主、記念日を祝う
「むかし、大きな桜の下である男の子がずっと祈っていました。その男の子は自分の妹が悪い事をしてしまい、この桜に妹にかかる罰を軽くしてほしいと祈っていました」
「妹さん、可哀想……」
少し薄暗い部屋でパチパチと音を立てながら、火のついた暖炉の前に座るふたりの少女。
一人は本を持って二人共に見えるように開けている。その本には木の下で目を瞑り手を合わせる少年が描かれていた。見ている方はそれに釘付けになっている。
「男の子が毎日毎日何度も祈っているとある日、桜の神様がでてきました。『お主の妹、その罪は天で許される。地上では許される事はないだろう。それに我に出来ることと少ない』と桜の神様は言いました。
男の子はそれでも良い、せめて妹がやった事、それを全て聞きたい、協力してほしいと神様に願いました。桜の神様は『我を従えるとは小さきながらも大それた事を願うのだな』とははっと笑いながら願いを叶えるために一つの指輪へと姿を変えました――」
◇
「ハクア、誕生日おめでとう」
いつもは伯爵家ユヴェーレン家の当主であり、無愛想で包帯グルグル巻きの姉クリアが発した言葉は流石のハクアにも少なからず衝撃を与えた。数泊おいて現実を把握したハクアは目尻に涙を貯め、クリアに抱きついた。
「姉様、ありがとう…!」
「ほら、ハクア。これ誕生日プレゼント」
そう言いながらクリアが手渡したのはひとつの栞とハクアの大好きなひだまり童話館の絶版になったはずの本だった。幼きながらも読書家のハクアは読みかけの本にはどうしようかとぼやいていたのをクリアは聞いていたのかな…とハクアは察する。
ひだまり童話館の本、実は彼女が先日童話館に赴き働いた結果手に入れれた絶版の本である。
「姉様、これ一生大事にする。ボロボロになっても使う」
ハクアはよく言葉を区切る特徴的な話し方をするが今日は何故か繋げて言う事が出来るようだ。
「そう言ってくれると嬉しいよ」
包帯で表情は分かりにくいが口元が笑っているクリアにハクアも釣られて笑った。
その日は使用人全員からおめでとうと祝ってもらえた。中にはお金はギリギリしかないのにプレゼントをくれる使用人もいた。許婚のサラは大量の花を自分の足で運びに来た。とにかく、嬉しい日だった。殆どの人は。
◇
コンコンと響きのいい音がする。「どうぞ」と返事をする部屋の主。相手は部屋に入る。
「お嬢様、今日は記念日ですね」
蝋燭の灯りに姿を照らされた執事ミカ。ベッドの上にはクリアがいる。
「そうだな。お前と私が出会って二年目…。二年目の今日、父様と母様、それに前任の執事を亡くしたばかりのこの家に突然お前は現れた。そして、ここで働かせてほしい、と。前任の執事とそっくりな風貌をしたお前は縄で縛られた状態で私に会った。私はその時情緒不安定で部屋に籠もりきりだったが」
「篭った理由は三人方を亡くした悲しみより、突然自分に現れた赤紫色の瞳。前当主からその事を聞いていた貴女は当然隠すために部屋に引きこもった」
互いの思い出話を語るように喋る二人。だが、話の内容は一つの出来事に聞こえる。
「執事不在のこの屋敷はほぼユウラ一人によって廻っていた。お前は私が直々に採用した為、半年の見習い期間を設けて執事へと昇格した。
……こんなにオロオロする執事なんてお前だけじゃないのかミカ」
「す、すみません……。元々こういう性格でして…」
目を伏せ、困ったような顔になるミカ。
『いい思い出話だね。でも、君達はまだ知らないこの物語の続きを』
風に紛れるように聞こえたその声は所々聞きにくかったがそう聞こえた。二人は周囲を見渡すが特に誰もいない。
「もう私は下がりますね。おやすみなさいませ」
「あぁ…おやすみ」
ミカが下がったあと、クリアは一人俯いていたがやがて布団に潜った。その数分後、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
◇
ぱたんと本を閉じたボクは木に座り考えるフリをする。ボクはこの世界で起きた事はなにもかも知っているから考えなくても分かる。
『ヒトは誕生日や記念日を大切にする。理由は何故か?多分、思い出を残したいのかな。これはボクに少なからずある分からないことの一つだ。ヒトはだれしもいつか死ぬ。でも死んだあともなにかと記念日として残す。なんとも引きずるものだね。それならば一日一日を大切に、記念日は特に大切にするのがいいのかな。
桜の神様にはあの時の少年同様に分からないや。クリアさんもその執事も。
彼らの物語は終わりの予兆を見せない。まだまだ楽しめそうだね』