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閑話:マニラの受付嬢生活 その1

巨大な運河と、天をつくような巨塔モルグの槍を中心に発展した大都市イムペリス。

我が国の首都に相応しく、大小様々に区分けされた管理区を7区ようし、各区画毎に1つ以上のギルドの支部が配置されており、この街だけで合計10以上のギルド支部が存在するというから驚きだ。

まさにギルドが最高権力者であるこの国ならではの光景だろう。無論全てのギルドを統括する本部、すなわちこの国の行政期間の中枢もこの街にある。


そして今なおこの街は発展を続けている。

新たに増築中の区画は研究区画と称して、研究所や大学等を中心に、学問の区画にしていくそうだ。

もっとも、工事が始まってまだ日が浅いのか、他の区画に比べると舗装された道路は少ないし、完成された建物よりも建築途中の建物が目立ち、住民よりも工事関係者の往来が激しく、まだまだ地ならしがすんだ発展途上の街といった手合いが見て取れる。

しかし、その周辺だけは街としての形式をなしているのではないだろうか。

石畳で舗装された綺麗な道路を中心に、宿屋や食事処、服飾店や雑貨店、夜を照らす街灯までもが整備されている。

そして武器屋や防具屋をはじめとする冒険者御用達の施設も言わずもがな。

何せこの場所にはギルドの支部があるのだから。

周囲に建物が少ないせいか、抜きん出ておっきく見える5階建ての漆喰と木材の建築物。鉄の重厚な扉の両脇には、鷲のマークが描かれた緑色のギルドの垂幕は冒険者でなくてもこの国に生まれた者なら誰しもが知るギルドの証。

新設されたギルド故に今はまだ利用客は多くなさそうだが、いずれ、ここも大層な賑わいを見せるのだろう。

学者や学生の素材収集を中心とした依頼が多くなるのだろうか、それとも研究のための実験生物の確保だろうか?

どちらにせよ、少し変わったギルドになるのは間違いない。

もっとも今は想像していた景色とどうにも様子が違うと、その少女は戸惑いを隠せずにいた。


「なんか思っていたのと違う」


お酒を片手に円卓を囲むのは冒険者や学者ではなく、簡易なシャツとつなぎ姿の屈強なおじさん達。

そんなギルドの様子を窓越しに眺めては、何度目かわからないため息をついた、鳶色の髪を纏めたお下げの少女。


この区画にも飲食店が他にないわけではないが、おじさん達がわざわざ現場から離れている上に、決して安くはないギルドで飲み食いをするのは、もちろんここで働く受付嬢達が目的だ。

洗練された白い襟付きのシャツに茶色のベスト。

上品な膝丈の紺色のフレイアスカートを纏う麗しき淑女達。

首元のリボンに胸元で輝く緑色のブローチと腕章。

一見すれば地味で素朴な受付嬢の制服も、教養豊で品行方正、かつ容姿端麗な彼女達が着こなし客をおもてなすものだから、立派な高級遊郭に負けず劣らずの水商売の店となるのだ。

というのはギルドを利用する好き物な男性の話だけであって、当の受付嬢本人達との間で、その認識に大きな齟齬があるのはいうまでもない。

受付嬢にとって水商売の女と一緒にされることは、大変不名誉で腹立たしいことである、というのがもっぱらの共通認識である。そしてこの認識は、これからこの世界に足を踏み入れようとするものにとっても、同じこと。


「どうしよう、本当にここで大丈夫なの?」


少女が不安になるのも無理からずのこと。

何せ少女が今着ている服こそ、ギルドの受付嬢の制服そのものなのだから。

しかし、白地に無柄の腕章がついているだけで、胸を彩るブローチはない。

何故なら彼女はまだ。


「どうかされましたか?」

「ひゃ、ひゃい!」


突然背後から声をかけられたことにより、上擦った声で返事をしてしまった少女が恐る恐る背後を振り返ると、そこには1人の白髪の男性がいた。

皺一つない綺麗な燕尾服と、襟元を彩る緑色のスカーフのネクタイ。

長く伸びた顎髭を三つ編みにしている独特の感性がひどく印象的だったが、少女はそれ以上に、男性の深い海を思わせる瑠璃色の瞳と、涼しげで凛々しい面差しには見覚えがある事に驚いた。

初対面のはずだが、どうもあの人に似ている気がして仕方ないのだ。


「師匠そっくり……」

「師匠?」

「あ、いえ、あたしの知っている人にそっくりだったからつい……」

「そうですか、それを言うなら私も貴女にそっくりな人を知っていますよ」

「あたしに?」

「はい、その人は鳶色の髪と緋色の瞳を持つ13歳の可愛いらしい女の子で、マダム・ギュレット様からの紹介で、本日よりこのギルドで見習いとして働いてもらう女の子です」


初老の男性は少女をみや裏ながら、にっこりと優しく微笑んだ。


「えっ? それってもしかして、あたしのことじゃ…」

「はい。ようこそ、ギルドへ、マニラ・ヴィラントさん」

「ええっ! では、貴方はもしかして、レグザスさんですか?」

「はい、私、このギルドの臨時マスターをしております、レグザス・アンドレアと申します」


以後お見知り置きを。

そう言いながらうやうやしく首を垂れるレグザス。


「こ、こらこそ、よろしくお願いします!」


マニラも釣られて、頭を下げた。

するとレグザスは早速ギルドの中へとマニラを連れていこうとするのだが、その前にこれだけは確認しておかないと。

もしかしたらこの人は、師匠ときっと深い関わりがあるに違いないからだ。


「アンドレアの姓……まさかとは思いますが、アサカ・アンドレアをご存知ですか?」

「もちろんよく存じていますよ。不詳ながらあれは私の娘ですから」


そう言いながらにっこりと微笑むレグザス。

尊敬する師匠の父親に会えたということは喜ばしことであるはずのに、マニラは何故か素直に喜べなかった。

親と子は得てして似るもの。だとすれば、あたしの想像が及ばない範囲からの指示や、無茶振りが待っているに違いない。

どうして、あたしの周りにのギルド関係者には変な人が多いのだろう。

師匠然り、マダム然り、エレノアさんだって変わっている。

いや、あたしの姉だって負けず劣らずだ。

そして現れた師匠の父。

普通であるはずがない。

レグザスの独特なセンス溢れる顎髭を見て、マニラはため息が出そうになるのをなんとか堪えた。

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