始まり
肌に突き刺さるような冷たい水の中で、こうなってしまった一番の原因は何だったのだろうかと考えると、一つには絞り切れないなと俺は悟った。
昨晩から降り続けていた大雪に足を取られたのも不運だったし、突然のように俺目がけて飛んできたカラスも勝手と言えば勝手だろう。こんなベタな展開を寄越した神様ってのがいるなら、そいつも意地が悪いってもんだ。
だがまぁ、結局は俺が悪いんだろうな。
こうなることなら、もっと早くレポートを仕上げて提出するべきだった。
であれば、「慌てて橋を渡ろうとして、突っ込んできたカラスに驚き飛びのいて、冷え切ったドブ川の中に身を落とす」なんてヘマははしなかったはずだ。
体からはどんどん熱が失われていた。辛うじて息を止めてはいるが最早限界に近く、気を抜くと口の中にどんどん水が流れ込んでくる。
ダメだダメだ。こんなこと考えている暇があったらどうにかして水面に顔を出さなければ!
だが、水中でもがけばもがくほど服やカバンが水を吸って、うまく体を動かせない。
…そもそも泳げないんだよな俺。
あーヤベ、意識が遠のいていく。そういや昨日、レポートを仕上げるために徹夜したんだったな。そりゃ頭もボーっとしてくるってもんだ。
…クソったれ。体寒すぎて指一本動かせねぇ。このままどうすることもできずに沈んで、死ぬのか俺は? 『カラスにビビった大学生、冬川に転落して溺死!』なんてバカみたいなニュースが流れるっていうのか? 間抜けにも程があるだろちくしょう!
つーか、いつになったら俺の体は川底に到達するんだ? もういい加減、足ぐらい着いたっていいんじゃねぇの? この川ってそんなに深かったっけ?
――ダメだ。眠い、寒い、痛い、苦しい、辛い。
意識が、光が遠い。もう…息が…続かない。
限界…、だ。
それを最後に俺の意識や思考や体の感覚の全てが。
途絶えた。
…かのように思われた。
気が付くと水中でもはっきりと目が見える。体も嘘のように寒さがなくなり、水の抵抗を感じさせない。両羽をはばたかせながら、足先で自由自在に方向転換ができる。
…羽?
何が何だかわからんが、とにかく水面を目指すことにする。瞬間、まるで自分の体が魚雷にでもなったかのように加速した。すごい勢いで光さす水上へと体が飛んでいく。泳げなかったはずなのに、体のどこをどう動かせばいいのか直感でわかる。
ってちょっと待て? この勢いでいったら川を飛び出してコンクリの堤防に頭から突っ込むんじゃ…。
そう考えたのも束の間。俺の体は凄まじい勢いで水上へと打ち上げられていた。
眼前のコンクリートの壁を思い、目をつぶる。
しかし、壁に当たるより早く、地面に腹から着地した。土の暖かな感触が膠着した体の緊張を解いていく。
…土? 地面だってコンクリはずだ。
恐る恐る目を開けて回りを見ますと、そこはなぜか辺り一面木々や草花が生い茂っていた。
一言でいうと、森だ。
川に落ちる前まで目にしていた大雪やら橋やらカラスやら、それどころか、人工的な建造物が全く見当たらない。
完全に森だ。密林と言っても差し支えないかもしれない。
何がどうなってんだ?
そう思いながら、クチバシと羽を使いながら体を起こし、二本の脚で立ち上がる。
…クチバシ?
思わず後ろを振り返る。背後には透き通った水が流れる川があった。無論、俺がさっきまで落ちていたドブ川とは違う。透き通るくらいに綺麗な川だ。
その水面に映し出された自分の姿を見て、俺は違和感の正体に気が付いた。
白と黒のカラーリング。魚を食べるであろう小さなクチバシ。泳ぐことに特化した羽。体を守る厚い羽毛。人間と同じように直立できるゴツい足。
その姿は紛れもなく――ペンギンだった。
そう、俺はペンギンになっていた。
久しぶりに書きます。
ほぼノリですが、完走目指して頑張ります(震え)