絶対許さない
勇者はファンタジーから逃れられない!の電子書籍第二話が、明日配信!
それにともなって特別編をまた投稿しようと思います。新作共々よろしくお願いします!
遊がサンドバック状態になってから、早くも十分は経っている。遊は、気絶こそしていないが、体中痣だらけで、口も切れているのか、血が流れている。
地に伏せている遊を、昌樹の取り巻きが今一度取り押さえる。
「まっさん! こいつ、めちゃちゃ頑丈だぜ!」
「あれだけボコられたのに、気絶しねぇってのは、素直にすげぇな」
「あぁ、俺もそろそろ拳が痛くなってきたところだぜ……つーわけで、第二段階だ!」
「おう!!」
「任せておけ!!」
昌樹が命じると二人は遊の腕を縄を縛り、そのまま吊るし上げた。
「はっはっはっは!! 次は、俺の強化された能力をどこまで耐えられるかターイムだ!!」
甲高く笑いながら、手を広げると前見た時よりも数倍でかい火の球が発現した。強化されたというのは、嘘ではないようだ。
いくら能力に耐性がある服だったとしても、いや何よりも、今の状態で膨大なまでの能力を食らえば……ただでは済まないだろう。
「食らえや! 俺の業火球を!!!」
「やれやれ!」
「まっさんの燃える魔球でやっちまえ!!」
逃げ場は無い、能力も使えない。もう覚悟を決めるしかない。
「やめてぇ!!!」
「なっ!?」
「え?」
聞き覚えのある声が響いたと思いきや、遊に放たれた巨大な炎の球はどこからともなく飛び出た水により消火された。
「はあ……はあ……ゆ、遊くん。間に合った、よね?」
いったいどうしてここに? この場所は、誰にも教えていないはずだった。もちろん……水華にもだ。視線の先には、こんな廃墟には似合わない可憐な少女が息を切らした状態で立っていた。
先ほどの水は、水華の能力だった。
さすがは、二天候補に数えられるほどの能力者。あれだけ巨大な炎の球も一瞬にして消化されてしまったようだ。
「て、てめぇどうしてここに!」
「そんなこと、どうでもいい! 遊くんを、離して! じゃないと」
今まで水華のあんな目は見たことが無い。ボロボロの遊を見て、珍しく怒っているようだ。昌樹に向かって手をかざし、水を発現させる。
それは、形を変え、複数の水の槍へとなった。
「ま、まっさん!?」
「まずいぞ、こいつは!」
慌てる取り巻きだったが、昌樹は小さく笑い、遊の腹部を殴った。
「がっ!?」
「遊くん!?」
「おっと! 動くんじゃねぇぞ? 一歩でも動けば、能力を使えば、こいつがどうなっても知らねぇぞ?」
例え相手が、強力な能力者だとしても、甘さがあればどうにでもなる。昌樹は、その甘さを突いたのだ。水華は、遊を助けるためにここまでやってきた。
だったら、遊を人質に取らないわけにはいかない。その証拠に、水華の動きが明らかに止まっている。
「残念だったなぁ。最初の不意打ちで、俺をぶっ飛ばしておけばよかったのによぉ! おら! どうした? さっさとその水の槍を消しやがれ!! 大事なお友達がどうなってもいいのか?」
いつまでも水の槍を消さない水華を見詰めつつ、もう一度遊を殴る。
「ぐっ!?」
「や、やめて!」
「やめてほしかったら、消せよ能力」
「……」
これ以上は、遊が危ない。水華は、遊を守るため能力を消した。それと同時に、昌樹は取り巻きに指示ゐ出し、水華を能力無力化の手枷で拘束した。
「これで、能力は使えねぇ」
「お願い。遊くんを離して!」
「はぁ? なんだって?」
「い、言うことを聞いたよ!!」
「ばーか!! 誰が、言うことを聞いたら離すつったよ。甘い、甘過ぎるぜてめぇ!! まあこれだから、お利口さんは扱いやすいんだけどなぁ!!」
「そ、そんな……!」
元々、昌樹は遊を離すことなど考えてなかった。いや、水華の考えも少し甘かったのかもしれない。これだけのことをしている相手が、素直に言うことを聞いただけで、遊を解放するはずがないことなどよく考えずともわかっていたことだ。
だが、もう後の祭り。
水華は能力無力化の手枷で、能力を封じられ、ただのひ弱な少女となってしまっている。もう助ける術が無い。水華の強さは、その能力の高さと能力のコントロール技術によるもの。いくら抵抗しても、男二人から押さえつけられては身動き一つ取れない。
「そこで見てな!! 大事なお友達がボコボコにされるところを!!」
「ぐあっ!? がっ!?」
「やめて……やめてよ……」
遊が殴られる光景を見せ付けられ、水華は涙を流す。
「泣くなって。後で、俺達がその涙を拭いてやるからよ」
「へっへっへ、楽しみにしてな、かわいこちゃん」
「いや、いやぁ……遊くん!!」
水華が泣いている、悲しんでいる。
(許せない、水華を悲しませるあいつらを! ……いや、いつも悲しませているのは僕じゃないか。水華は、僕のためにいつも優しくしてくれていたのに、それを無碍にして、悲しませて!)
遊は、昌樹に殴られ続けながらも、自分が情けない奴だと自分を責める。今も、自分のせいで水華は悲しんでいる。助けたいのに、何もできない。何のために能力者になったのか、何のために能力なんだ。肝心な時に、役に立たないんじゃ、能力者になった意味が無い。
情けない……情けなさ過ぎて、涙が出てくる。
「お? なんだなんだ? 痛すぎて、涙を流してやがるぜこいつ!」
「はっはっはっは!!」
「二人仲良く、涙ぽろぽろー! ってか?」
(守りたい……泣かせたくない……水華には、笑顔でほしい!)
「はっはぁ!! そんじゃまあ、この一撃で終わらせてやるぜ!!」
(僕は……!)
もはや気絶寸前の遊にとどめを刺さんと、再び巨大な炎の球を発現させる。
それを、天高く振りかざした刹那。
―――時間だ。
(え?)
―――さあ、叫べ。君の力で、守るんだ。
「遊くん!!!」
(そうだ、守るんだ。僕の力は、そのために!)
「死ねぇ!!!」
振り下ろされる炎の球。当たれば、今の遊はただですまない。能力を使うには、まだ時間がかかるはずなのに、なぜかわかる。
「エヴォルチェッ!!!」
もう、能力が使えることを。
「うおっ!? な、なんだ! どうなってんだ!?」
「まっさん! どうし―――うわっ!?」
「ぐあっ!?」
「あれ?」
「お、おい! どうした! なっ!?」
昌樹は、目を疑った。それもそのはずだ。遊が光り輝いたと思いきや、取り巻きが吹き飛ばされ、視界に映ったのは……遊が変身した姿と抱きかかえられた水華の姿だった。
「水華、大丈夫?」
「う、うん」
昌樹を睨みつけたまま、いつの間にか奪い取っていた鍵で、水華を拘束している手枷を外す。
「ど、どういうことだ! まだ一時間は変身できないはずだ!!」
「どこで僕の解除後のクールタイムを知ったのかは詮索しないけど……正直、僕にもわからない。僕自身も、まだ時間があると思っていたんだから」
「この野郎……! だが、今更変身したって遅せぇよ。そんなボロボロの状態で、俺に勝てると思ってるのか?」
確かに、変身したとはいえ、ダメージはそのまま受け継がれているようだ。平然な顔をしているが、全身に痛みが走っている。いつまでも、この状態が続くのは危険だ。
一度、水華を床に降ろし、昌樹と対峙する。
「思ってるよ。それに、勝負は一瞬でつける」
「言うじゃねぇか、やれるものなら!」
能力を発現させようと、手を振りかざした瞬間、すでに遊は昌樹の目の前に移動していた。
「な、に!?」
「絶対許さない」
ぐっと拳を握り締め、昌樹を見上げる。込み上げる怒りを、全て右拳に集束させる。
「水華を」
「この!」
反撃せんと、左腕を振り下ろすが、遊はそれを簡単に左手で受け止める。
「僕の大事な幼馴染を泣かせたお前を!!!」
「ぐああああっ!?」
そして、そのまま腹部へと怒りの感情を集束させた右拳を叩き込んだ。くの字となり、昌樹はコンクリートの壁を突き破り、吹き飛んでいく。
「ま、まっさんが……!」
「う、嘘だろ……!?」
取り巻きが見詰めている中、落ちてきた昌樹を遊は受け止め、そのまま床に下ろす。
「うっ!?」
「遊くん!!」
しかし、もう限界だったようで、自動的に変身が解除され、膝を崩した。それを、水華は急いで駆けつけ受け止めるが、意識を失っていた。
「ありがとう、遊くん。ごめんね……ゆっくり、休んで」
どこかやりきったような表情で眠りについた遊の髪の毛を、水華はそっと撫でた。




