水中
神様がどうにかしてくれないっていうのなら…、まぁ、俺がどうにかするしかないよな。
そんなことは初めからわかりきっていたことだったし、今さらあーだこーだ言うつもりもない。
だが、実際どうすれば問題が解決されるのかっていう決定的な答えを俺は持ち合わせてはいないのだった。
ただまぁ、要するにあの熊は子どもの面倒を見なきゃいけなくて困っているんだ。多分。
なら、俺にできることは一つしかない。
俺は熊に気づかれないように川岸に近づき、再び水中に潜り込んだ。流線形の体が水を掻き分けて前へと進んでいく。
ペンギンの体というのは不思議なもので、水中では視覚だけでなく、聴覚や触覚でも辺りの状況や自分がどのような体制になっているか瞬時に確認できる。
どういう仕組みなのかは俺自身も説明ができない。ペンギンになったからできるとしか言えない。
これが元々ペンギンの体に備わった能力なのか、はたまた俺がペンギンになったことで覚醒した力なのか定かではない。だが、恐らくは前者だろう。
元々、水中を泳ぐ生物というのはそれぞれが水の中で特化した力を持っている。
まぁ魚とかは置いといて、例えばイルカはエコーロケーションと呼ばれる、超音波で発して音を反射させる能力を使って辺りの状況を把握し、水中でも難なく泳ぐと言われている。
残念ながらペンギンにそういった能力があるかどうかはわからない。しかし、海の中を飛ぶとまで言われている鳥だ。なにかしら、水中で自在に動ける体の構造をしているのだろう。
なにしろ人間の時にまったく泳げなかった俺が、無意識でスイスイ泳げるほどなのだ。きっとそうに違いない。
なるべくデカい奴が良いな。その方が目を引くはずだ。
多分、川底に結構あると思うが…。
この森に来て2週間以上経ってそれなりに生活してきたわけだが、ここがどういうところなのかは皆目見当がつかなかった。
とりあえず、熱帯ではない気がするが、それにしては植物が結構デカいし(ペンギン目線抜きにしても)湿度も高いような気もする(キノコも割と多い)
かといってスコールがあるわけでもないし(一度雨が降ったけど平均的な雨量だった。まぁ体感でしかないけど)川の水も綺麗なのだ。
というわけでこの森のことはさっぱりわからない。そもそも手がかりがないから「これだ」と判断しようがない。もしかしたら本当に異世界なのかもしれないな。今のところ異世界らしさゼロだけど。
そう、確かに俺は、森のことはわからないし、熊の親子を助ける解決案もわからない。
だが、今まさに泳いでいるこの川のことだった話は別だ。
お、あれは結構デカいな。アレなら満足するんじゃねぇか?
ここ来てからというもの、俺が川の中に入らない日というのはなかった。
当たり前と言えば当たり前だが、ここでの主な食事といえば魚だ。魚は川の中に潜らないと手に入らない。ついでに言えば水分を補給するためにも川は必須だった。
故に、俺は毎日この川の中を泳いできた。なにしろ、もし川がなければ飯も食えない、水も飲めない、なんてことになっていたかもしれないので、これだけはマジで幸運だったと言える。
となればだ。これだけ川の中を泳いでいると、自然とどんな生物がいてとか、どんな水の流れをしていてとか、どんな石やら鉱物が川底にあるとか、ある程度わかってくるってもんだ。
よし、これをクチバシで掴んで…と、ありゃ結構重いな。
…いやこのくらいイケるだろ。第一これより小さいものじゃダメだ。あいつの関心は惹けない。
それを見つけた時は結構驚いたものだが、俺のペンギンライフにとっては全く役に立たない代物だったので、今まで完全にスルーしていた。まさかこんな形で拾うことになるとは思わなかった。
ただ、この作戦が成功するかどうかは五分五分ってところか、できればもう少し確実性を持たせたいところだが…。
…ああ、そうか。なにもわざわざ運ぶ必要なんてないか。
うん。思いっきりぶん投げよう。意外とペンギンの筋力はしっかりしてるからそれなりの飛距離にはなるはずだ。
多少は角ばっているが、ほぼ球体のソレを咥えて、俺は勢いよく水面へと移動する。
初めてこの森に飛び出した時と同じ、いやそれ以上の速度で俺は一気に浮上し、頭が出たところで首を思いっきり捻り、クチバシの力を緩めた。
瞬間、咥えらえていた透明な球体―――水晶石は宙を舞い、太陽の光を反射させながら熊たちの岸の方へと飛んで行った。