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閑話:メフィル

その暗く狭い牢屋に自ら進んで入った。

 僕が世に出したメフィルバニアは警邏隊の手により全て回収されたと聞く。

 何人かの人々の皮膚がただれたという話は聞いたが、幸いなことに死人もでていないとの知らせも受けた。

 身勝手かも知れないがこの知らせを受けたとき、僕は心の底から感謝したんだ。

 誰に対してでもない、ただ世界にありがとうを伝えたい。

 僕のせいで誰かが死ななくて本当に良かった。

 本当に運が良かった。

 初犯ということもあり、僕に言い渡された刑期は1年という、犯した罪に対してしてあまりに短い期間だった。

 それでも反省は出来る。

 いや、省みなくてはならないのだ。

 

 冷たい鉄格子と日の光の当たらない地下の牢獄。

 木製のボロいベッドと掃除のされていない洗面台。

 不衛生は不衛生だが、これ以上を望むのは贅沢だ。

 この恵まれていない環境だからこそ考える事が出来る。

 

 省みるべき点は山ほどあった。

 どうしてメフィルバニアを作ろうとしたのか、他の人を信じなかったのか、鍛冶屋の提案に乗ってしまったのか。だが、一番の反省点は僕自身の心の弱さにあったんだと思う。

 

 そんなことを考えながら牢屋で過ごしている内に、反省とは別に気になる事が出てきた。 それは店で会った彼女についてだ。

 名前はアサカと名乗っていた。

 その響きと、あの銀色の髪と吸い込まれそうな瑠璃色の瞳にどこかひっかっている。

 こんな言い方をするのは可笑しいけど、どうも彼女とは以前にどこかであったような気がするのだ。

 まさか、彼女に惹かれたのだろうか……その可能性は否定できない。

 警邏隊の詰め所で彼女は僕に言ってくれた。


「いつか胸を張って誇れる発明をして下さい。私はその時を心待ちにしていますよ」


 そう眩しい笑顔で励ましてくれたのだ。

 だからだろうか、もう一度彼女に逢いたいと思わずに入られなかった。

 一年後が楽しみである。

 彼女には彼氏がいるようだが、そんなことはどうでもいい。

 一年で変わった僕を見せたい、それだけが牢獄での糧となった。

 

 だが、その牢獄の日々は意外にも早く終わりを迎えた。


「メフィル、でろ。お前はこれより他の街の牢獄に映される」


 ある日のことだった牢屋で眠る僕を起こす看守。


「どうしてまた?」

「お前には関係のないことだ。ともかく準備をしろ」

「は、はい」


 僅かな荷物すらないから、準備も何もないのだが一応ベッドは片付けておく。

 こうして僕は一週間ぶりに外に出たのだ。

 とはいえ、僕の手足に自由はない。

 他の牢獄に搬送されるだけだから当然だ

 おまけに本日は雨模様。

 馬車での搬送になるから雨はそれほどきにならない。

 それよりもどこの街に連れて行かれるのかまだ聞いていない事が心配だ。

 まあ、場所が何処であれ僕のやることは変わりはないんだけど。

 胸を張って彼女の前に立てるように努力するだけだ。


 雨の中、始まった囚人である僕の搬送。

 僕の入った木の檻は、布で覆い隠されているため外の様子は分からない。

 ただ、馬車が上り坂を登っていることはわかる。

 結構な登りだ。山の奥にでも向かっているのだろうか。

 そんな事を思案しているときだった。

 

「うわあああああっ! 岩が!!」


 御者の悲鳴が聞こえたときには全てが手遅れだった。

 立っていられないような強い衝撃と轟音が聞こえた瞬間、馬車が突然、大きく傾き、そのまま天地が激しく入れ替わり、全身を檻の壁になんども打ち付けられ、ついには馬車から投げ出された。

 ああ、僕はここで死ぬ……せめて彼女にもう一度会いたかった。

 そう思ったからだろうか。僕はある光景を思い出した。

 人間は死ぬ瞬間に過去の思い出を一瞬で垣間見るという。

 走馬燈だ。

 

 銀色の長い髪の女の子に向かって僕は、自分の夢を語って聞かせたのだ。

 

「僕は自分で自分を誇れるような、祖父のような立派な錬金術師になるんだ」

「素敵な夢です……かなうといいですね」


 ああ、思い出した。

 よりにもよってこんな時に……もう彼女に逢うことも叶わない。

 地面に叩きつけららたショックで僕の意識はそこで途絶えた。



 あれからどれだけ時間がたったのだろう、

 ……こ……ぬ…が…

 誰かの声がした。

 僕は死んだのか?

 いや、天国にしてはここはあまり優雅さがない。

 雨で濡れた地面はぬかるんでいるし、全身が痛すぎて何処が痛いのか分からないほど体が悲鳴を上げている。

 力が入らない……視界もぼやけてはっきり見えないでも、その声は確かに聞こえた。

  

「このまぬけが! もっとスマートなやり方はなかったのかよ!」

 

 それは女の声だった。

 激しい罵声の声だ。馬車の墜落現場で言い争うとかかどういう神経を……

 そうではない。


「しかし、姐さん」


 次に聞こえて来たのは男の野太い声。

 

「てめえの意見なんざ聞いてねえんだよ! この後始末どうつけるのかって聞いてんだ!」


 刹那聞こえてくる打撃音と男の苦しそうなうめき声。

 間違いない。こいつらは馬車を襲ったんだ。


「まったく使えねえ奴だ。仲野の御者まで殺してどうするんだよ!」


 再び聞こえる打撃音。


「証拠を燃やそうにもこの天気じゃむりだな」

 

 どこかハスキーだがよく透る女の声だ……言っていることとやっていることは汚いが。

 どうみても穏やかな連中じゃない、しかも会話から推測するに僕を狙っているようだ。

 少し目をこらして様子を見てみると、ボンヤリとだが、声の主を見つけた。

 黒い長髪を側頭部で結った女、ほっそりとした小顔に映える長い睫。

 だが、その目つきはかなりわるく、赤く燃えるような瞳には剣を刺すかのような鋭さがある。赤い膝丈のスカートに黒いカッターシャツ、その上からは白いベストを着ている。

 あれは色こそ違えどギルドの受付嬢ではないか!? 

 一体何がどうなって?

 受付嬢とおぼしき女の周りには、3人の巨漢が自慢のごろつきがいた。

 驚きのあまり声が出そうになるが必死で抑える。

 幸いにもこいつらは僕が死んでいると思っているらしい。このままやり過ごすしかない。

 

「しゃあねえ。とっとずらかるぞ」


 女の号令で男達がっさっていくのが見えた、このまま消えてくれ。

 祈るように目をじた。

 次第に遠くなっていく足音。

 ほどなくして、聞こえてくるのは雨の音だけになった。

 周囲から人の気配を感じない……なんて言えるほど僕の感覚は鋭くない。

 安全かどうかはこの目で見るより他にない。そしてゆっくり目を空けるがこれが失敗だった。


「よお、やっぱ生きてんじゃねえか」


 僕の目の前では例の受付嬢が和やかに、それでいて狂気に満ちたような笑みで僕を見下ろしていた。

 その手に握られていたのは傘ではなく、1本の剣。

 全てが赤い、血で染まったかのような悍ましい剣。

 

「面白くらい訳が分からねえって顔してんな。頭の悪いお前のために簡潔に説明してやるとだな、お前はこれからこの剣に刺されて死ぬんだよ。この俺様の手によってな!」


 いや、それは見れば分かる。


「ギルドは関係者はもちろん目撃者すら残さない、俺はその執行人ってわけだ。まさに死の受付嬢ってわけだな」


 冒険者ギルドの受付嬢がどうしてこんな馬車を襲撃するような真似をするのかという話だ。

「ど……どうして冒険者ギルドの受付嬢が……こんな……げほっ!」

 

 旨くしゃべれない。

 言葉を発する旅に血が逆流し咳き込む。

 

「ああん? 冒険者ギルド? 俺様があいつらの仲間だって? はっ、面白いこと言うじゃねえか! だったら、死にゆく哀れなお前に一つ良いこと教えてやるよ。俺達はな冒険者ギルドなんてちんけな組織とは訳が違う。俺達は自由だ。俺達は誰に似も縛られない闇に生きる者の集まりだ。組織自体は存在しているが存在していない、名前すら存在していないまさに闇、そこにあるのは只の無だ。まあ、物好きな連中は俺達を闇のギルドと呼ぶけどな」


 闇のギルド……聞いたことはない。

 だが、こいつらが紛れもなく鍛冶屋の言っていた、恐ろしい奴らに違いない。

 

「ちょっと、長話がすぎたな。まあ、そういう訳だから、闇に手を伸ばしたのが運の尽きだったな。俺様、死の受付嬢がお前の死を承ったぜ」

「全然……意味が分かーー」


 刹那その剣が無慈悲に振り下ろされ、僕の背中を人刺しにした。

 もはや、痛みすらろくに感じずただ猛烈にその場所が冷たく感じた……

 急速に霞む視界……ああ、僕はここで………

 深淵に墜ちていく意識の向こう側で微かに言葉が聞こえた。


「さて、鍛冶屋は始末済みだし、こいつの始末も終わった。残すはあの二人組だな」


 あの二人組……誰のことかは直ぐに分かったが……僕ではもう………

新しい受付嬢の登場でした。


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