表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

観察

 いつまでいるんだあの熊?

 もう2時間くらい経っているはずだぞ? …寝てんのか? 

 熊って目開けながら寝るのか? …んなわけねぇか。あんなギラギラした眼をしながら寝てるとか詐欺だぜ。

 

 木陰にジッとへばり付くコバンザメのような体制になっていた俺だが、ペンギンの体というのは長時間立ったままでも疲れにくい構造になっているため、この程度ではまるで肉体的疲労を感じなかった。


 立ったまま寝れるからなペンギンは。というより、腰骨を足に乗っけてるんだけど。

 初日に立ち寝をして、なんとなく「これは明らかに疲れるだろ」と感じた俺は、それ以降、様々な寝方を試してみた。

 横になって仰向けになったり、うつ伏せになったりと如何にも人間らしい寝方をしたんだが、悲しいかな、ペンギンの体では結局立ち寝が一番しやすいということで落ち着いた。

 なんというかしっくりくるのだ。人間でいうところの「布団が体に合った」みたいなそんな感じだ。それに危険を感じた時にすぐに動ける体制であるのも利点だった。結局はペンギンの体というか本能というものがそうさせるのだから仕方ないことなのだろう。

 

 そんなわけでこの程度では、体力的にもまだまだ余裕だ。まだしばらくは樹木の擬態を続けることが出来る。

 だが、ずーっと熊を観察し続けるという行為が、精神的疲弊を蓄積させていた。

 同じところをずっと観察し続けるっていうのは非常に根気のいる作業だと改めて思い知る。昔の刑事ドラマでよく張り込みなんてシーンがよくあったけど、想像以上に辛いぞこりゃ。

 もし人間に戻れるとしても、刑事の仕事だけはやりたくないもんだ。

 多分やらないけど。


 しっかし、ここでずーっと黙っている俺も俺だが、あの熊も熊だ。いい加減この場所から離れてもいいんじゃないのか?

 仏像にでもなったつもりなのかお前は? 黙ったままこんな所でいったい何がしたいんだよ。

 お互い疲れるからもう止めにしようぜ? 俺のことなんて知ったこっちゃないだろうけどさ。


 なぜ熊がその場を離れないのか? ということに気づいたのはそこからさらにしばらく経ってからだった。

 それは熊が首をもたげた瞬間に、目に入ってきた。


 あれ? 熊の背中の方からなにか出てきたぞ? 

 黒い…毛玉?

 

 よく目を凝らしてみると、それはペンギンの俺と同じくらいのサイズの子熊だった。子熊は背中を上りきるとゴロンと親熊の肩から転げ落ちる。

 さらに見ると、後ろの方からもう1匹、親熊の背をよじ登って顔を覗かせていた。

 どうやら2匹の子熊を持った子連れの熊だったらしい。

 

 か、かわいい! なんて丸っこいフォルムなんだ! 

 い、いかん。冷静になれ俺よ。ここで不覚にもかわいいと思って飛び出せば親熊の餌食になるぞ。丸っこい熊に丸められましたなんて、全然笑えない。

 

 そ、そうだ。熊ってのは平常時より子連れの方が凶暴って聞いたことがあるぞ。親熊は子熊を守るために外敵となるものは全て獲物と見なすとかなんとか。

 これは、いよいよヤバいんじゃないのか? 

 もうあの看板は諦めて、このままバレないように川を下ってしまうか。 


 そう思っていた中、注意深く観察してみると、二匹の子熊のうち、背に上ったままの一匹は非常にグッタりとした様子で親熊におぶさっていた。

 その子熊を気にしてか、親熊も心配そうな様子で子熊の顔をペロペロと舐めている。もう一匹の子熊は母熊の目の前で無邪気に寝転がっていった。見るからに元気だ。もう1匹の方と比べると顕著に違いが出ている。

 どうやら、子熊の1匹は病気かケガでもしているのか、満足に動ける様子ではないようだった。

 遠目に見ているからなんとも言えないが、親熊もその小熊を気遣って、あまり背を揺さぶらずに黙って座り込んでいるように感じる。


 …これはつまりアレか。あの子熊の体調が悪いから、親熊も迂闊にこの場から離れることが出来ないってことか。

 でも待てよ? それなら背中に乗せて運べばいいんじゃないのか? こんなところにいるよりも巣穴に戻って静養させた方がいいような気もするが…。

 ってか、もう一方の方はすこぶる元気だな。今までよく後ろに隠れてたもんだ。走って川辺の方に出てて、一人で転がって遊んでるじゃねぇか。


 ああ、そうか。もう1匹が元気なもんだから巣穴で大人しくさせていられないんだ。だからわざわざこんな開けた場所にでて子どもたちを目の届く範囲に置いているのかもしれない。

 まぁ、推測の域は出ないが、とりあえずあの子熊達が親熊の手を煩わせているのはわかった。

 恐らく、このまま黙ってさえいれば、熊たちは巣穴に戻っていくことだろう。どこにあるかは知らんが。

 それまで辛抱強く我慢してればいいんだ俺は。

 結局は時間との勝負ってやつだな。




 …確かにそれはその通りなんだがな。

 あの子熊見るからに辛そうなんだよな。

 原因が何かはわからないが、病気だとすればいずれは衰弱して死んでしまうのではないだろうか?

 いや、考えすぎか。まぁ死ぬまでにいかないにしろ、キツイのは変わらないよな。


 …まったくよ。

 ここに来てからというもの、事あるごとに思ってはいたんだが、またしても言わせてもらうぞ。そろそろ返事してくれたっていいんだぜ?

 いい加減この状況をどうにかしてくれよな。

 なぁ、神様よ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ