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序幕

のんびり馬車の旅に興じる受付嬢と冒険者の短編集的な物語です。

たまにシリアス、たまにアクションもしますが、ご期待に添えるかどうかは……

久しぶりの投稿になりますので、読み物になっているかどうか自信がありません。

感想や批評、誤字脱字の指摘まで、なにかしらコメント頂ければ可能な限りお返事します。

それでは息抜き程度に楽しんでいただければ幸いです。



 名前のない深い森の奥。

 名前のない古い城の跡。

 城は木々や草木に浸食され、その木々の間を縫うように小さな滝が流れ落ちる。

 浅い滝壷には古びた石のテラスと、そこへと続く飛び石の足場。

 木漏れ日に包まれる小さなテラスは、さながら水の上に浮かぶ船だった。

 鳥のさえずりと小川のせせらぎが包む静寂の世界に、石畳を踏みならす靴の音が一つ響いた。

 軽やかな足取りで石畳を渡る一人の少女。

 白いシャツに襟元の青いリボン。紺色のベストの胸元についた華をもした赤い宝石のブローチ。膝丈のプリーツスカートは黒地に赤が混じったツートンカラー。

白い外套もよく似合っている。

 そんな彼女の二の腕には黒地に白い刺繍が施された腕章を着けている。

 上等で上品な身なりの少女は、自慢の長い銀色の髪とスカートを翻しながら石畳の上で踊るようにくるり回ると、少女と同じ白い外套を纏う連れの青年に声を掛けた。

 動きやすい軽装と背中に担いだ弓矢こそ、彼が狩人である証でもあった。


「見て下さい、リュカ。素敵な場所だと思いませんか」

 

 両の手を大きく広げ、嬉しそうに微笑む瑠璃色の瞳の少女。

 

「そうだな。確かに綺麗だ」


 青年リュカは静かにそう答えた。

 遺跡の美しさもあるが、少女の美しさもそれに引けを取らない。

 長い睫の似合う涼しげな面差し。

 深い海を思わせる瑠璃色の瞳。

 鼻筋の通った小綺麗な顔が美しい少女にはやはり笑顔が似合う。

 

「こんなところで暮らせたら、素敵でしょうね」


 少女は恍惚とした表情で夢を語った。

 これほど素晴らしい場所はそう多くはないだろう。

 水も綺麗で森には食料も豊富にある。

 狩人であるリュカからみれば、かなり恵まれた狩場だった。

 だが、それはここに住む人間以外にとっても同じ事。


「いや、その意見には賛同できないな。あれを見てみろ」


 リュカは城の頂上にいるその大きな生物を指さした。

 縦に開いた燃えるような真紅の瞳。

 牙の生えそろった大きな口。

 鋭い爪の映えた四肢は太く逞しい。

 そんな巨躯を支える大きな翼。

 青白い甲殻と鱗が全身を包んだ竜がこちらを睨んでいる。


『弱き物よ。何故我の住処を訪れた』


 脳の奥に響くような低い声で人語を放す竜。

 ここは竜の住まう危険な場所だ。

 竜が城の頂上から飛び下り、少女の前に立つ。

 着地の衝撃で周囲に激しいしぶきが舞う。


「申し遅れました、賢人アルガムート様。私は冒険者ギルドにて受付嬢をしております、アサカと申します。こちらは連れのリュカでございます」


 しかし、受付嬢アサカは巨大な竜を前に特にもの落ちすることもなく、濡れた髪を一度だけ拭うと深々と一礼し賢人を語る竜と対峙した。

 そして。


「私はあなた様が人類の脅威であるかどうかを見極めるためにここに参りました。どうでしょ、一つ私達と手合わせ願えますか?」


 臆面もなく挑発とも言える事を言ってのける。


『二人で我に挑むだと? 笑わせる! 勝負にすらならんぞ』

「二人? いいえ、それは違います。少々お待ちください。いまあなた様に相応しい対戦相手をご用意いたしますので」


 アサカは竜に背を向け滝壺からでた岸辺で反転、再び竜と対峙する

 スカートのポケットから一枚の紙を取り出した。

 腕ほどの大きさのどこにでもある紙だが、そに描かれたのは複数の円を組み合わせた魔方陣。アサカはその魔方陣の描かれた紙を地面に叩きつけた。

 その瞬間、その紙を中心に滝壺の岸辺が蒼く輝きを放つ。

 輝きは地面を縦横無尽に走り、地面に複数の円を組み合わせた大きな魔方陣を描いていく。 アサカが魔方陣から距離を取っている間にも光は地面に魔方陣を描き続ける。

 そして光が魔方陣を描き終えると一際強い光が魔方陣から放たれ、蒼い輝きは天をつくような光の柱となる。


『これは、まさか』


 竜が輝きに目を奪われた瞬間、雷に似た轟音と共に光の柱が消えた。

 残されたものは焦げた魔方陣と、その上に現れた6人の人影。

 立派な武器や防具で身を固めた冒険者達。

 大きな剣を構える剣士、隣に寄り添うように立つローブと杖を構える魔女。

 巨大な盾と分厚い鎧の戦士、絢爛豪華な槍を構える槍術師。

 白いローブを纏った女僧侶に、両の手に剣を持った二刀の剣士。

 彼等の腕には7つの星模様が描かれた、腕輪を思わせる金色の入れ墨。


「彼等、最上位冒険者があなた様の相手を務めます」

『転移のスクロールか。貴様、特級受付嬢であるな』

「おや、よくご存じで」

『自身を起点に冒険者を好きに呼び出せる特異な受付嬢がいる事ぐらい既知のこと。まさに歩くギルド、小賢しいまねをしてくれる』

「お褒めにあずかり光栄です。では冒険者の皆様、後はお任せします」


 任せろと一言だけ交わして、冒険者達が特級受付嬢アサカと入れ変わるように前へでた。

 

『ふん! 弱き者が群れをなしたところで結果は変わらぬ! 我が息一つで吹き飛ばしてくれる!!』 


 竜が大きく息を吸い込んだ。

 させまいと一斉に駆け出し迎え撃つ冒険者達。

 放たれた竜の吐息は冷たい氷へと姿を変え、冒険者達を襲う。

 すかさず皆の前にでて盾を構える戦士。

 魔女が術を詠唱し盾にさらなる強化をもたらすと、竜の凍てつく息吹が盾にはじかれ四方に大きく拡散される。

 周囲の滝や森の木々が絶対零度の息により白く凍り付いていく。


『ほお、我が氷の息吹を凌ぐか、面白い!』


 当然だとばかりに冒険者達は再び竜に挑む。

 迎え撃つ竜も巨大な爪と牙をもって冒険者を迎え撃つ。

 そんな死闘を見守るアサカとリュカも当然のように

 

「……」

「……」


 氷付けとなっていたーー。

 

「……だりゃ!」


 気合いと共に体を動かしたリュカ。

 二人を包んでいた氷がビシリと割れる。

 

「けほっ! もうっ、全然凌げてないじゃないですか! 耐氷の外套なんて嘘っぱちじゃないですか!」

「まったくだ。所詮はお役所仕事か」


 真っ白に凍り付きボロボロと崩れていく白い外套。

 ここに来る前、ギルドから支給された対策道具はまるで役に立っていない。


「くしゅん! ううっ、寒いです」


 クシャミをするアサカは肩を震わせている。

 濡れた服の上から凍りづけにされると寒いに決まっている。

 リュカは予備の外套をアサカに着せた。


「あ、ありがとうございます」

「礼はいらない、お前の護衛が俺の仕事だからな。それでこの後はどうする」

「もちろん決まっています。冒険者が一生懸命戦っているのですよ」


 アサカの仕事は受付嬢である。ことの顛末や詳細をギルドに報告する義務がある。

 彼女のまっすぐな目にリュカは確信を持った。

 きっと彼女なら。

 

「ささっと退散しましょう」

「冒険者置いてけぼりか!」


 分かってはいた。

 彼女がそう言うであろうことぐらい。


「何を仰います。受付嬢がそもそも前線にいること事態がおかしいのです。それに、結果さえ分かればギルドへの報告は出来ますのでーーはくしゅん! 風邪をひきそうです。はやく宿に帰って暖まりましょう」


 結果を報告できなければ調査の意味などない。確かにその理屈は分からないでもない。

 しかし、戦っている冒険者は……

 リュカが振り返ると再び竜のブレスが辺りを凍てつかせようとしていた。

 

「よし、逃げるか!」

「逃げるのではありません。私達は私達の仕事をするだけです。その為には生き延びねばなりません」

「そうだったな、俺達の仕事はあくまで調査だ」


 すごすごとその場から逃げ帰るアサカとリュカだった。


「どうだ? まだあそこで暮らしたいか?」

「いいえ。やっぱり快適な街が良いに決まっています」


 森の奥では依然として激しい戦闘が続いており、時折り大きな衝撃波が吹き抜け、轟音が鳴り響いては大地を揺らす。

 こんなところで暮らす酔狂なやつはいないだろう。

 それが分かっただけでも調査としては十分な成果だ。

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