっか?」
「そうね、図書館でDVDとか本を見るとか?」
もらった絵を大事にカバンにしまいながら、私は愛莉に提案するが、愛莉が今度も即座に右手を振って、意思を速攻で伝えてきた。
「無理。パス。DVDも見飽きた、字を読むと脳が燃焼する。」
愛莉らしい答えに、笑いながらも私は再チャレンジする事にした。
「ねえ、絵もいいけど、活字もいいよ。想像力が刺激されるの」
愛莉は大きな瞳をさらに開いて、珍獣でも見るように私を見た。
そして、再び手を左右に振る。私の提案は即座に却下されたらしい。
「悠里絵ひとりで行っておいでよ。私は久しぶりに寝まくる日曜日にするかなぁ」
結局、今日は私ひとりで図書館に来ていた。
文学少女じゃあるまいし、図書館通いもどうかと思ったりもするけれど、私は本が好きだった。この世界の色んなことを知りたいと思う気持ちがとても強かった。
「自分が生まれて育った世界なのにね。なんか不思議な感じ」
既にこの図書館の本の半分を読んだ私。人の探究心と片付けられない気がする。もっと、何か、心の奥に、世界の知識を求める何かがいる気がする。
「まさか、私の中に誰かいて、その人が世界を知りたがってる……なんてね。」
こんな事を聞かれたら愛莉に鼻で笑われるだろうなあ、夢見る少女!?みたいに。
ここは、少し古い図書館だからなのか、本は沢山あるのに来る人はまばらで、私のお気入りの場所だった。いつものお気に入りの席を確保してから、いったん椅子に座る。
カバンから愛莉が描いてくれた絵、私の理想の人の絵を取り出して、じっくりと眺めた。
細身で長身、銀髪で灰色の瞳。それで性格はツンデレ!?の彼氏。
「確かに居ないよね、こんな人。でも、諦めなければ、もしかしたら、いつか、少しくらいは、出会える可能性は、有るんじゃ……」
微かな希望を浮かべる私に、愛莉の、「ムリムリ」と手を振る姿が頭に浮かんだ。
「ふぅーっ、やっぱりダメかぁ」
腕のを真上に伸ばして組むながら、現実と空想のギャップに自然とため息が出た。
「はぁあ。まあ、今日は最近お気に入りの作家の小説の続きを読もう」
席を立って、本棚が並ぶ奥のコーナーへ向かった。この図書館の書架スペースは、かなり広くて奥へ行くほど薄暗く感じる。空気中に漂うほこりが私の歩みによって、ゆっくりと動く。
ブラインドのかかった窓からほんの少しだけ入ってくる光は、辺りの空気の流れを止めてしまっているかのようで、古い映画館の映写機の映し出す光景を見せてくれる。古い映画館の映写の光で映し出される薄暗い空間は古い本の匂いでいっぱいだった。
「確か、あの本はこの辺だったけど……えっ? ちょっと待った!」
大きな独り言。図書館の人気の無い、古い所蔵品を仕舞ってある奥へ進み、左側にある本棚が途切れて視界が広がったとき、思わず声を出してしまった。
幾筋にも連なる本棚の間の、狭い通路の一番奥に、その人は立っていた、細身で長身、銀髪で灰色の瞳。愛莉に描いてもらった絵の姿そのままで、本を読んでいる人。
「まさか……こんなことってある?」
余りに現実離れした光景に、本棚の間の、十字路通路ど真ん中で動けなくなった私。視線を止めたまま、ジッとその人を見ていた。
ひっそりとした空間に、その人のたてる、ページをめくる音だけが聞えていた。
どれくらい、その人を見つめてていたのだろうか、ふいに後ろから声をかけられた。
「あの、すみません! 邪魔なんですけど!」
振り返ると、細い通路を塞いでしまっている私に向かって、不機嫌そうにしている女の子が居た。
「あ、すみません、ごめんなさい」
頭を下げ、女の子とすれ違うことができるように、身体を横にして、不機嫌な女の子とすれ違う、一瞬だけ視線を外してしまったが直ぐにあの人を目で追った。
「……えっ! いない!?」
目を離したのはごく短い時間だったのに、もう憧れの人の姿は見えなくなっていた。
「夢だったのかな? いやいや、まさか、いくら私でも白昼堂々立ちながら寝てはいないはずだ」
そう呟き、あの人が立っていた場所へ行ってみると、整然と並んだ本の中に一冊だけ、誰かが棚に戻したように、ほんの少しだけ前に引き出された本があった。
タイトルには、”Stars Logbook”と書いてある。
「Stars Logbook 光の航海日誌?」
その本を手に取り、厚くて固い表紙を開いてみた。
薄暗い映画館のような光の中の図書館の奥で、そのまま最初の章を読んでみる。
「光の神……宇宙艦隊の司令官? ”判断する者”のフレイヤ?」
宇宙で行われる大きな戦い。物語の続きへと引き込まれる私の頭の中に、小説とは思えない壮大な世界の光景が浮かんできた。




