めちゃ強いよ
「さすがに、もう突然変身しているってことはないか」
遊が能力者になった次の日。もしかしたらと、朝早く起きて自分の体を確認するが、どこにも変化はない。元の姿のままだ。
ほっとした気持ちで、制服に着替え、リビングへと向かう。
「おはよう」
「おう、おはよう息子よ」
「あら? 今日は、変身してないのね」
「まあね。今朝も、勝手に変身しているかもって思っていたけど、普通だった」
やはり、一度能力に目覚めてしまったら、それ以降は自分でコントロールしなければならないようだ。ただ、強すぎる力はよく暴走することがある。
それも頻繁に。
ニュースでは、能力が暴走してビル丸ごとなくなったというものもあった。昨日のことから、わかったことは変身した遊は、とんでもない身体能力を得るということ。そして、無能力者から一気に強大な力を得た遊が暴走する確立はかなり高い。
(使うとしても、気をつけないとな)
「はい、遊。今日は、いっぱい食べてね!」
「さ、さすがに朝からこんなに食べられないよ」
陽子が渡したのは、いつもの茶碗ではなく、どんぶりだった。こんもりと盛られた白米を見て、遊は苦笑いする。
「何言ってるの! 能力者になったってことは、それだけ体力とか付けないと! お父さんも、ご飯をいっぱい食べてこんなにも立派になったのよ! それに、白米には能力を安定させる効果もあるのよ」
「なに!? そうだったのか!?」
「嘘よ。もう、あなたったら、簡単に騙されちゃだめよ」
「こ、こいつー!」
「あん! ごめんなさい!!」
いつもながら、仲のいい夫婦だ。こんな光景を、十六年ずっと見続けているが、新婚なんじゃないかと思うほど。
「ご馳走様」
「あら? もういいの、遊」
「まあ、うん。今日はちょっと色々と気持ちの整理とかしたいから。早めに出て、風に当たりたいんだ」
「そうか。だけど、今日はサボるんじゃないぞ」
と意地悪そうに言う鉄弥。
「わ、わかってるって」
第一、好きでサボっているわけではない。そのことは、鉄弥もわかっているはずだが……いや、わかっているうえで、言っているのだろう。
これも、一種のスキンシップというものか。リビングから出て、一度自室からバックを取りに行く。そして、いつもよりも早めに家を出た。現在の時刻は六時五十分を回ったところだ。いつもよりも、早めなので、まだ人が少ない。
「あら? 遊ちゃん。今日は早いのね」
しかし、近所のおばちゃんはいつも朝早くから散歩をしているので、こうして出会ってしまう。
「まあ、はい。ちょっと、考え事がしたくて」
「あら、そうなの。あっ、そういえば、まだ言っていなかったねぇ。遊ちゃん、能力者になれたんでしょう? おめでとう」
「ありがとうございます。でも、まだその能力も完全にコントロールできているわけじゃないので」
それから、少し世間話をして、再び歩き出す遊。まだ能力者に覚醒してから、一日。昨日をあわせれば二日になるが、特に見られているということはない。
さすがに、まだ広まっていないのだろう。ちなみに、聞かされたことだが、無能力者だったと判明した時は、押し寄せる波の勢いで、広まったようだ。それもそのはずだ。生まれてくる子供は、全員が絶対何かしらの能力を持っているのにも関わらず、遊だけが無能力だったのだから。
(とはいえ、無能力者が能力者になる、ていうのも大概だと思うけど)
しかし、これは世界改変が始めて起こった時と同じような現象だと紗江は言っていた。なので、そこまで騒ぐことじゃないと判断しているのか?
別に遊も騒がれたいとか、注目の的になりたいわけじゃない。遊自身は、自由に普通に暮らしたいと思っているのだから。
「ん? あれは」
現在の時刻は、もう七時を過ぎている。ちらほらと学生達の姿も見え始めてきた。そんな時だった。見慣れた三人組が、一人の学生を裏路地に連れて行く光景を目の当たりにする。
二日前に、遊を無能力者だからとサンドバックにした三人組だった。おそらく、先ほど連れて行かれた学生は、遊のようにサンドバックにされるため連れて行かれたのだろう。
遊とは違い、能力者ではあると思うが……。
「……」
見過ごすわけには行かない。というよりも、考えるよりも先に体が動いていた。別に率先して正義の味方をやりたいとかそういうわけではない。
ただ、困っている人を見過ごせないだけ。何よりも、もう自分は無能力者じゃないんだ。
「へっへっへ。今日は、気弱なめがねくんをサンドバックにしまーす」
「いえーい!!」
「ほらほら? 能力で抵抗してもいいんだぜ?」
「や、止めてください!!」
案の定、三人で囲っていた。世界改変前から、こういうイジメは堪えずあったようだが、世界改変後は、更にひどくなってしまった。
能力によるイジメ。多少、イジメられる側も能力者なので、抵抗はできるのだが。
「ひ、ひぃ!!」
「およ? どうしたのかな? ご自慢の炎が全然当たりませんぜ?」
「よえぇ! 炎ってのは、こういうのを言うんだよ!!」
と、掌に顔よりも大きな火の球を発現させたところで、遊は叫ぶ。
「待て!!」
「あぁん? んだてめぇ……って、あの時の無能力者くんじゃねぇの」
リーダーらしく男は、炎の球を発現させたまま振り返り、お供の二人と一緒ににやにやと小馬鹿にしてくる。どうやら、この三人組は遊が能力者になったことをまだ知らないようだ。
それはそれで好都合というもの。
「なんだよ、まさかまた俺らのサンドバックになりに来てくれたのか?」
「そりゃあ、丁度いい! ひとつじゃ物足りねぇって思ってたところなんだよ」
「おら、来いよ。今日もたっぷり弄ってやるからよ」
臆することなく、三人に誘われるがまま遊は近づいていく。そして、目の前に来たところで、三人を睨みつけながら、口を開いた。
「サンドバックは僕だけでいいだろ? そっちは見逃してやってくれないか?」
「はあ? なに言って……まあいいぜ、その代わりそいつの分までたっぷり楽しませてもらうからよ」
「いいのか?」
「いいっていいって、今日からこいつが俺達専用のサンドバックになるからよ」
「おー! そいつはいいな!! そういうことなら、おら! そこのめがね! さっさと行っちまいな」
「は、はいぃ!!」
バックを抱き寄せ、逃げ去って行くめがねの少年。それを見送った後、遊は再び三人組を睨む。
「なんだなんだ? その反抗的な目はよぉ?」
(頼むぞ……ちゃんと、発現してくれよ、僕の能力!)
「まあいい、おら! まずは一発!!」
投げつけられる大きな火の球。あれは、二日前に遊を散々痛めつけたもの。あの時は、何も抵抗できずただただ食らっていただけだが……今は、違う。
意識を集中させ、あの言葉を叫ぶ。
「エヴォルチェ!!!」
刹那。
体全体に、力が満ちていく。これは、いける。そう確信した遊は、そのまま光に包まれながらも、炎の球を回避した。
「なっ!?」
「お、おいまさかこいつ!?」
「そうだ……僕は、能力者になった!!」
右手を振るうと光が払われる。
その姿は、あの時と同じ金髪で、ロリで、巨乳な美少女。やはり、あの頭に浮かんだ謎の言葉は、能力を発現させるための起動キーワードだったようだ。
しかし、昨日は発現しなかったのに、なぜ今は? まだまだ謎が多いが、今は。
「嘘だろ! こいつ、無能力者じゃなかったのかよ!?」
「つーか、女になってるし! めちゃくちゃ可愛いんじゃね?」
「……そうだ、そういえば!」
お供の細いとんがり頭が、何かを思い出したのか携帯電話を取り出す。
「昨日、ネットで噂になってたんだ! 女体化の能力者現るって! よく読んでなかったけど、こいつだよ!」
「は、ははは。能力者になったからって関係ねぇよ。ただ女になっただけだろ? それに、女になったなら、やり方を変更だ」
大体の予想はつく。あの目つき、あの手つき、明らかに遊の今の体を狙っている。お供の二人も、一瞬びびっていたが、リーダーの行動に同意し構えた。
「言っておくけど」
「おらぁ!! そのエロいおっぱいを揉みまくってやるぜぇ!!!」
「ひゃっはー!!」
「ロリ巨乳さいこー!!」
襲い掛かってくる三人組。エロいことしか頭にないのか、動きが単純になり、能力すら使わない。ある意味この姿になってよかったのだろうが。
正直、背筋が凍った。
「今の僕は」
「ぐお!?」
「げぼっ!?」
「あひぃん!?」
「めちゃ強いよ」
一瞬だった。眼にも留まらぬ速さで、腹に、頬に、顔面へとそれぞれ違う箇所に打撃を与え、撃退。そして、長く綺麗なツインテールを揺らし、尻餅をついている三人組を見下ろした。
「う、嘘だろ。マジ、強ぇ……!」
「これに懲りたら、イジメなんてするんじゃないよ?」
「は、はい……」
「よろしい。それじゃ、僕はこれで」
本当にこれで懲りてくれたのかは、疑問だが。
(なんだか嬉しいな。自分の力で、誰かを護れるのって)
今までは、ただ見ているだけ。護られているだけだった自分が、こうして誰かを護れる。こんなにも嬉しいことはない。
「あっ……そういえば、変身したってことはこのまま授業を」
変身する方法はわかったが、戻る方法がわかっていない。意識を集中させればいいのか? だが、今試すのは得策ではないかもしれない。
今のところわかっている情報から考えるに、遊の能力は一度変身を解けば、しばらく使えない可能性が高い。そのため、すぐ変身を解いてしまっては無防備になってしまう。
(しょうがない。また自然に解けるまで、このままで居よう)
またあの視線の中、過ごすことになるが、今後はそういうことが多くなってくるのは明らか。早めに慣れておいたほうがいいだろう。
そうと決まれば、早々に学校へ行こう。今の足ならば、最速で到着できるはずだと遊は、車よりも早く走り、一番に教室へと到着したのであった。