能力について
「……はあ、誕生日なのに変に疲れた。この十六年で、一番疲れたかも」
身体的には疲れは無いが、精神的に疲れてしまった。あれから、少しの寄り道をした後、学校に戻った。すぐ篤が駆け寄ってきて、呼び出されたであろう母親の陽子も一緒だった。
すごく心配された。
そのはずだ。いきなり窓から飛び出して、姿を暗ましたのだから。そこからは、教室に戻り、皆の視線が集まる中、二色遊の席に座った。
(やっぱり、皆信じられないって顔してたなぁ……)
なんだか、無能力者の頃よりも変な目で見られていたのは確実だろう。学校にいる間は、ただただ無言で過ごしていた。体育がないため、着替えることはなかったのだが、明後日は体育があるので、それが心配だ。
いまだ、体は戻らない。
体の異常に気づいて、もう十時間が経っている。いや、そもそも自分がいつ女体化したかなんて正確にはわからない。もしかしたら、今日になった瞬間に変化していたかもしれない。
そうなると、すでに十七時間が経っている。現在の時刻は十七時五分を過ぎたところだ。
「柔らかい……痛い……」
ここまで来て、もしかしたら夢なんじゃないか? と思い頬を抓ってみるが、痛いし、思っていたより柔らかい。まるで、餅な弾力と肌の質だ。
「ツインテール、か」
女体化した時に、いつの間にか結ばれていた髪型。なんというバランスだ。鏡で見ても、大きなずれもなく、左から右まで、真っ直ぐだ。
それを遊は、毛先を摘み、びよーんと伸ばす。
「他の髪型とかもできるよな、この長さだと」
しかし、遊は髪の毛を結んだことなど一度も無い。なので、このまま解いてしまったら、この綺麗なツインテールはできないかもしれない。いや、できないかもじゃない。できるようにならなくちゃいけない。このまま元の姿に戻れなければ、風呂に入る時や寝る時に邪魔にならないように解く必要があるからだ。解けば、自動的に結ばなければ……。
(まあ、最初は慣れないから母さんに手伝ってもらうとか、最初から最後までやってもらうかもなぁ)
色々と自分の体を調べた後、再度ベッドに寝転がる。そろそろ夕飯の時間、そして入浴の時間。もう覚悟を決めなくてはならないのか。
そう目を瞑った時だった。まるで、誰かに抱擁された時の様な温かさを感じたと同時に。
―――エヴォルチェ。
頭に浮かぶ謎の言葉。これがいったい何を示すのかは、わからないが。この言葉が、どうにも気になって仕方ない。
「あれ? なんかまた体に違和感が……」
体が先ほどよりも重く感じる。しかしそれでいて、胸部への重量、股間部分の懐かしさ。
まさか!? 勢いよく起き上がり、鏡を見る。
そこには見慣れた顔が映っていた。
そうだ。元に、男に戻ったのだ。
「か」
遊は、体を震わせ、鏡からゆっくりと離れていき、自室を出た。
「母さん!!」
あふれ出す感情を言葉と同時に吐き出し、リビングで夕飯を作っている母親の元へ駆けていく。乱暴に開けられたドア音に、陽子は驚くが、すぐ遊の姿を見て笑顔になる。
「元に戻った!!」
「そ、そう」
しかし、それと同時にどこか残念そうに返事をする。
「どうしたの? 母さん。息子が戻ってきたんだよ?」
普通ならば、喜び抱きついてきてもいいところなのに、陽子の反応に遊は首を傾げる。
「うーん、せっかく女の子になったんだから、可愛いお洋服とか着せたいなぁって、思っていたの」
「か、母さん……」
危うく着せ替え人形になるところだった。
遊は、元の姿に戻れて心底よかったと胸を撫で下ろし、陽子へと近づいていく。それは、もしかしたらという可能性について話すためだ。
元に戻れたのは本当によかったと思っている。だけど、またあの姿になりたいとも思っている。別に、女の子になりたい! と思っているわけではなく、あの姿になれば自分は強くなれる。あの姿は、自分の能力だ。あの姿無くして、能力者と渡り合うのは難しいだろう。
だからこそ、なんとしても自由に変身できるようになりたい。
「それで、もしかしたらなんだけどさ」
「なに?」
「元に戻ると同時に、謎の言葉が頭に浮かんだんだ」
「言葉? もしかして、変身する時の掛け声?」
そう、頭に浮かんだあの言葉。もしかしたら、あれは変身する時の掛け声のようなものなんじゃないかと遊は推測している。
もしくは、戻る時の掛け声。
「うん。今から、それなのかどうか試してみるから。ちょっと見てて」
「わかったわ。あっ、火を止めないと……」
火を止めたのを確認し、遊は陽子の見詰める中、精神統一をする。
そして、大きく息を吸い込み。
「エヴォルチェ!!!」
…………何も起こらない。ただただ静寂が続くリビングで、遊は謎の言葉を叫んだだけとなってしまった。
「ただいまぁ」
「あっ、お父さんが帰ってきたみたいね」
「そう、だね」
なんだか、恥ずかしいところを母親に見せてしまったと遊は俯く。何も起こらなかった。まさか、変身する掛け声ではなく、元に戻る掛け声のほうだったか?
いや、言葉の響きから考えて、これは返信する時の掛け声。元に戻るのは、自分が元に戻りたいと思えば戻れるはず。そうでなければ、時間制なのかもしれない。
変身できなかったのも、まだ条件を理解していないからだ。
(まさかとは思うけど、一度変身を解いてしまったら、しばらく変身できないとか? ゲームで言うクールタイムが必要とか……)
そうなると、中々使いどころが難しい能力になる。一度変身を解いてしまえば、その後は今まで通り無能力者遊になる。その時に、能力者に襲われたりでもしたら、またサンドバックだ。
(でも、ずっと女の子のままっていうのも、僕の精神的にきついものがあるし……うぅ! 能力者になれて嬉しいのに、なんだろうこのなんとも言えない気持ちは!!)
「遊、お前能力者になれたんだってな! 今は元に戻っているみたいだけど、父さんも遊の変身した姿を見てみたいんだが」
ソファーに座り込み、頭を悩ませている中、遊の父親である二色鉄弥が嬉しそうに近づいてくる。
遊が能力者になった朝、鉄弥いつもよりも早めに家を出ていたのだ。なので、遊が女体化能力に目覚めたことは、陽子から受け取ったメールでしか知らない。なので、どうしても気になってしょうがないのだろう。作業着の上を脱ぎ、にこやかに遊の隣に腰を下ろす。
「ご、ごめん父さん。そうしたいのは山々なんだけど、僕もまだ自分の能力について全部理解したわけじゃないんだ」
「そうなのか?」
「その証拠に、さっきも変身しようと思ったけど、ご覧の通りだよ」
「あぁ、さっきの変な掛け声はそれで」
やはり、聞こえていたようだ。もう少しボリュームを下げるべきだったと反省しつつも、頭を掻く。
「早く、自由自在に変身できないと色々と大変だな……」
「まあ、そう焦ることは無い。能力者になれただけでも、俺は嬉しいぞ遊」
落ち込んでいる遊の肩に、鉄弥はそっと手を置き励ます。いつもながら、こんなにも優しい親に恵まれて自分は幸せ者だと心底思う遊であった。
「あなた、遊の女の子姿なら、ここに!!」
「え?」
いい雰囲気だったのが、陽子の突然の提示物で一変してしまう。いつの間に撮ったのか、陽子の携帯電話の画面に、遊が女体化した姿が映っていた。
「おお! これが!? すごい美少女じゃないか!!」
「ええ! 美少女よ!!」
「び、美少女だね」
「ああ! 美少女だ!」
「美少女ね!!」
なんだか、あまり美少女と言われると恥ずかしくなってくる。その後、遊は等しき自分の女体化姿のことについて両親と話し合うことになってしまった。