動揺
おめでとうございます。あなたはペンギンになりました。
人間なんて生き方はやめて、これからは愛くるしいペンギンとして振る舞っていきましょう。
などと言われて、「はいわかりました! これからはペンギンとして生きていくぞ!」と答えられるほど、俺は楽観的な思考を持ち合わせていない。
無論、そんなこと誰にも言われてないし、言われるはずもない。クチバシのついた頭を動かして周りをグルっと見回したが、俺以外の人物、もとい生物らしきものはいなかった。
辺り一面はツタが這った高い木々で囲まれており、地面にはこれでもかというほど雑草やら何やらが生えている。目の前に流れる川の向こう岸も、同じように緑色の景色が続いていた。まるでアマゾンにでも来たみたいだ。
どゆこと? え? どゆこと?
…ま、まぁ、まて。落ち着け俺よ。こういう時は焦ったら負けなんだ。
うん、そうだな。南極とかにくるよりはマシだな。ペンギンと言えば寒いところというイメージがあるが、もし南極なんていう雪と氷しかない世界に放り出されたらと思うと、もうヤバいな。体と心が凍り付きそうだ。
個人的には、植物が生い茂ってるアマゾンの方が馴染みやすい。なんていうか、植物とかがあるだけ安心まだできる。
しかし、あくまで南極と比べたらの話であって、来るならアマゾンが良かったなんてことは微塵も思っちゃいない。アマゾンなんてネット通販で間に合ってるっつーの! つーかここどこだよ⁉ なんだよペンギンって⁉
…じゃなくて落ち着け俺よ。焦るな焦るな。
さて、と俺は考える。
今どうしてこんな状態になってしまったのかを、よく考える。
そうだな、とりあえず昨晩のことから順に考えてみよう。
1.まず、提出期限が迫ったレポート仕上げるために徹夜をしました。
マジでしんどかった。徹夜はもう勘弁だぜ。
2.でもって、なんとか朝までに仕上がったので少し仮眠をとることにしました。
至福の一時だったなぁ。ほんとあの解放感はヤバい。
3.そしたら、なんと見事に寝過ごしました。バスに間に合いそうにないので慌てて家を出て走り出しました。
ここまでテンプレと言っていい。大学生あるあるだと俺は信じている。ついでに、半端ない大雪にえらく驚きました。
4.猛烈に急いでいたため、普段通らないけど比較的近道のドブ川の橋を渡りました。
普段はバスで通ってるからね。小さい橋だからほぼ通らないんだよね。ちなみ、バスで片道10分ほどなんで歩くと30分はかかる。走るとそれなりさ。
5.カラスが猛スピードで突っ込んできて、ビビッて足滑らせて川に落下しました。
ホントなんだよあのカラス! なんの恨みがあって俺に突っ込んできたんだよ。おかげレポートやら服やら何やらが全部台無しになっちまったじゃねぇか! どうしてくれんだ!
6.気が付いたらペンギンになって森にいました。
事実は小説より奇なりってやつかな。俺も成人を迎えて大人になったつもりだったが、まだまだ人生経験が足りなかったようだ。参った参った、はっはっはっ。
いやいやおかしいだろ! なんだこれ⁉ この中のどこにペンギンになる要素があったんだ? 1~4の完璧な流れからの5の面白エピソードでオチはついてるだろ。
俺の人生における笑い話ランキングでも上位に入るレベルだぜ? なんで6とかいう追加シナリオが付いてくるわけ? なんでペンギンなわけ? 説明できる奴がいたら今すぐ出てこい。
もしドッキリ大成功なんて看板もってやがったらこのクチバシを思いっきり突き刺してやる! さぁ出てこい!
…出てきてくれたっていいのよ? 出てきて下さいお願いします! もうこの状況を説明できるやつがいたら誰でもいいからお願いします‼
…わかってたさ、そんなこと。これが夢や冗談だっていうならとっくにネタ晴らしされてもいい頃合いだ。
マジ勘弁してくれ。頭の処理が追い付かなくて、体動かねぇよ。
日はまだ出ているので、今が夜ということはないだろうが、木々に覆われていてイマイチ日差しが入ってこない。これからさらに暗くなるんじゃないかと思うと、何か行動を起こすなら今のうちなような気もする。
どういう経緯にしろ、これが現実だということならば考えなければならないことがある。
どうすれば元の姿に戻れるのか? である。
あまりにも漠然としているが、漠然とこの地にペンギンとして立っている身としてはこれでも精一杯なんだ。なんでもいいから誰か慈悲をくれよ。
そう思いながらも、俺は川の流れをただただ見つめるばかりだった。