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勇気が足りない

 結果から言えば、遊は水華との対話に失敗した。火美乃に連れられ、水華のところへ行ったのはいいが、長年水華を遠ざけてきたので、すぐに仲直りができなかった。

 言葉が出てこない。

 水華の目が見れない。

 徐々に体温が上がり、頭の中がぐるぐると色んな感情と言葉が入り交ざり、逃げ出してしまった。それからは、いつも通りだ。

 水華から離れ、授業の全てが終わってから、真っ直ぐ家に帰った。帰宅後は、すぐに変身を解こうと意識したところ、簡単に元に戻れた。


 念のため、変身を解いた時間を覚えておく。それは、どれだけのクールタイムが必要なのか。それを確かめるためだ。

 遊の予想では、変身を解いてから少なくとも十時間はクールタイムが必要だと考えている。変身を解いたのは、十六時五分頃。ここから十時間経つと深夜の二時。その考えが正しいのならば、試しに深夜の二時まで起きていよう。あまり、夜更かしをしたことはなかったが今回は特別だ。


「……あー」


 ベッドに寝転がり、自分の携帯電話の電話帳を見詰める。そこには、新たに登録された名前。国枝火美乃という文字が表示されている。

 あれから、すぐに火美乃が半ば無理やりに交換させたのだ。しかし、遊は嬉しかった。電話帳を改めて確認するが、登録されているのは父親と母親と家の名前。ご覧の通り、三つしか登録されていない寂しい電話帳なのである。そこに、新しい名前が登録されている。

 ぼっち特有の感情なのか……自然と笑みが零れる。


「うわっ!?」


 ずっと見詰めていたところ、電話を受信する。突然のことだったので、電話を落としそうになるが、なんとかキャッチし画面を確認する。

 そこには、国枝火美乃と表示されていた。部屋中にアップテンポな音楽が響く中、通話ボタンを押せばいいだけなのに、中々押せない。十数秒ほど思考した後、決心し通話ボタンを押す。すると、画面から半透明の光が放出され、火美乃の形を模った。


『やほやほー! やっと、とって出てくれたね遊ちゃ……あれ? 元に戻ってる?』


 これは、世界改変と共に技術が進化して、開発された未来型映像電話。普通の声だけの電話ももちろんできるが、火美乃は今回こちらのほうを選択したようだ。まるで、そこに本人が居るかのように話ができる画期的な技術だ。


「もう電話かけてきちゃったんだ」

『もちろん! だって、あの後から水華が、遊くんどうしちゃったの? どうしちゃったの? って遊くんのこと心配しちゃってさぁ』

 

 やはりそうなっていたかと頭を掻く。

 

「水華、今どうしてる?」

『今は、もう家に帰っちゃったよ? 家が隣なら、確かめてみたらいいじゃん』

「うっ……で、でもなぁ」


 部屋の窓から見えるのは、水華の部屋。いつもカーテンが閉まっていて、こっちからもあっちからも見えないようになっている開かずのカーテンを見詰めて、頭を悩ませる。


『そんな悩む必要ないじゃーん。家が隣で、窓からすぐ幼馴染の部屋! まるでラブコメ漫画の主人公みたい! しかも、その幼馴染はお世話好きな美少女~』


 その場で、くるくると回って遊を指差す。


『さあ、行くのじゃ! 少年! いざ! 開かずのカーテンを開く時~!』

「……」


 ごくりと喉を鳴らし、火美乃が見詰めている中、カーテンに手を伸ばすが。


「……くっ!?」

『無理かー!! 君には勇気が足りないのじゃ!!』

「そ、そんなこと言われても、十年近くも水華を拒絶してたんだ……簡単に、切り替えられないっていうか」


 うじうじしていると、痺れを切らした火美乃は遊へと言葉攻めを始めた。


『意気地なし!!』

「ご、ごめん!」

男女おとこおんな!!』

「ごめん!! ……ん?」

『金髪ロリ巨乳!!』

「……」

『水華も絶対今の遊くんの美少女っぷりに嫉妬してるよー!! あたしもだけど!!』

「……なんかごめん」


 どう反応していいかわからず、とりあえず謝罪をする遊だったが、後に考え、謝る必要はなかったと思うのであった。



・・・・・



「……今日の遊くん、なにを言おうとしてたんだろう」


 水華は、自宅の玄関先で、立ち止まっていた。その理由は、今日学校で幼馴染の遊が、自分に何かを言おうとしていた内容についてだ。

 嬉しかった。

 遊のほうから、声をかけてくれたのは何年ぶりだろうかと、内心喜んでいた。どうやら、火美乃が後押ししてくれたようだが、それでも遊は何も言わず自分の前から逃げて行った。


「水華? 何してるの、玄関で」

「お、お母さん。……な、なんでもないよ」


 ずっと玄関先で考え込んでいると、買い物帰りの母親である原田はらだ夏子なつこが話しかけてきた。まるで水華がそのまま大人に成長したような美人っぷり。

 

「ほら、早く入りましょう」


 両手一杯の買い物袋を持ったままドアを開けて、水華を導く。


「うん。あっ、今日のお夕飯はなに?」

「今日は、水華が好きなミートソーススパゲティよ」

「やった。それじゃ、早く着替えて手伝うね」

「ええ、待ってるわよ」


 気持ちを切り替え、水華は二階へと上がっていく。自室に入り、バックを置いて上着のボタンを外していく。そして、ネクタイを外したところで、窓に視線が行く。

 その先あるのは、幼馴染の家である二色家だ。

 

「今日も、閉まってる」


 隣の窓がある部屋は、遊の部屋。もう十年以上もカーテンが閉まっている。今日は、話しかけてくれたからもしかしたら開いているかもと思っていたが、いつもと変わらない。

 少し、落ち込んだ様子で水華は着替えを再開する。


「わひゃっ!?」


 が、それはすぐ電話の着信音で止まった。シャツの上ボタンを外した状態で、携帯電話を確認する。


「火美乃ちゃん?」


 高校に入学してから、すぐ友達になった火美乃からだった。どうやら、メールのようだが、いったいどんな用事だろう? ベッドに座り込み携帯電話を操作し、メールの内容を確認する。


「……」


 笑みが零れた。

 その内容は、遊のことについてだ。予想はしていたが、案の定お節介を焼いてくれているようだ。


〈やほほー! 元気にしてる? 水華。実はさ、遊くんが、意気地なしなのだ! 本当は、水華と仲直りしたいのに、封印されしカーテンを開けようともしないの! どう思う? あたしは、思いっきり罵倒しちゃったよ!! いえーい!!〉

「もう、火美乃ちゃんったら……でも」


 たたた、たと返事を入力し、すぐ返信した。


「ありがとう、火美乃ちゃん」

「水華ー? 着替えまだ終わらないのー?」

「あっ、ごめん! お母さん!! 今行くねー!」


 別に嫌われているわけじゃない。それだけがわかっただけで、水華は元気になる。ぱぱっと着替え、夏子の手伝いをすべく、自室から出て行った。

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