変わる日常
「ゆ、遊くん! 危ないよ!!」
「大丈夫だよ!! 僕には能力がないんだから、誰よりも体を鍛えないと!!」
今から九年ほど前。
遊は、自分が無能力者だと理解した頃から、自分を鍛えるようになった。能力がない分、体を鍛え、少しでも能力者に対抗できるようにと。
そして、この頃はまだ遊と水華は仲良しだった。ただ純粋に、隣同士の幼馴染として、無能力者なんて関係もなく、いつも一緒だった。
「うわわっ!?」
ジャングルジムを登っていた遊だったが、頂上直前でバランスを崩してしまう。何とかバランスを保とうとするが、足を滑らせ落ちてしまう。
「遊くん!!」
地面に激突する前に、水華が水を発現させ、それをクッションに遊を助ける。服が濡れてしまったが、遊自身にはどこにも怪我はない。
「大丈夫? 遊くん」
「うん。ありがとう、水華ちゃん。あははは、情けないなぁ僕って。いつも、水華ちゃんの助けられてばかりで」
「そ、そんなことないよ。遊くんは……わ、私が守るから!」
顔を真っ赤にして、勇気を振り絞った言葉に、遊は嬉しいさ半分、悲しさ半分の感情が湧き上がってきた。自分にも能力があれば……と。
それからしばらくして、小学校に入学した頃からだ。遊と水華の関係にひびが入ったのは。学べば、賢くなれば、それだけ知能が人間性が成長する。今までは、ただ純粋に仲良くしていたのに、世間がこういう認識だから、親がこう言っているからと。次第に、遊の周りから友達が遠ざかっていき、ついに水華だけになってしまったのだ。
「遊くん、一緒に帰ろ?」
いつものように、何も変わらず、水華は遊を誘うが、遊は周りの目が気になってしょうがなくなっていた。明らかに、異質なものを見る目だ。
まだ小学一年だが、遊にはわかっている。そして、水華もまた友達が少なくなっているのをわかっている。自分のせいだ……自分が無能力者で、皆とは違う存在だから。
「……」
「ゆ、遊くん?」
無言で立ち上がり、そのまま教室を出て行く遊を水華は慌てて追いかける。
がしかし。
「ついてくるな」
伸ばした手を払い退け、冷たく水華を突き放す。突然の遊の行動に、動揺して動けなくなった水華だったが、すぐにいつもの笑顔で話しかける。
「どうしたの? 遊くんらしく、ないよ?」
「いいから、ついて来るな」
「遊くん?」
廊下の生徒達の視線を確認し、遊は再び足を動かす。
「いいから! もう、僕を一人にして……!」
「遊くん!!」
水華から逃げるように、遊は走り出す。水華も追いかけるが、遊の足の早さに追いつけず、学校の校門を出たところで、姿を見失ってしまった。
こうして、遊は水華を遠ざけるようになった。それにより、遊は孤立し、水華には友達が戻ってきたのだ。
・・・・・
「……懐かしい夢、だったな」
目を開けると、そこが見知らぬ部屋だった。
「病院の個室かな?」
まだ痛む体をゆっくりと起こし、周りを見渡し、ここがどこかを把握したところで、ドアをノックする音が部屋に響く。
「はい、どうぞ」
「お、お邪魔します」
どこか余所余所しそうな感じで、入ってきたのは水華だった。見舞いの果物詰め合わせをベッド隣の棚に置き、椅子に腰掛けた。
「……」
「……」
一体何を話したらいいのか、互いにわからず、沈黙状態が続いている。
「……あのさ」
その沈黙を破ったのは遊だった。
「僕、ずっと水華に謝りたいって思ってたんだ」
「謝りたい?」
「だって、水華はずっと僕のことを心配してくれていたのに、僕はそれを遠ざけて……挙句、危険な目に遭わせて……だから、ごめ」
頭を下ろそうとしたが、水華はそれを止めた。
「いいの、もういいの」
「で、でも!」
それでは、気がすまないと遊は叫ぶが、水華はそれでも首を横に振る。
「だって、ずっと苦しんでたのは遊くんだよ? 遊くんの苦しみに比べれば、私のなんて全然。それに、最近は遊くんとも仲良くなれてきたから、それだけでもう私は救われるんだから」
「あ、あんなのでいいの?」
遊でも、周りから見ても全然救われているとは思えない。それなのに、水華はあんな距離感で、ほとんど会話もしないあの雰囲気で、救われていると断言する。
「もちろんずっとはいやだけど……それでも、今までと比べたらずっといいの。少しずつだけど遊くんとまた一緒に居られるあの感じが」
「……あはは」
「ゆ、遊くん?」
自然と笑みが零れる。改めて水華の優しさに触れて、荒んだ心が洗い流されるようだ。わかっていたことなのに……水華の優しさは、底知らずだ。
「いや、なんでもない。ただ、僕はこんな優しい幼馴染が居て、幸せ者だなって」
何気ない遊の言葉に、水華はとても嬉しそうに笑った。
「えへへ、昔約束したからでしょ? 遊くんは、私が守るって! あっ、でも今は遊くんも能力者だし……あっ! でもでも、一度能力を解いちゃったら無防備だから、その時は私が守らないと!」
「す、水華。ちょっと、落ち着いて」
「そうだ! りんご食べる? 今、皮を剥いてあげるね」
先ほどの言葉が、それほど嬉しかったのか。鼻歌交じりで、りんごの皮を綺麗に剥いていく。こんなに幸せそうな水華を見るのは久しぶりだと遊は、青空を見ようと視線を窓側へと向ける。
「いやー、仲直りできたあたしゃぁ安心したですぞ~」
「おお!? ひ、火美乃!? いつの間に!?」
しかし、火美乃の顔がこんにちは。まったく気配もなく、ドアが開く音もなく、侵入してきた。忍者かなにかか? 心臓が止まりそうになったが、一度呼吸を整える。
「居たんだ、火美乃」
「あい! 水華がりんごの皮を剥いた辺りから居ましたです!!」
「どこから?」
「窓からっす!!」
「ちゃんと入り口から入りましょうね……」
「はーい!!」
「剥き終わったよ、遊くん。って、あれ? 火美乃ちゃん?」
どうやら、嬉しさで周りが見えていなかったようだ。りんごの皮を剥き終わったところで、やっと火美乃の存在に気づいた。
「やほー、幸せ一杯の水華さんや。ごめんね? 二人の幸せな空間に踏み入れちゃって」
「幸せ空間?」
「遊が無事だって、わかったしあたしは早々に退散するぜよー」
今度は窓からではなく、ちゃんとした正規ルートで去ろうとするが。
「待って! どうせなら、火美乃もここに」
「……ハッ!? ま、まさか遊」
「え? なに?」
わざわざ来てくれたのだから、もう少し話をしたいと純粋に止めたのだが、火美乃は何を思ったのか。
「あたしのことを!?」
「え? あ、あのちょっと」
わざとらしく頬を赤く染め、もじもじし始める火美乃を見て、嫌な予感がした遊。
「水華! どうやら、あたしは水華のライバルになっちゃうようだよ!!」
「ライバル? なんで、火美乃ちゃんと?」
火美乃が何を言っているのかわからないようで、首を傾げる水華だったが、火美乃の悪ノリは止まらない。
「さあ! 遊くんが振り向くように、りんごを」
「りんごを?」
「まずは口に咥えて!」
「う、うん」
「齧っちゃだめだよー? そして、そのまま」
ぐいっとりんごを咥えた水華を遊の顔近くまで押し出す火美乃。
「さあ!」
「なにがさあなの。水華? 齧って」
「う、うん」
火美乃の悪ノリにも負けず、遊は素直で純粋な水華から齧って半分になったりんごを取り、残りを口の中に運んだ。
「もう! ノリが悪いんだから!」
「僕は、怪我人なんだから静かにさせてよ」
「じゃあ、なんであたしを呼び止めたの?」
「ただ純粋に話し合いしたかっただけだよ、友達として」
「なーんだ! そういうことなら、早く言ってよー!! もう! もう!!」
わかっていたくせに……と、遊は叩かれながらため息を漏らす。
「というか! 痛いって! 怪我人だって言ってるじゃん!!」
「ゆ、遊くん! 大声出したら傷に響くよ!」
「それに病院は静かに!! 静かにー!!!」
「君のほうがうるさいんだけど!?」
長かった。無能力者だと言われ続け、異端者のような目で見られ続け、幼馴染を遠ざけ続け……ようやく、遊の生活に光が差した。
「病院ではお静かに!!」
《す、すみませんでした!!》




