一歩前進
「ふわぁ……」
「あら? 今日は変身してるのね」
実験の結果、深夜の二時に変身を試みたところちゃんと変身することはできた。つまり、クールタイムは十時間以内というのは確実だろう。
そして、次に着替えだ。
変身すると自動的に学校の制服に似たものへと変わるようだが、これは脱げるのか? その疑問を晴らすため、服を脱ごうと試みたところ……普通に脱げた。
更に言えば、他の服も着ることができた。
どうやら、この変身能力は女体化して、身体能力が上がる以外は、普通のようだ。着替えもできるし、睡眠も取れる。
次の実験は、変身後のまま違う服を着て、その後また変身した場合、あの制服になるのか。まさか、脱いだ制服も一緒になくなるのか? その疑問を晴らすため、今日もまた授業が終わったらすぐ自宅に帰ってこなければならない。
「まあね。この変身についても、自分なりに色々と調べておきたいから」
「おー、これは変身した姿か。生で見ると、本当に女の子なんだな」
などと言って、顔から足まで舐めるように観察する鉄弥に、遊は遠ざけるため手を顔を鷲掴みにする。
「じろじろ見ない」
「いたた!? い、意外と力強い……!」
「あらあら、小さな手だから色々と食い込んでるわねぇ」
これでも加減をしているが、まだまだ。今度は、力の調整も視野に入れなければならないようだ。遊は、今日もこんもりと盛られた白米を口に入れる。
そして、温かな湯気が立っている味噌汁で流し込んだ。
「陽子ぉ! 顔に痣ができたぞぉ!!」
「はいはい。それぐらいだったら、すぐに治りますよ。特製味噌汁を飲んで、会社に行きましょうねぇ」
「はーい!」
いったいこの二人は何をしているのだろうか。いつもの光景だが、遊が能力者へと覚醒してからは、更にテンションが上がっている。
騒がしいのは嫌いではない遊だが、朝ぐらい静かに過ごしたいものだと一人黙々と朝食を平らげ、食器を片付け、リビングから出て行く。
(食欲も変身後のほうがすごいな……昨日の朝と比べると、今日の朝のほうが食べれてたな)
昨日の朝は、変身前。どんぶりは、無理だったのに、変身後の今日の朝はどんぶりを余裕で食べれた。それなのに、まだまだ食べれそうだ。
昨日の昼食もそうだったが、どうも変身後は食欲旺盛になるようだ。
「今日も少し早いけど、家を出ようかな」
まだまだ考える暇は欲しい。そのために、早朝の静かな雰囲気の中で、思考を繰り返したい。自室へと向かい鞄を取り、家から出て行く遊。
少し太陽の日差しが強いか? まだ四月の初めだというのに……と、空を見上げていたところ。
「あっ」
「あっ」
これは偶然か? それとも必然か? 遊が自宅を出たと同時に、水華も自宅から出てきた。二人は、どうしたらいいかと見詰めあったまま硬直する。
が、その硬直を破ったのは、水華だった。
「お、おはよう遊くん」
変わらない。いつもと変わらないかのように、接してくれる。それは、十数年前から全然変わらない。無能力者だったとしても、能力者になったとしても。
変わらず遊を、気にかけてくれていた。
『意気地なし!!』
火美乃の言葉が、再生される。
そうだ。
自分は意気地なしだったんだ。ずっと心配をかけてくれた彼女を遠ざけ、距離を縮めようともしなかった。無能力者だから、他の人と違うから、近くに居たら彼女も傷つくからと。
(だから、僕は変わらなくちゃ……彼女と)
しばらくの沈黙の後、遊は水華へと近づいていき、そして。
「おはよう、水華」
すれ違い様に、ぼそっと呟く。それは、小さな一歩だった。それでも、遊にとっては、水華にとっては大きな一歩と言える。
遊の返事を聞いた水華は、嬉しそうな表情で遠ざかっていく遊の背中を見詰め、走り出す。
「……」
「……」
まだ硬いところがあるが、一緒に歩けている。これからも一歩一歩、これまで遠ざけていた距離を縮めていこう。
・・・・・
「ぷはあぁ……! い、息苦しかった……!」
「頑張った、頑張った! よーしよし!!」
水華と登校した後、遊はすぐ分かれ、屋上へ。そこには、すでに火美乃が居て、呼吸を乱している遊の背中を摩ってやっていた。
「ずっと、見てたけど。ナイスファイト!!」
「み、見てたんだやっぱり」
視線は感じていたが、ずっと見守ってくれていたようだ。だから、一歩前に出れたのだろうか? いや、それだけじゃない。
ずっと、水華と仲良くなりたいと思っていたから、前に出れたんだ。それでも、まだまだ距離は縮まらない。勇気が足りない。その証拠に、水華と一緒に歩いている時、息苦しかった。周りの視線が、いつも以上に集まっていたこともあっただろうが、それ以上に頭の中で、次にどう水華と接すればいいのかとぐるぐるぐるぐると思考していた。
それが今、屋上に辿り着いた瞬間に解放された。
「あぁ……これも長年ぼっちをやってた弊害なんだね」
「どうだろうねぇ。そもそも、遊って本当にぼっちだったの?」
いつの間にか呼び捨てになっているが、今はそんなことはどうでもいい。
「ぼっちだよ……だって、今まで同世代の友達は一人もいなかったんだからさ」
「同世代はってことは、同世代じゃない友達は居たの?」
「いないよ……居たとしても、親だけ」
そんな人が居たのなら、あんな苦しい思いをすることもなかった。本当に、今まで仲良くしてくれたのは両親だけ。
そして、見捨てないで居てくれた水華。
「そうなんだぁ。でもまあ、今後は友達百人できるっすよ!! 男でも女でも!! まあでもでも、まずは水華と本当の友達にならなくちゃねぇ」
仰向けになり、遊は考える。
これまでのこと、これからのことを。今のところは、大きな変化は無い。能力を調べてくれているはずの紗江からも連絡がない。
どうやら、ネットでは色々と噂になっているようだが、なぜニュースで流れない? まだ何もわからないからあえてニュースにしないのか?
「なーに考えてるの?」
大分回復したところで、火美乃が顔を覗いてくる。
「無能力者の時より、騒がれないなぁって」
「およ? 遊ってば、そんなに注目して欲しい目立ちたがりやさんだったのかにゃ?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
そういうことじゃない。ただ、気になってしょうがないだけだ。世間の目から、今の自分はどう見えているのかと。
「まあまあ、人生は長いのじゃ。気ままにやっていこうぜよ」
「火美乃は、気まま過ぎない? 特に言葉遣いとか」
「あはははー、だって、悩んでても息苦しいだけじゃん? あたしって、生まれてから今まで真面目に悩んだことがないのにゃ!!」
「それは、すごいね」
それに比べて、遊は悩んでばかり。悩まなくちゃならない人生だった。自分は、無能力者だから。他の人とは違うから……どうやって生きていこうかと。
だが、もうそんな悩みからは解放された。
(その代わり、この変な能力とどう向き合うか。そして、どうやって)
水華との距離を詰めるか……結局、悩みから解放されても別の悩みが降りかかる。
「うむ。悩んでこその人生じゃよ、少年」
「だから、心を読んだかのような発言やめて」
「えへへ、すごいっしょ?」
確かにすごいが、本当に心を読まれているんじゃないかといつも気が抜けない。
「あっ! そろそろ時間だよ。ほらほら、教室に戻るぞよ!!」
「うん、わかったよ」
と、差し出された手を取った。