能力と向き合おう
「結論から申し上げますと、遊くんに能力が発現しました」
「ほ、本当ですか!? 先生!?」
十六歳の誕生日の朝、目覚めると女体化していた遊は、何があったのかと学校へ向かう前に病院へと訪れていた。
白衣を纏った大人な雰囲気がある女医木野紗江は、遊の診断結果を見詰めながら呟く。彼女の能力は、この仕事にぴったりな能力を持っており、その中でも、群を抜いた高い能力値を誇っている。
黒いポニーテールを揺らし、今一度遊を見詰める。その右目は金色に輝いており、体にある異常を見抜くことができる。この目に、どれだけの患者が助けられたことか。
「ええ。しかも、これはかなり特殊ですね。遊くんは、元々無能力者だったのにも関わらず、こうして発現した。確かに、歳を重ねれば発現することはあります。ですが、それはちゃんと能力が発現する兆しがあることがわかっているうえでの話です」
「だけど、僕は無能力者だと断言されたのに、発現した」
違和感を感じる。自分の口から出てくるこの少女の声に。
「そう。これはまるで世界改変の時のような。誰かが与えたような……いや、もしかすると元々遊くんにはこの能力があったけど、発動条件があって、それが今になって発動した、というのが正しいでしょうか」
「発動条件? いや、それよりも僕の能力って女体化するだけなんですか?」
不安になる。能力者というのは、嬉しい。だけど、それがただ女の子になるだけだとしたら……。確かに、変身能力は世界中に数多く存在している。
だが、今まで性別が変わるという変身能力はなかった。それに、ジャージで寝てたはずなのに、いつの間にか遊が通っている学校の制服に似た服へとなっているのも謎だ。
「それは、まだわかりません。ただ検査しただけならば、大幅に身体能力値が向上しています」
「つまり、遊は?」
「女体化して、身体能力が向上する変身能力、と言うべきでしょうか。所謂、魔法少女的な?」
「ま、魔法少女って……僕は男ですよ?」
「ですが、今は女の子です。それも金髪で、ロリで、巨乳な」
どこか楽しそうに笑いながら紗江は、ディスプレイを操作する。それを見ていた陽子は、一番気になっていることを問いかけた。
「あの……遊は、元に戻れるんでしょうか?」
それは遊も気になっていた。変身したのはいいが、どうやって戻るのかがわからない。変身もののアニメなどでは、自分の意思で戻ることができることが多いが。
いくら戻りたいと思っていても、全然戻る気配が無い。だから、不安になっている。このまま一生この姿なのかと。
「それについては、まだわかっていないんです。なにせ、彼は、いや彼女は? 色々と規格外な存在ですからね。また何かわかれば、ご連絡します。それまでは、申し訳ありませんが」
「このままの姿でってことですね……」
「ごめんなさい。こちらとしても、全力をあげて、調査してみますから」
「いえ、女体化したとはいえ、能力者になれただけで気持ちが晴れ晴れとしていますから」
これで、自分はのけ者じゃない。世界から見放されていなかったんだ。それだけでも、昔から思っていたものが光で消えるかのように、スッキリしている。
「で、でもどうしましょう?」
「なにが?」
「このまま一生女の子だったら……お洋服がないわ!」
そういえばそうだった。このまま戻らず女のままだった場合は、今まで買ってきた男物の服が台無しになってしまう。いや、服ならば大丈夫だ。男物でも着れれば、服は服なのだから。
問題は、それ以外のことだ。
男と女では、色々と違う。これから学校に登校することになるが……やはり、着替える時は女子更衣室で着替えなければならないだろう。トイレもそうだ。
「だ、大丈夫だよ母さん」
「だ、だって下着とかそういうのもあるでしょ? 私のだと……ちょっと小さいかもだし」
陽子は、遊の張りのある胸を見て、少し落ち込んでしまう。誰から見ても、明らかに女体化した遊の胸のほうが大きい。母親として、女として、まけた気分になっているのだろう。
「だから大丈夫だって。下着だって、この姿になって、普通に付けていたから。不思議なことに」
「積もる話が一杯あるだろうけど……まずは、おめでとう遊くん」
「ありがとう、ございます」
「あぁ! どうしましょう!?」
・・・・・
「はあ……嬉しいんだけど、ちょっと憂鬱だな」
診察を終えて、事情を学校に知らせた後、遊は自分の教室前に辿り着いていた。現在は、すでに一時限目が始まっており、先生の教科書を読み上げる声が響いている。
覚悟を決めたはずなのに、もう無能力者と蔑まれることも無いのに。手が止まってしまう。いったい皆はどんな反応をするのか?
それに、今はこの学校だけだが、後にまた世界中に広まるだろう。無能力者だった少年が能力を発現!? と。それだけではない。
能力が女体化するというありそうでなかった珍しい能力。色んな意味で、有名になりそうだ。そんな未来を想像すると、どうにも体が動かない。色々と考えている内に、授業終了のチャイムが鳴り響いてしまった。生徒達は騒ぎ出し、やばい! と入り口から離れようとしたが遅かった。
「わっ!? お、おい! そんなところで何突っ立って……ん?」
「なあ、どうしたんだよ? 早く行こうぜ?」
クラスの男子生徒だ。ぶつかりそうになったことに物申そうとした途中で、止まってしまう。
「あれ? あんな子居たっけ?」
「うわぁ、可愛い子だなぁ。金髪で、しかも巨乳だぜ!」
「うちの制服を着てるってことは、うちの生徒なんだろ? 転校生か?」
やはりというか、なんというか入学式の時にもいなかった生徒は、注目を浴びてしまう。やばい、どうしたらいいか。
「え、えっと……ご、ごめん!」
もはやどうしたらいいかわからず、遊は窓を開け。
「ちょっ! そっちは」
勢いよく窓から飛び出したと思いきや、そのまま何事も無かったかのように逃げ去って行く。
(あぁもう! やっぱりまだ心の整理がつかない! なんて言えばいいんだろう? 僕は、無能力者の遊! でも、もう違うんだ! ほら!! ……ち、違う。何かが違うような気がする)
ちゃんと決心したと思っていたが、いざ皆を前にするとどう切り出したらいいかわからなくなってしまった。
いったい、どうすればいいんだと自問自答しながら無我夢中で走り抜けていく。
「な、なんだ!?」
「風?」
「何かが走り抜けていったぞ!」
周りの目も、声も気にせず、ただただ今後はどうしたらいいのかと考えながら走り抜けること、数十分。
「……ここって」
気がつけば、見晴らしのいい展望台に辿り着いていた。ここは、学校から車でも一時間以上はかかる展望台だ。
携帯電話で時間を確認する。
「あれから、まだ二十分しか経ってない……嘘でしょ?」
半分以上の時間帯で、しかも走りで辿り着いた。にも関わらず、全然疲れが無い。これが、今の自分。変身したことで、身体能力が向上していると言われていたが、ここまでとは。
携帯電話をポケットにしまい、遊はどこまでも広がる青空を見上げる。心地よい風を、体で感じながら小さく頷く。
「戻ろう。ちゃんと、向き合わないと」
もう昔の自分とは違うんだ。ずっと憧れていた能力が発現したんだ。まだ、自分が女体化したことは、受け入れ切れないけど、それも時間が経てば慣れていくだろう。
今から学校に戻るとして……。
学校から全力疾走して、一時間以上の場所に来たのに、二十分足らずしか経ってなく、疲れも無い。
「ちょっと、寄り道しようかな」
踵を返し、走り出した。