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2/12

巡「誰も成しえなかった一万五千一人目に、なってやろうじゃないか」

時間のある限りストックを吐き出したいと思います。

まだゲームは始まりません。

 一人になったベッドの中、“神々の箱庭”の製品情報を見直す。

 オープニングデモは何度見てもリアルだ。これで五感も100%に近いレベルで再現されるって言うんだから、確かにこの集団は変態の集まりだ。

 内容自体はそこまで突出していない気がする。ゲームはパズルくらいしかやらないが、コマーシャルで見たいくつかのオンラインRPGとの差が分からなかった。


 神々が人の営みを観察する為に作られた実験場がこの世界“神々の箱庭”

 プレイヤーは『夢人(ゆめびと)』と言われ、この世界の文明を刺激する為に神々によって投入されたカンフル剤らしい。

 文明的にはゲームらしい剣と魔法の世界。エリアによっては科学と魔法の混ざったスチームパンクっぽくなるみたいだ。

 大筋のストーリーとかは特にないらしい。いくつかあるエリアはプレイヤーごとにボスを倒しながら解放していく。

 クエストはギルドに入れば職業ごとに受注可能。他にはNPCと仲良くなれば依頼や相談事をされることがあるようだ。


 へぇ、キャラクター作製時は種族変更不可なんだ。羽根のある種族になって空を飛んだりしてみたかったんだけど。

 ふむふむ、代わりにキャラ作製ではジョブが二つ選べると。選んだジョブによって後々にある種族変更イベントで選択出来る種族も変わるのか。


 それで、ジョブは……多っ。選ぶの大変そうだな。

 あ、攻略サイトとかないのかな。ちょっと探してみよう。

『“神々の箱庭” ジョブ おすすめ』っと……わぁ、見事に戦闘系ばっか選ばれてる……私がやれるとは思えない。

 神経回路が修復しないとまともに動けないのもあるけど、斬られたり燃やされたりなんて絶対痛いもんね。

 そんなこと、モンスターにもあんまりしたくないなぁ。凄いAI積んでるんだから、話し合いで道を通してくれたりしないかなぁ、なんて。


 んー、生産も右手が動くようになるまでまともに出来なそうだし……初期にずっと失敗ばっかは、しんどいよな。

 おとうさんが楽しみにしてたゲームなんだから、思いっ切り楽しみたいし。


 あ、この“調教師”っての良いんじゃないか。

 テイムが成功するとモンスターのAIがNPC並みになるのか。同じ種類でも個体ごとに性格が変わるって、特別感が凄く良いね。

 テイム方法は……戦闘かぁ。

 それこそ、頼んだらテイムされてくんないかな。三食昼寝付き、有給ありの週休二日制にすればかなり良い条件だと思うけど。

 裏技がないか探してみよう。


『“神々の箱庭” 調教師 テイム』


 お、掲示板? なになに……




『【うちの子】テイムモンスを語ろう34【一番】』

『モンスター生息エリア情報17』

『【モン娘】最強布陣を語れ22【スライム】』

『【いい意味でも】調教師で有名な人6【悪い意味でも】』


 .........

 ......

 ...



 文字の洪水のようにたくさんのスレッドタイトルが現れる。

 その中の比較的下部にあったタイトルが、私の心を捉えた。




『【役立たず】廃棄モンスター愚痴スレ12【お払い箱】』




 どくん、と。

 大きく心臓が、跳ねた。


「見るな」と、自分の中の何かが警告する。

 別の何かが、吸い寄せられるように、スレッドを開く。


「は……っ」


 ぎゅうっと、押さえられない心臓の代わりにシャツを掴む。

 文字の羅列が目に見えない暴力となり、私の何かを叩いていく。




『クソ運営タヒね、何だよあの無意味なAI。何であんなの存在してんの』

『つかえねー、戦闘拒否だと。即廃棄で経験値にしてやったわ』

『おつおつw汚物は消毒が常識w』

『モンスに20金拒否搭載とかなんなのクソ運営ヴァカなの?役立たずなんだから性処理くらいさせろ』

『マジおまえ等ゲスの極み。廃棄しただけの俺ぐう聖人』

『おまえの廃棄モンスもどうせ今頃野垂れ死んでるって』

『プレイヤーにぬっコロかな、それともモンス共食いか』

『さっき住人に襲われて泣き叫んでたラミアもしかしてお前の?』

『うはwモン娘廃棄とかwwwばっかwww』

『命令きかないなら乳と×××ついてたっていらないだろ』

『ド正論w確かに必要ないわw』

『さっきから草生やしてる奴うぜぇ』




「……っ!」


 左手を思い切り振り抜き、光パネルを叩き消した。

 走ったように鼓動がうるさい。息がうまく吸えない。

 怒りが頭の中を、不快がみぞおちを、出口を探すように走り回る。


『役立たず』『必要ない』『欠陥品』『お払い箱』『いらない』『不良品』『使えない』


『何でお前なんか生まれてきたんだ?』


 男と女と女の声。耳を塞ぐ。

 押さえられない右耳から入り込む声が目の奥を熱くさせる。


 だめだ。呑まれるな。思い出せ。おとうさんの声。

 こんなくだらない言葉じゃない。自分を必要だと言ってくれた人の言葉を。




『巡。お前は僕に必要な存在だ。

 お前が笑ってくれるだけで、僕は幸せになれる。僕の生まれてきた意味になる。

 涙を見れば、お前を守る為に闘志が湧き立つ。僕の存在する価値になる。

 巡の表情、行動の一つ一つが、僕の世界を色づける全てなんだ。


 ほら、ゆっくり息を吐いて。熱くてどろどろした、嫌なものは全部吐き出してしまおう。

 苦しいくらいまで吐いたら、体は生きる為に自然と空気を吸うだろう?

 その時にね、ひんやりした、きれいなものを選ぶように軽く吸ってみなさい。


 そうすると、ほんの少し、自分が変われたようにならないかい?』




 ゆっくり、息を吐く。淀んだものを外へ出すように。

 縮む肺から、熱いものが肩胛骨辺りを抜けていく。

 きれいな空気を選ぶように、ゆるく鼻から吸う。


 何回か呼吸を繰り返す。目を閉じて呼吸の音だけに耳を集中させる。

 目を開くと、頭とみぞおちをぐるぐるしていたものが大分減っていた。


「……あー、久しぶりだなぁ」


 頭を整理する為に、声を出す。誰もいない時で良かった。

 雪華さんと六華ちゃんをこれ以上心配させたくない。


「何なんだ、この廃棄って……良い言葉じゃないのは分かるけど」


 もう一回、呼吸を整えてから検索する。

 不意打ちじゃなければ、きっと大丈夫。


“神々の箱庭”の用語やスラングがまとまったサイトがヒットする。

 そこに書いてあった内容は、AIが良すぎるが故の弊害だった。




 廃棄モンスターとは、高度なAIを積んだが故に起きた、“神々の箱庭”での悲劇のこと。

 運営はテイムモンスターがマスターへ自律サポートが出来るように、テイム後にNPCと同じレベルのAIが発動するようにした。

 それ故に起こったのがある一定のテイムモンスター達の戦闘拒否だ。NPCレベルのAIだから性格は千差万別になり、口うるさかったり怖がりだったりとマイナスな性格になるモンスターもいた。ネガティブな性格でなくとも、人間味溢れたモンスター達はマスターとどうしたって馬が合わない、なんて子もいたらしい。

 マスターの気に入らないモンスターはどうなったか。

 ゲームにまで、人間関係のストレスを抱えたくないのは分かる。


 テイム解放。


 これが、“神々の箱庭”プレイヤーの間で“廃棄”と呼ばれている行為だ。

 何故か。それは解放されてしまえば、残るのは悲惨な末路だけだから。


 テイムされたモンスターは、MOBへと戻れない。高度なAIを積んだままの廃棄モンスターはMOBには敵と認識されてしまうのだ。

 モンスターが故にNPCとプレイヤーには追い立てられ、テイムされたが故に同じMOBからは敵と認識される。

 人と同じだけの知能を持つ者が、目に付く者全てに命を狙われる恐怖と孤独。

 それを『廃棄』以外になんと言うのか。


 運営は状況の改善をしなかった。いや、出来なかった。

 テイムモンスターの自律AIは上手く噛み合えば最高の結果を出してくれた。今更、それを取り上げられることに反対のプレイヤーは多かったようだ。

 運営は解放後の自律AIからMOBへの切り替えも考慮したらしい。だが、それは結局の所AIの削除なのだから死亡と違わないのでは、と考えた運営は解放後の一縷の望みにかけた。

 直接明記や発言がなされた訳ではないが、廃棄の状況を憂えたプレイヤーがGMコールした結果、運営はプレイヤー達が解決することを願っていると分かったようだ。


 だが、運営の望みは第三陣がプレイし始めても叶うことはなかった。テイム上限数がそれを邪魔した。

 一万五千人近くの夢人達は、廃棄された全てを救うことは出来なかった。




「身につまされるなぁ」


 ざっと読み終えて、ぽつんと言葉が漏れる。

 子供が親を選べないように、廃棄された子達はマスターを選べなかった。

 誰にも手を差し伸べられない孤独。気を抜くと痛みと隣り合わせの恐怖。

 価値がなくなり、いらないと捨てられる衝撃。


 会ったこともないデータ上の存在に、私の心が共鳴する。


 彼らは知らずに消えていくのか。誰かに必要とされる喜びを。笑えば微笑み返され、泣けば悲しそうに眉を下げてくれる人のいる幸せを。

 大好きだよと囁かれ、抱き締められる暖かさを。

 教えてくれる存在は、いないのか。


「だめだ。だめだよ、そんなの」


 そんなの、辛いじゃないか。悲しいじゃないか。

 私をあそこから助けて、全部を教えてくれたおとうさんが楽しみにしてたゲームだってのに。

 そんなのあんまりじゃないか。


 一万五千人の夢人は、救えなかった。

 それじゃあ、一万五千一人目は?




『出来る出来ないを言う前に、やるかやらないか言ってみなさい。

 巡、お前はどうしたい?』




 記憶の中のおとうさんに問いかけられる。

 答えなんて、廃棄モンスターの存在を知った時に決まっていた。


「やろう」


 見捨てられた、必要とされないモンスターを救う。

 リハビリのついでにしては、随分と重たい目的。「ゲームに本気になってどうするの?」と、世間様には笑われてしまうだろう。


 だけどゲームだからこそ、夢見たっていいんじゃないか?

 理想に本気になったって、おかしくないんじゃないか?


 翼を生やして空を飛んだり、魔王からお姫様を救ったり。

 現実であり得ないことを起こせるのが、ゲームの醍醐味なんだからさ。

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