友達ができました
「……結局いつもと変わらないなぁ」
学校に来たのはいいが、無能力者の時と変わらない。ただ普通に授業を受け、時間が過ぎ、昼時になれば一人で弁当を広げて、静かな時を過ごしている。
今回は、教室ではなく、屋上で食べている。それも、貯水タンクがある場所で。所謂、学校で一番高い場所だ。ちなみに、この学校には食堂もあるため、ほとんどの生徒達は食堂で食事をしている。外や教室で食べているのは、少数なため静かなものだ。
「色んな視線は感じるようになったけど、それ以外はいつも通り。やっぱり、自分から話しかけないと変わらないのかな……」
今までは、無能力者ゆえに、異質な存在だと思われていたため、友達ができなかった。だが、今は皆と同じ能力者だ。昔とは違う。
とはいえ、そううまくいくわけもなく。話しかけようにも、どうやって、何を話せばいいのかわからない。これが、長年一人で過ごしてきた弊害だとでもいうのか……。
「あむ」
ため息を漏らし、遊は玉子焼きを食べる。っと、誰かが屋上へとやってきた。いったい誰だろう?
「こっちかにゃ!」
「わっ!?」
梯子を使わず、ジャンプで遊のところへとやってきたのは、赤髪の少女。見覚えがある。彼女は、自分と同じクラスで、水華の友達。
名前は……。
「やほー、火美乃ちゃんだよ! よろしくなのだー」
「えっと」
突然、正面に座り、自己紹介を始める火美乃に呆気にとられる遊だったが、一度、弁当箱と箸を置いた。
「く、国枝さん。何をしに?」
「のん! のん! 国枝さんなんて、かたいよー。火美乃って呼んで!! あたしも、遊くんって……あっ、今は遊ちゃんか。まあ、名前で呼ぶから!! あっ! 玉子焼きおいしそう! あたしのタコさんウィンナーと交換しようぜ!!」
「い、いいけど」
「わーい!! はむはむ!!」
何なのだろうか? 遊は、いきなり現れ、弁当を広げ、おかずを交換する押し押しな少女に呆気にとられてばかりだ。
そういえば、彼女は二日前に遊に話しかけようとしていた。しかし、それは敵わず、昨日も話しかけてくることはなかった。もしかしたら、昨日は変わってしまった遊を改めて観察していた? そして、その観察が終わり、今日行動に入った。
「ねえねえ、遊ちゃんはさ。どうして、女の子になっちゃったの?」
「し、知らないよ。ただ、能力だからとしか答えられないかな」
「へぇ、男の子から女の子になるのって大変だよねぇ。色々と勝手が違うでしょ? あっ、飲み物忘れちゃった!?」
「……はい、二本あるから」
と、自動販売機で買っていたパックの牛乳を一つ渡す。
「ありがとうー!!」
自由気ままで、天真爛漫。まるで、恐れを知らないかのような振る舞いだ。それが彼女の持ち味なのだろうが、まさかこうもぐいぐい来るとは思ってもいなかった。
「んぐ! んぐ!! ぷはー!! やっぱりお乳牛だね!!」
「それだと、牛本体になっちゃうんだけど」
「おー、そういえばそうだったねー。ところでさ!!」
「わっ!?」
この子は、本当に唐突だ。まるで、何かに弾かれたかのように、首をこちらへと向けてくる。
「遊ちゃんって」
なんだ? いったい何を聞かれるんだ? と身構える。
むにゅん。
突然、胸を鷲掴みにされてしまった。
「何カップなの?」
「……知らないよ」
「わはー! お、大きい……ぐぬぬ、同い年で、同じ女の子なのに、負けた気分……あたしも、大きいほうだと思うんだけどなぁ」
自分の胸を揉みながら眉を顰める。とても悔しそうにしているが、すぐに手を離してまあいいか! と気持ちを切り替えた。
「いやぁ、ずっと気になっててさぁ」
「そ、そんなことを?」
「そんなことじゃないよ! 女の子にとっては、重要なこと! なのだよ、遊ちゃん様!」
「遊ちゃん、様?」
やばい。このテンションは、初めてだ。母親の陽子や父親の鉄弥もかなりテンションが高いほうだが、彼女は別格だ。ただテンションが高いだけならば、まだ対処のしようがあるが、切り替えの早さ、言葉に変則性があって、どんなものが来るのかと構えてしまう遊。
水華は、こんな少女と仲良くなったのか? もしかしすると、水華は思っていたよりかなりすごいのかもしれない。能力的な意味ではなく、人間性という意味で。
「そうだ!!」
「こ、今度はなに?」
「遊ちゃんは、水華とちっちゃな頃からの付き合いなんだよね?」
「まあ……そうだね」
「あたしは、高校からの付き合いなんだけど、まだどんな子なのかわからないんだよねぇ。何度も話しても、遊くんがー、遊くんがーって。なんて愛されキャラなんだ!!」
やはり水華は、あれだけ貶されて、突き放されても、遊の心配をしている。なんで、そこまで心配してくれるのか。
幼馴染だから? 隣同士だから? それとももっと別の……。
「別に、僕は愛されていいキャラじゃないよ。あの時の僕は、無能力者だったから」
「だから、突き放してたの?」
「知ってたんだ」
水華から直接聞いたのだろうか。
「うん、実はね。君が、水華を突き放す現場を偶然見ちゃってさ」
空を見上げながら、火美乃は呟く。あの時のことだ。入学式の日に、一緒に学校へ行こうと誘った水華を乱暴な言葉で突き放した。
あそこに、火美乃が居たようだ。
見られちゃっていたか……と、頬を掻きながら遊は一度牛乳で喉を潤す。
「ああやって、水華が皆から避けられないように悪役に徹してたんでしょ?」
「別にそういうわけじゃ」
「下手な嘘は効かないし、聞かないよー。水華だって、気づいてたよ? 遊ちゃんが、無理に悪ぶって自分を遠ざけようにしてるーって」
わかっていたことだ。あんな下手な悪さで、水華が遠ざかるわけがないと。その証拠に次の日になったら、すぐまたお節介を焼きにきたのだから。
わかっていて、知らないようなふりをしていた。
わかっていても、自分にはどうしようもない。変えることが無いことだったから……。
「水華は」
「んー?」
「水華は、なんであそこまで僕のことを心配してくれるんだろう……」
「そりゃー、遊ちゃんのことが純粋に心配だからじゃないのかにゃ? あたしが、遊ちゃんの幼馴染だったら、そうしてたよ?」
「火美乃も? ど、どうして」
未だに、どうしてなのか理解していない遊に、火美乃は笑顔で答える。
「当然じゃん。困っている人が居たら、悲しそうにしている人が居たら……助けるのは当たり前なのだー!!」
ぴょんっと立ち上がり、元気に叫ぶ火美乃の姿に、遊は自然を笑みが零れた。
「ねえ、遊くん!!」
「今度はなに?」
満面の笑顔のまま、火美乃は遊の両手をぎゅっと握り締める。
「友達になろうぞ!! あたし達!!」
「友達に?」
「そうそう!! だって、遊くんってぶっちゃけ、友達いないでしょ?」
「うぐっ!? け、結構ぐさっと来ること面と向かって言うね、君」
気が利く子だと思っていたが、案外抜けていることがあるようだ。これは、付き合っていくのは大変そうだ。
そう、付き合っていくのは……遊は、火美乃が伸ばした手を見詰め、ゆっくりと握り締める。
「えっと、改めてよろしく。ぼっちだから色々と迷惑かけるかもだけど」
「なんくるないさー」
「なんで沖縄弁?」
「それに、あたしだけじゃなくて水華も居るでしょ? 友達いないって言ったけどさ」
今後は、彼女ともちゃんと向き合わなければならない。今までの非礼をなかったことにはできないが、ちゃんと謝って、仲直りをしなければならない。
(できるかな? 仲良く)
「できるともさー、水華だって君のことを嫌いじゃないんだから」
「え!? 心読んだ!?」
「別に? ただなんとなく、そう思ってるだろうなーってね。ほらほら! そうと決まれば、急げ急げー!!」
「わわっ!? ちょっと!?」
まだ決心が固まっていない。しかし、火美乃は遊をぐいぐいと引っ張り、屋上から去って行く。