メグル「初死因はフライングボディプレスだった」
連続投稿五話目です。
どんどん新キャラが増えていきます。
冒険者ギルドは街の窓口的な意味もあるのか、街の入り口にほど近い所に存在していた。
真っ白な石造りなのは他の建物と違わないが、扉が何故かスウィングドアだ。冒険者ギルドはウェスタン風にせねば、という運営側の熱い気持ちが見え隠れしている気がする。
でもこれ、冬は寒くないんだろうか。
「大丈夫。このドアは結界になっているから。外の冷気も熱気もシャットアウトしてる」
「おお、力入れる部分間違ってるね」
「『風通しのいい、オープンなギルド』を体現したらしい」
「いや、結界張ってるなら風は通らないよね?」
下らない軽口を叩きながらキーユちゃんの開けてくれたスウィングドアを通る。そこそこの賑わいを見せていたギルド内の音が、私の杖が白色の床を叩く音に引き潮のように消えていく。
うぅ、見られてる……嫌な視線もあるけど、多くは驚きと物珍しさみたいだ。自動車並に高いゲームでNRシステムを使ってる物好きなんて全くいないしなぁ。
あー、そこのお兄さん。わざわざ気付いてないお友達を肘でつついてこちらを見させるの止めて頂けませんか。
あとキーユちゃんは威嚇しないように。
「おい、あのおかしな装備した初心者の隣にいるのって」
「『秘の鳥』だろ。俺、生で初めて見た」
聞こえてきた囁きに右下を見れば、噂のネタだろうキーユちゃんは私から目をそらした。
「『世界一美しい鳥』なんてキーユちゃんにぴったりだね」
「やめて。周りが勝手に呼んでるだけだから」
キーユちゃんは不機嫌そうに眉を寄せる。これは余りつつくとむくれる苛立ち方だ。
こそこそと有名らしいキーユちゃんとNRシステムを使う見慣れない初心者の話をする人々を気力でスルーし、ギルド内を観察する。右手に依頼書が貼られているボードがあり、左手にはスタンディングテーブルがいくつかあるので待合室みたいになってるみたいだ。
受付は内容によって並ぶ場所が変わるわけではないみたいなので一番人気がない場所を選んだ。
美人受付嬢とイケメン受付に挟まれた冴えないおじさんは私と目が合うと、浮かべていた優しそうな笑顔をにやりとしたものに変えた。え、何?
表情が変わったのは一瞬だった。キーユちゃんは気付かなかったみたいで、おじさんはすぐに元の優しそうな顔に変わっていた。じーっと見ても、おじさんは私を見返すこともなく夢人や箱人(住人の呼び方)の対応をしている。
本当に、何だったんだろう?
「こんにちは。初めての方ですよね。ご用件はギルド登録でしょうか」
「あ、はい。こんにちは。夢人のメグルです。登録お願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。私の名前はギークと申します。ではメグル様のご登録を進めたいと思います」
数人をさばき終わり、私の番になると受付のおじさんはにこやかな表情を変えずに対応する。
やることは細々とした注意事項の確認と謎の水晶板に手のひらを押しつけるだけ。ギークさんは身を乗り出して、ぷらんとした右手に板を押しつけてくれる。手のひらを押しつけた部分が乳白色に染まり、それが集まると同じ色をしたドッグタグが浮き上がる。
書いてあるのは名前と年会費の入金締め切りだけ。聞けば、ギルドランクというものがあって、ランクはドッグタグの色になっているらしい。
何でもかんでも始まりは白なんだな。ランクはギルド職員が総合的に判断して上がるらしく、まだ3ランク目の橙までしか夢人は保持者がいないらしい。
白、黄、橙と上がってくらしいが、正直色ばっかで混乱しそうだ。プレイヤーも、混乱を避ける為に街の名前を“第○の街”と呼んでいるみたいだし。
「年会費は何年かまとめて払って頂いても構いません。締め切りは一ヶ月だけお待ち致します。
一ヶ月過ぎる、または何度も締め切りを破れば悪質と判断し資格を剥奪致しますので覚えておいてください。
再取得は可能ですが、罰則もつきますのでお勧めは致しません」
他にもギークさんから細かい説明を受けて、とりあえず100ルピス払う。
いやだってお金ないしね? この体だしお金稼ぎの手段はほとんどないよなぁ。
むむぅ、今更だけどお金稼げそうなスキルを取ってから本命を手がけるべきだったかなぁ。
「ああ、それとキーユ様」
「何?」
私が考えていると、説明の終わったギークさんがキーユちゃんに話しかける。
「依頼達成の出来や“ホワイト”だけでなく他の街でもご活躍と伺いまして、冒険者ギルドではあなたのランクを上げようと話が出ています」
「おお、キーユちゃん凄いね」
私が賞賛するとキーユちゃんは雪のように白い肌をほんのり桜色に染めた。可愛いなぁ。
「つきましては今ここでランクアップの手続きをさせて頂きたいのですが」
「今はだめ」
「いいよ、やっときなよ」
私を優先しようとするキーユちゃんに手続きを促す。別にちょっと待つくらいなら構わないし。
あ、でもなんか試験とかあるのだろうか。
「いえ、試験はありません。タグの変更だけなので」
「じゃあ、待ってるよ」
ギークさんは私の表情を読んだのか口を開く前に説明してくれる。出来るな、このおじさん。
キーユちゃんは納得行ってないようだったけど、「わかった」と頷いてくれた。
「でも、あっちで待ってて」
「えー、依頼書とか見た……分かりました、待ってます」
スタンディングテーブルを指さされたので抵抗しようとしたが、キーユちゃんの目がじっとり睨んできたので素直に従うことにする。
「すぐ済みますので」
「早く済ませる」
「ゆっくりでいいよー」
私はキーユちゃんとギークさんを背中によろよろとスタンディングテーブルを目指す。
空いてるとこは……入り口と受付からちょうど真ん中辺りか。両脇が混んでて圧迫感があったからキーユちゃんを置いてきたけど、あそこで待ってた方が良かったかな。
とりあえず入り口へ向かう。みんな遠巻きにしてるけど、避けてくれるから歩きやすい。
テーブルの近くまで来て体を右へ向けた時、それは起きた。
「ほらぁ! アンツ早く来るっすよ! 『秘の鳥』が逃げるっす!」
「ちょ、引っ張んなって! それホントにマジモンのネタなのかよ!」
「『秘の鳥』専用掲示板に載ってたっす! あそこのファンはガチ勢だからガセは流さないっすー!」
バァンッと激しい音をさせてスウィングドアが開かれた。何だか言い合いをしながら小柄な女性がぐいぐいと長身の男性を引っ張っている。
余りの騒がしさにまじまじとそのやり取りを見てしまった。キャラ付けなんだろうか。「~っす」なんて言う女の人、生(?)で初めて見た。
「だーかーら、引っ張んな! 自分で歩けるわ!」
「あ」
あ、男の人が手を振り払った。お互いかなりStrが高いんだろうか。女の人が引っ張ってた反動で、ぽーんと宙を飛んだ。
「え?」
ぽーんと飛んだ体は弧を描いて……え、ちょっと待って、これ、私に当た
「ふぎゅっ!?」
「きゃんっ!」
小柄な見た目とは違い安産型のお尻が私の顔にぶつかった。
「ぐふぅ」
ヒップアタックを受けた私はそのまま後ろへ倒れ、ガツンと後頭部を床へぶつけてしまう。
ぐは、目に星が散る。50%減でもかなり痛いな。
……うわぁ、こんなギャグ漫画でも見ないような攻撃でしっかりHPが減ってるし。
流石貧弱ステータス。HPバーの半分も持ってかれたよ。
「うわぁあああ!? アサヒ、テメー何やってんだぁああ!? 大丈夫ですか、NRシステムの人ぉぉおおお!?」
「ふぇ? ……わぁああ!? ごめんなさいっす! 今退くっす! 許してくださいっすー!」
「だ、だいじょぶ……」
顔に着地したアサヒという女性が私から離れる。視界いっぱいのお尻がなくなるとアサヒさんはアンツと呼ばれていた男性に首根っこを掴まれてぷらんぷらんしていた。猫の子みたいだ。
「すいません、うちのが迷惑かけて。立てます、か……」
アサヒさんを手放し、アンツさんは私を助け起こそうと手を伸ばしたところで硬直してしまった。横に立つアサヒさんも「ヒィッ!」と息を飲んで直立不動になってるし。
「ん? どうしたの」
「……あなた達、メグルちゃんに何をしているの」
ひぃいいいッ!?
左肘を支えに起き上がりかけた私の頭上から降った声の冷たさに出そうになった悲鳴を慌てて飲み込む。
まるで氷の地獄から聞こえてきたかのような声を出したキーユちゃんは、私の肩を掴み床に座らせてくれる。
キーユちゃんの顔は見えない。けれど恐ろしいことになっているだろうことは、真っ青な顔の二人と静まり返ったギルド内を見れば容易に想像がつく。
「も、申し訳ありませんでしたーッ! オラ、アサヒィッ! テメーも頭下げろやぁ!」
「す、すすすいませんっす! 『秘の鳥』様! お許しくださいっすー!」
土下座やめてー! やられる側の心にもダメージ来るんだから!
って、キーユちゃんも「私にじゃない、メグルちゃんに土下座」とか言わないで! 私望んでない! 土下座なんて望んでないよ!
「い、いいから! 事故なんだから土下座とかいらないよ!
謝罪は受け取った! だから立って!
キーユちゃんもほら! 威嚇しないの!」
「……わかった。二人とも、次はない」
「キーユちゃん!」
「ごめんなさい」
キーユちゃんは心配しすぎだと思う。
立ち上がるのを手伝ってくれながら、正座したままの二人にずっぷりと釘を刺したキーユちゃんへ再度注意。素直に謝ったキーユちゃんに、撫でる代わりに少しもたれかかった。キーユちゃんはしっかり腰を抱いて支えてくれる。
「あ、ありがとうございますぅぅううう! アサヒぃっ! テメーしっかり礼言えよ、ゴルァッ!」
「命拾いしました! ありがとうっす! NRシステムのおねーさん! いや、白のおねーさん!」
「だから土下座やめてってばぁ!」
さっきよりもガッツリとした土下座を受けて私も叫んだ。
あ、私の言うことを聞いてくれない二人にキーユちゃんがまたキレそう。
あーもー、誰かどうにかして!
その祈りが届いたのか、またスウィングドアが大きな音をさせて開いた。
そろそろドアの耐久力が心配になる中、芝居がかった若い女性の声がギルドに響く。
「その諍いちょっと待ったぁ! いいかい、争いからは何も生まれない! そこの初心者くん! 不毛なことは止めるんだッ!」
女性の姿はよく見えない。背後に立った女騎士みたいな人が光球を出して逆光を作っていたからだ。
私をズビシと指さした女性の鎧が光球でキンキラキンキラ光って、端的に言って目がうるさい。
あと私を名指しなのはどういうことなの。
「いや、私が土下座させてるわけじゃな」
「言い訳はあとで聞こう! まずは『パパラチ屋』の二人を立たせてからだ! お互いの言い分を存分に吐き出し腹を割って話してこそ、そこから真の和解と言うものがぁッ!」
「え?」
ガシャガシャと鎧をうるさく響かせながら早足でこちらへ向かってきた女性は、芝居がかった動作で何たら歌劇団の男役のような声を出している。しかし、それに夢中になりすぎたのか、五歩目辺りで自分の足に引っかかって空を飛んだ。
アサヒさんより低空を飛ぶ白銀の鎧は、正座したままの二人を飛び越え真っ直ぐ私へ、えっ!?
「むぐっ!?」
「あだっ!」
女性は私の胸に顔を埋めて軟着地。重力に愛された私は再度床へごっつんこを決めた。
って、HPバーがみるみる内に消えてる!
「むぅ、柔らかいクッションがあって助か……これは!」
ぎゃあああ! 胸掴むなぁ!
あ、バーが砕け、た。
起き上がった白銀鎧の女性に胸を掴まれた私は、叫ぶ時間もなく、タイムオーバーでまだ訪れたことのない教会へ死に戻る。
ハコニワ時間で開始一時間以内、しかも街中での死は最短記録だったらしく、この事件は『天国に一番近いおねーさん』と長い間語り継がれることになる。
こうして、夢人・メグルとなった私の初死因は、同じネタからのフライングボディプレスwithラッキースケベとなったのであった。
Lukさん、仕事して!
プレイヤーネーム《メグル》
《NRシステム利用中》
種族:夢人・無
所持金:900ルピス
SP:0
ジョブ1《調教師》
所持スキル一覧
《調教Lv.1》《識別Lv.1》《意志疎通Lv.1》
空枠:7
ジョブ2《商人》
所持スキル
《契約Lv.1》《道具製作Lv.1》
空枠:3
《ステータス》
Str:1[3]
Vit:1[10](7+3)
Agi:1[2](1+1)
Int:1[10]
Min:1[10]
Dex:1[3]
Luk:2[15](10+5)
※デスペナルティ発生:ステータスが九割減になります!
(小数点以下切り捨て、ステータスは1より下がりません)
称号一覧
《αの祈り》
装備品一覧
頭《》
上体《夢人のシャツ・白》
下肢《夢人のズボン・白》
靴《夢人の靴・白》
装飾品一覧
《補助装具・NRS腕用・白》
《補助装具・NRS足用・白》
《杖・前腕固定型・白》
《痛覚50%減少のチョーカー・白》
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