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巡「いい加減、ゲームをしなさいという珍しい怒られ方をされた」

また新作を増やして申し訳ありません!

メインで進めている「私のMP3プレーヤーは異世界仕様」を書いている合間に、息抜きで書いていたものがそこそこたまったので放出します。

プロトタイプ版とは設定が違う所がございますのでご注意ください。

あと作者はMMO未経験なので、おかしな所があっても笑って頂ければと思います。

「巡、リハビリテーション用のゲームは決まったの?」


 夕飯の時に同居人の雪華(ゆきか)さんに尋ねられる。

 不意の質問に、味噌汁が変なところに入りそうになった。


「……面白そうなのがなくて」

「見つけてないのね」


 目をそらし答えると、雪華さんは半分ほど食べ終えた茶碗を置いて悩ましげなため息を吐く。眼鏡の奥の瞳が軽く伏せられて非常に色っぽい。剥き出しのデコルテをなぞるウェーブがかった黒髪もマーベラス。

 ……と、戻った視線の先に気付いた雪華さんの眉間にくっきり皺が寄った。

 これはまずい。


「巡」

「はい」


 スプーンを置いて居住まいを正す。八つ上の雪華さんには心配をかけてばかりなので頭が一ミリも上がらないのだ。

 先ほどから傍観していた六華(りっか)ちゃんが不穏な空気を察し「ごちそうさま」と言葉を残して部屋へ去っていく。

 あ、置いてかないで。


「巡。話をしている時はちゃんとこっちを見なさい」

「はい」


 六華ちゃんにすがるような視線を送っていたら、優しい声で雪華さんにたしなめられる。

 うぅ、三十にもなってお説教の受け方で叱られるなんて。雪華さんの子供は六華ちゃんだけなのに、私まで彼女の子供になったみたいだ。


「お医者様に言われたわよね? 右手足は損傷が酷すぎて手術だと神経回路の修復が出来なかったって。病院でのリハビリだけじゃなくて、家でも神経(ニューロン)修復(リカバリー)システムの搭載されたゲームをやりましょうって」

「言われました」


 あの事故から二年近く経った。

 生死の境をさ迷った私は、雪華さんと六華ちゃん親子や色んな人のお陰でなんとか以前の状態近くまで立ち直れた。

 だけど右手足だけは以前のように動くことはなかった。神経回路が回復していないのも事実だけれど、本当の理由は分かっている。

 頭では前を向こうと思っても体と心がついていかないんだ。ゲームをする気力なんて湧きようもなかった。


「巡」

「本当に、やってみたいゲームがないんです。医者(せんせい)も、リハビリソフトだと続かないって言ってたし……やっぱりゲームは楽しんでこそだと、思うし」


 本心では医者はアニマルセラピーでも期待してるんじゃないかな。カタログにはそんなタイトルばかり載っていたし。


「……もう一回、カタログ見直してみます。

 それでもやっぱり興味が持てなかったら、医療用ソフトでリハビリします」

「分かったわ」


 雪華さんが一つため息。

 それきり会話はなくなった。私は気まずい中、ぎこちない動きで無心でスプーンを動かした。






 * * * * *






「やっぱり、みんないまいちだなぁ」


 ベッドで寝ながらカタログに目を通す。風呂上がり、タオルで拭いただけで済ませた髪もすっかり乾いている。

 宙に浮かぶ光パネルにずらっと並んだゲームのタイトルは、ペット育成とか農場経営とか、そう言うセラピーっぽいのしかない。

 しかも全部オフライン。メンタル面を考えて悪意に晒されない為だろうけど、何だか作業感が強く思えて食指がぴくりとも動かないな。


「ん? ……どうぞー」


 控えめなノックが鳴る。この音の感じは六華ちゃんかな。


「巡ちゃん、今大丈夫?」

「うん、だいじょ……ちょ!」


 顔を上げて一番、目に飛び込んできた六華ちゃんの格好に噴き出しそうになる。

 六華ちゃんは不思議そうにサラサラの黒髪を揺らして首を傾げてるけど……いや、むしろ何で平気なのかな!?


「巡ちゃん?」

「いやいやいや。りっちゃん何でシャツ一枚なの? 下履きなよ」

「……短パン、履いてるけど」


 六華ちゃんはふとももの半分近くを隠すダボダボのティーシャツをぴらりと持ち上げる。ちらっと見えた濃い青の短パンにほっとした。


「いやぁ、足出してると風邪引くよ?」

「別に寒くないよ」


 この家は空調が一定に保たれているから、確かに半袖短パンだろうと体調を崩すことはないだろうけど。今は二月の中頃だし、季節的なものを鑑みると非常に寒々しい。


「だめだよ。冷えに無頓着だと将来大変なことになるよ。今なんか貸すから」


 私がベッドから出る前に、六華ちゃんがそこに腰掛ける。

 六華ちゃんは動かない私の右手を握り、ベッドに寝転んだ。


「あの、りっちゃん?」

「あったかいから寝ながらお話でいい」

「クエスチョンマークなしなのね……」


 じぃっと、黒目がちの瞳に見つめられて私はベッドに寝転がった。

 六華ちゃんは右腕を抱くように体を密着させる。雪華さんには似なかったらしい慎ましやかなお胸が当たっている。


「ノーブラ、だと……」

「巡ちゃん、えっち」


 何これ理不尽。あててんのよしてるのは六華ちゃんじゃないか。


「巡ちゃんロリコンじゃないんでりっちゃんに欲情なんてしません」

「私、この前成人式したもん」


 うん、まあ、見たけど。振り袖可愛かったけど。

 オムツ着けてた頃から知ってるしなぁ。と、言いたかったが飲み込んだ。子供扱いされて、六華ちゃんが不機嫌になっていたから。


 お母さん似でお人形さんみたいな美人さんだからか、六華ちゃんってあんまり表情変わらないんだよなぁ。それが分かりやすく眉寄せてるから相当むかっ腹立ててるよなぁ。

 とりあえずなでて誤魔化した。猫みたいに目を細めてすぐに機嫌を直す六華ちゃん。超ちょろい。


「それで、りっちゃんのご用事は?」

「ん、これ」


 六華ちゃんが光パネルを操作する。カタログが閉じられ、すぐに一つのゲームがパネルに現れる。


「“神々の箱庭”? オンラインゲームだよね?」

「うん、MMORPG。プレイヤー同士交流出来る。これはVRMMOの中でも最高峰のAIを搭載してるからNPCの受け答えもリアル。値段も最高峰だけど。これも神経修復システムあるよ」

「うっわ、ほんと、うっわ、高っ」


 画面からピックアップした値段が有り得ない。三十世紀頃にはフルダイブ型VRゲームは、二十世紀の家庭用ゲーム機くらいまで落ち着いたって言うのに。

 これ、中古車くらいだったら、余裕で買えますけど。


「NPCのAIだけじゃなくてモンスターの思考ルーチンにもリアルを出そうと容量を割いてるから。容量がバカ高いし、成人指定(えっちなこと)も出来るからより五感を忠実に再現するのに有り得ないくらい固執してる。

 断言する。作った奴らは変態の集団」

「この子、言いにくいこと言い切ったよ」


 確かにデモ画面を見ると凄いリアリティだなぁ。現実には絶対いないだろう姿形のモンスターでさえ、自然保護区とか探せばどっかにいるんじゃないかと思わせるほどのクォリティー。

 な……乳揺れとか初めて見たぞ。この戦士のおねーさん凄いな。


「って、いった! りっちゃん、何でつねるの!?」

「おっきいことが素晴らしいと言う風潮に、一石を投じただけ」


 石投げたって言うかほっぺつねったんじゃん。

 あ、ごめん。黙るから睨まないで。


「オフラインで作業ゲーみたいに育成や経営するより楽しいと思う。戦闘は難しいかもしれないけど、生産ならリハビリにもなるよ。

 ……私もやってるから、違うエリアに行きたい時は連れてってあげる」

「え? こんな高いゲームやってるの?」


 ゲームをやってるのは知ってたけど、こんな高いのだとは。

 これ、ゲームデータの入った専用のカプセル型ハードの他に月額三千円の通信料がかかるんだぞ。どっから捻出したんだ。


「春彦がカプセルハード譲ってくれた。

 ゲーム、興味なかったけど……春彦が、『俺の代わりにやってくれ』って言ったから、やり始めたの」


 私の肩に額を押しつける六華ちゃんの表情は見えない。

 だけど、言い淀む六華ちゃんの私の腕を抱き締める力が強くなったのは、ほぼ消えている触覚でも辛うじて分かった。

 髪に触れる。ぴくんと六華ちゃんの体が揺れる。乾かしたばかりだろう髪は、まだ温かかった。


「大丈夫だから」


 促すように髪をなで続ける。顔を隠したまま話す六華ちゃんの声は、微かに震えていた。


「……順さんが、事故の前に頼んでたみたい。

 順さんと、春彦と、巡ちゃんで、遊ぼうと思ってたって。

 ゲームの開始日が順さんの一周忌前で、春彦は涙でカプセル壊しちゃいそうだからって、でもあんなに順さんが楽しみにしてたゲームだから代わりにやってくれって……巡ちゃんがリハビリで大変だった時に、遊んでてごめんなさい」


 叱られる前の子供みたいな声を出す六華ちゃんに、つい苦笑が漏れてしまう。びくっと体を震わせた六華ちゃんのつむじに、私は頬を押しつけた。


「何で謝るの。おとうさんが楽しみにしてたんなら、むしろ初日から遊んでくれてありがとうだよ。

 ……私こそ、心配かけてばっかでごめんね?」

「謝らないで」


 謝る私に、六華ちゃんは即座に言葉を被せる。勢い良く起き上がった彼女の顔に浮かぶのは、怒り。


「謝ることなんてない。だって悪いのは……。

 ううん……巡ちゃんは、悪くないんだから」


 言いたかっただろう言葉を私の為に飲み込んで、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 怒りの表情の中、瞳には悲しみが浮かんでいる。


 六華ちゃんがベッドから抜け出す。彼女が離れた分、空気が冷えたような気がした。


「少し考えてみて」

「分かったよ、ありがとうね」


 ベッドに寝転がったまま、私は六華ちゃんの背中を見送った。

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