流星連打の拳嬢の願いを叶える その3
馬車から離れて近くにある森に押し入っていく。
日の光の届かない仄暗い森。
水気を帯びた落ち葉でぬかるんだ小道は、狩人であるリュカにとってはなんの問題にもならないが、リュカの後ろに続くお嬢様方にとってはそうでもないらしい。
「もう、靴がドロドロじゃないですか……」
「これはもう買い換えが必要なレベルですの……」
泣き言をこぼすのは、制服を折り目正しく着こなす受付嬢二人組。
アサカの見慣れた黒を基調とした制服とエレノアの白一色の制服は、可憐でこそあるが冒険にはあまり向いていないように見える。
高そうな黒い革靴はおろか、白い靴下まで汚れてきているではないか。
「あんた達は、冒険に適した服を持っていないのか?」
「これがそうですが?」
アサカはこれ見よがしに自分の服を見せつけてくるが。
「どこかだよ! スカートだし、革靴は動きにくそうだし、生地は薄そうだし」
「知らないんですか? 特級受付嬢の着ている制服は下手な革の防具よりも丈夫に出来ているんですよ。さらに魔法に対する高い耐性も備わっています」
アサカは得意げにしているか本当かどうか。
「リュカ様、アサカの言っていることは本当ですの。わたくし達は日々過酷な任務をこなしております。その任務に堪える動きやすくて丈夫な服はこれ以外にあり得ませんの」
「まじか」
「大まじですの」
「じゃあなんで、そんなに歩きにくそうにしてるんだよ」
「単純に汚れるのが嫌なだけですが?」
アサカはさも当然だと言いたげに涼しい顔で言い放つ。
「特級受付嬢なんてやめちまえ!」
「それはできない相談ですね。私から受付嬢をとったら、只の賢こくて可愛い少女がのこってしまうじゃないですか」
「それはそれでいいだろう……ってそうじゃない、ちょっと汚れるぐらい我慢しろってはなしだ」
「まあ、それもそうですね。今はエレノアの依頼を解決する方が先決です」
ここには何も遊びに来ているわけではない。
エレノアの依頼を果たすために、ここに居るのだ。
武装の準備も万全だ。アサカはいつものグノーシスを、リュカもいつもの弓矢をかついだ。
エレノアは白塗りの重厚なガントレットを身につける。
彼女は魔法と己の拳を武器に戦うモンクなのだ。
そんな彼女の依頼はそれほど難しくない内容だった。
その内容は単純明快。
数刻前、彼女はリュカ達を前にリュカ達のパンを頬ばりながら。「森の中腹にある洞窟まで案内して欲しいのです! わたくしの冒険者達が待っているはずです」と言っただけだ。
だからこそアサカは愕然としたのだ。
あまりに単純すぎる仕事であること、そして彼女がアサカ達の昼食を平らげた事によってお昼がなくなったことに。まあ、きっちりお代は貰っているので帳消しだ。
案内は友人の頼みということもあり、アサカは快諾(エレノアが渡した現金を何の躊躇いもななく受け取りながら)したのは、ちっとも良くないが話が進まないのでおいておくとして、問題は何故彼女が一人で居たのかだ。
エレノアはある依頼を受けていた。
この森にあるという古い鉱山跡に危険な獣が住み着いたらしく、それを追い払う依頼だ。
ところが、冒険者と森に入った瞬間はぐれてしまったらしい。
結果半日ほど森の中を彷徨うことになったそうだ。
エレノアは極度の方向音痴なのだ。
くわえて彼女は燃費が悪い。直ぐにお腹をすかしてしまい、極限状態になると狂戦士梳かすか、倒れてしまうのだ。
「ぬかるんでいるとはいえ一本道じゃないですか。相変わらず方向音痴ですね」
「わたくしは方向音痴ではありません。北と南が分からないだけなんですの」
「それを方向音痴って言うんですよ!」
「どっちでもいいけどな」
「「よくありません」」
方向音痴が良いことではないのは確かだと、リュカは一人で納得していた。
などと軽いピクニック気分で森の小道進んでいく一行の前に、問題の洞窟が見えてきた。
ぼっかりと大きな口を開ける岩の洞窟。
古い鉱山跡というだけに、洞窟周辺は開けた場所となっており、朽ちた小屋が入り口の直ぐ側にあった。
だが、危険な獣が住み着いたと言う割りには、あるはずの物がそこにはなかった。
「おかしい……」
「どうかしましたか?」
リュカは首をかしげざるを得なかった。
地面に複数の人の足跡があるのは過ぐに見つかった、エレノアの冒険者達が中で待っているのだから当然だ。
でも、獣の足跡がどうしても見つからないのだ。
「足跡がない。獣の足跡が一つもないんだ。どういうことだ?」
「獣の痕跡は私には分かりかねますが、争った形跡も一切ありませんね」
洞窟を縄張りに獣が住みついたと考えるなら、獣の種類がなにであれ中で巣を作っている可能性は高い。だというのに見張りが居ないとはどういうことか?
先についている筈の冒険者が倒したとしても、亡骸が残っているはずだし争った形跡すらないとなると、考えられることはそう多くない。
「依頼が虚偽だった可能性がありますね。その真意までは分かりかねますが」
「だとしても冒険者を迎えに行かなくてはなりませんの。ここで会うと約束したのですから」
エレノアは少し表情を険しくしたが、それでも洞窟の中へと進もうとする。
リュカとアサカは顔を見合わせるが、エレノアを追うように後に続いた。
彼女の仲間と合流すれば何か情報は得られるだろう。
洞窟の中は当然だが暗く、一寸先も見えやしない。
そこで役に立つのが魔法である。
「マナよ、我は命ずる! 未だ見ぬ脅威を暴け! サーチャ!」
エレノアが魔法を唱えると、その掌から青白い薄明かりの球体が音もなく飛んでいく。
サーチャの呪文は光の反射を利用し、術者に動くものを伝える魔法である。
冒険者ならまずは憶えておくべき魔法だ。
無論リュカも使えるが魔法事態が得意ではないため、効果が薄くサーチできる範囲も狭いとなれば使うに値しない。
「マナよ、我は命ずる! 光を作りて道を照らせ! ロードライト!」
次いでエレノアが詠唱した魔法は光の球体を産みだし、その場で浮遊させ周囲を照らすというものだ。
この魔法さえあれば夜道はもちろん、洞窟の中でも大丈夫だ。
とはいえ効果時間にかぎりがあるので多くの冒険者たいまつに頼る。
当然リュカは後者である。
「魔法なんて滅びれば良いのに」
魔法を器用に使いこなすエレノアを見て、どこかの誰かさんは嫉妬しているようだが。
「おいおい、魔法が使えなくなったら、それこそお前の戦う手段がなくなるだろう」
「おっと、それもそうですね。何時魔法がなくってもいいように剣術をもっと学ばないと」
「えらく後ろ向きな前向き発言だな」
「アサカは本当に面白いことを言いますの。魔法がなくなればわたくし達の仕事そのもに大きな支障が出ますの。召喚スクロールが使えないわたくし達なんて、只の冒険者と変わりありませのに」
「うっ、それは確かにいやですね、魔法はやはり偉大です!」
あっさり掌を返すアサカだった。
そんなアサカの様子を見てエレノアは終始楽しそうに笑っていた。
リュカもアサカもそれに釣られるように笑うのだが、これが油断だった。
どうしてエレノアの魔法に会わせて、警戒を厳にしなかったのだろう。
前を歩くエレノアが何かにつまずいたように、ふらついた瞬間だった。
「危ない!!」
上を見れば、それが目前まで迫ってきていた。
狭いダンジョンでは罠にご用心!