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リンダとエレノアについて語る その7

「まあ、お前が特級になったかどうかは、別にどうでもいいか。いいぜ、止められるものなら止めてみろよ」


似たりと口元歪めるリンダ。

以前のリンダなら考えられない邪悪な笑みです。


「止めてみせますよ」


燃え盛る炎が私とリンダをとり囲む夜。

ギルド前の広場には死体を除けば、誰一人としていません。

それはさながら炎のリング。

私とリンダの雌雄を決する闘い。

生憎無観客ですが。


そう、この場には誰もいない。

ギルドは激しく燃えているのに野次馬でさえいません。

もっとも、この街に誰もいないわけではありません。

微かですが、動揺とも悲鳴とも取れる話し声が遠からず聞こえてきます。

それでも人の姿が見えないのは、一重に彼女の仕業でしょう。


「その自信、どこまで持つかな」


リンダがそう言ながら手の平を天に向けた瞬間でした。

リンダの手の上に青い半透明の光の粒子が凝縮していくと、光は人1人ほどの大きさの、長方形の板へと姿を変えていきます。

そして、その板をリンダは勢いよく投げ飛ばして来るのです。


地面を転がるように飛び退き、半透明の板をやり過ごします。

刹那、地面を抉る板。

以前より速度が上がっているようです。

おまけに、あの板がこれで消えるはずもありません。

気がつけばもう一つの眼前に迫る青い板。

横を振り向けば地面に刺さっていた板がこちらに迫ってきています。

あれらは魔法の板、念動力で動かすことは不可能です。

おまけに魔法の効果を遮断する能力も有している以上、彼女に直接念動力かけようと不可能です。


私を押しつぶそうとする二枚の板。

ですが、それは私に届くことはありません。


ガキンと鈍い音を奏でながらぶつかり合い、動きを止める二枚の板。

二枚の板を絡めとるように巻きつく漆黒の鎖。


彼女が最も得意とするこの魔法と、この戦法を使うのは知っていました。

シールドの魔法。

本来は防御壁を展開するだけの初級魔法ですが、リンダはその魔法を独自に研究と応用を重ね、道を封じる結界として使ったり、今のように武器として使うこともできるようになりました。

今もこの広場に誰も近づいてこないのは、彼女がシールドの魔法で道を塞いでいるからに他なりません。

おまけに普通のシールドの魔法よりも遥かに強度があります。

ですが、あたらなければどうということもありません。


「ほお、面白い武器を持ってるじゃねえか、いつの間に用意したんだ?」

「貴女と対峙すると覚悟を決めた瞬間からですよ」


私はあらかじめ伸ばしていたグノーシスの鎖を念動力で動かし、幾重にも絡ませていました。

あとは獲物が蜘蛛の巣にかかるように、飛来する二つの板が、勝手に絡みみつき動きを止めるという算段です。


「今度はこちらからいきます!」


漆黒の剣を念動力で動かしリンダ目掛けて斬りかかります。

彼女は咄嗟に絡まっていたシールドの板を消すと同時に近くに出現させると、飛来するグノーシスを弾きます。

ですが、グノーシスもまた同時に二つの箇所を攻撃できる武器。

鎖の先につながるもう一つの針をリンダ目掛け既に飛ばしています。

しかし、下から突き上がるように放ったグノーシスの針を、彼女は後方に大きく飛び引くことでいなした模様です。


ですが、私は攻めの手を緩めません。

追い討ちをかけるように剣本体と鎖の先端部の針を連続で動かします。

そのたびに彼女は、シールドの魔法で防ぎますが、私の狙いは初めからそれにあります。彼女に直接念動力をかけることはできませんが、彼女をシールドごと押さえこむことは可能です。


勢いづくグノーシスの波状攻撃を前に、遂に彼女はシールドを二枚同時に自分の身を守るように左右同時に貼りました。


「今です!」


この瞬間をずっと待っていました!

グノーシスから伸びる鎖を念動力で操作し、一気にリンダが貼ったシールドごと締め上げます。


「っち! まずったか」


リンダが同時に動かせるシールドの数は2つ。

加えて板に向けて手をかざす必要があります。

よって板ごと彼女を挟み込んで仕舞えば彼女を拘束できます。

グノーシスはまさに蛇です。


「あっけなく終わりましたね」


シールドを張ったままのリンダに近づき、グノーシスの切っ先をリンダに向けました。


「抵抗はやめて大人しく投降してください。今ならまだー」

「まだなんだ? まさかこれで俺に勝ったつもりか?」


リンダが不敵に笑った瞬間でした。突如として上空から音を立てて飛来する何か。

上空から複数の板が飛来していることに気がついても後の祭りでした。

咄嗟に飛び引きますが、板は次々と飛来してきます。

その数は10。

全てを避けることは叶わず、グノーシスを引き戻し、鎖と剣で簡易のネットを作ルコとで天から落下する板は防ぎましたが、リンダの拘束が解けたことによって新たに横方向から飛来する板を防ぐ手立てがありませんでした。


横腹を覆う鈍痛と衝撃に負けて、吹き飛ばされます。

ですが、彼女のシールドの恐ろしさはここから始まるのでした。

勢いづいたまま、壁か何か激突したのか、背中に激痛が走りました。


「……ううっ、これは」


見れば背中にあるのは青い板。

逃げ場を塞がれた状態で、目の前にはさらに迫る板の追撃。

防ぐ手立てを考えるまもなく腹部を穿つ板。

壁と板に挟まれた腹部から血が逆流し、たまらず血が吹き出します。

ですが、壁と板に挟まれたままでは倒れることすらままなりません。


「今のは痛そうだな」


そう笑いながらリンダはさらに、シールドの魔法を発動させると、私の腹部を圧迫するを板を新たなシールドの魔法で何度も打ち据えるのです。

衝撃と圧迫により何度も吐血していきます。

呼吸すらままならないほどの激痛に声も上げることさえできません。


そして何度目かに打ち据えられた時、背後のシールドがようやく砕け、開放されるのですが、もう……私に立ち上がる力はありませんでした。

ああ、彼女にこんな奥の手があったなんて……特級になっても変わらない実力差。

悔しい……悔しい……悔しい……


「少し驚いたが、相変わらずお前は弱いな」


私では止められなかった。

私では彼女に叶わなかった。

私では誰も守れない……

あの時と何も変わっていない。

リンダが拐われた時、そばにいたのに守れなかった。

私が弱かったから……その現実は今も変わらない。

リンダの体を操る何者かを倒すことすらできないなんて……私は何のために特級になったのでしょう……その事実に打ちのめされ私はただ、涙を流すことしかできませんでした。


「……わ、私を殺すのですか……」

「そうするつもりだったが、どうやらそれを望まない奴がいるらしい」


そうのたまうリンダは、何故か左目から涙を流しています。

私は彼女の涙に、昔の優しいリンダの面影を見ました。

それは私の見た幻想かもしれませんが……やはりリンダはまだ……

そう信じるには十分すぎる現象でした。


「まあ、次に会うことがあるかどうかはわからないが、二度と俺のー」


リンダがそう告げ始めた時でした。

突如、大きなガラスが砕けるような音が広場に響きました。

それとほぼ同時にそれは飛来したのです。

リンダの体を刺し貫く複数の氷の刃。


「な、何が……起こって」


リンダがその方向にかろうじて目を向けると、薔薇の意匠が散りばめられた派手なド赤いドレスの貴婦人が1人、傘をさしながらゆっくりと近づいて来ていました。

その手には青い冷気を帯びた極大の魔力の塊。

犯罪組織の残党処理のために果ての賢者こと、マダム・ギュレットがこの街にいることは知っていました。

ですが、今は……


「マダム……だめ…」


私の声にならない制止の声などマダムに届くはずもありませんでした。

リンダがどれだけシールドを貼ろうとも最強と名高いマダムの魔法を止めることなどできるはずもありませんでした。

無数の氷の刃はリンダのシールドをいとも簡単に打ち砕き、その体をボロ雑巾のように無残な姿に変えました。


「ああ…リンダ……そんな…」


力なく倒れる彼女の手を取ろうと手を伸ばすも、生が潰えた彼女の虚の目のように、

全ての希望が潰えて黒く塗りつぶされるように、私の意識も深い闇の中へと落ちていくのでした。



「私は運良く生き延びましたが、リンダはあの時完全に死んだ…そう思っていました。それはもう泣きましたよ」

「マダムを恨んでいるのか」


アサカは首を横にふった。


「マダムは正しいことをしました。ギルドへの攻撃者を撃退するのは冒険者なら当然のことです。もっともバンダルギンの妙薬によってリンダが不死者になっているなんて、誰も知りませんでした。後日彼女の埋葬された墓に大きな穴が開き、遺体が消えるまでは」

「……」

「わたくしもアサカも、リンダを今でも助けたいと思っていますの。リンダの中にわたくし達の知っている優しいリンダがまだいる、そう信じてますから」

「それが2人がリンダを追いかける理由か」

「そうです」


ここまで聞いてリュカはようやく決心がつくと共に安心感を覚えた。

2人はリンダを殺そうとしているわけではない。

それが分かっただけでも幾分か気持ちが楽になる。


「それで、その方法は」

「まだ分かっていません。ですが、方法なら彼女を捉えてから探せばいいだけのことです」

「勝算はあるのか?」

「私は特級受付嬢ですよ? あの時はまだ特級になって日が経っておらず召喚スクロールさえ持っていませんでした。ですが、今は違います」

「お前が召喚スクロールとお金をケチっているのってまさか……」

「十分な報酬さえ用意できれば特級受付嬢に不可能はありません。私にできないことは冒険者がやってくれます。私はギルドそのものなんですから……もっとも、頼りにしていた最大の戦力はしばらく使えそうにありませんが」


言いながらアサカはエレノアをみやる。

伐が悪そうに苦笑いするエレノア。


「なんて、冗談ですよ。貴女が無事で本当によかった。今はしっかり療養してください」

「……アサカ」


エレノアとアサカは再び抱擁を交わした。

同じ志を持つもの同士、そして何より仲のよい友人同士の友情に、リュカは得も言えぬ感情をお覚えた。

この輪には本来加わるべき1人が欠けている。

リュカにはもう迷う理由などない。


「アサカ、渡したいものがある」


リュカはセーラから受け取った闇のギルドに関する情報をアサカに渡すのだった。


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