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「話題がない」

わだいがない 18

伴田君の場合 


「好きまでいかなくてもさ!いいなぁって思っても、会い続けられなきゃ終わりなんだよ。継続が大事なんだよ、何事も。」

 友人が酒の席で言った言葉に俺は大きく頷いた。


「伴田、お前、いま、なにやってんの?仕事。」

友人の一人が聞いた。

「俺?高校生の塾の短期講師。」

すると、身を乗り出して、もう一人の友人が言う。

「おおおおー、格好いいな。いいねぇ、まわり若い女の子とかばっかりじゃん。」

普通のサラリーマンをしていない俺にはサラリーマンの社会がどんなものか知らないが、逆もしかり。

「いや、若すぎだし。どっちかってーと、ガキどもだし。男女両方いるから。」

「なに、女の子からの先生好きーとか、告白ないのか?あるんだろ?いいねぇー、このぉ。」

「あっても、答えられないだろうが。」

「そうそう、商売相手だし、商品だしな。」

「卒業したら、手を出してもいいだろう?本人が嫌じゃなければ。」

友人はまだ粘る。それに俺は苦笑いするしかない。

「卒業したら、来ないよ。」

「そうなの?全然?」

友人は目を丸くした。

「いや、ここに受かりましたーって報告には来るし、そのあと食事くらいには誘われるけど、ガキつれて飲み屋に行くわけにもいかないしな。それで終わりだ。」

「えー、もったいねぇー。」

「ああ、それはうちも似たようなもんかな。」

友人が言う。

「おまえは、なにやってんの?」

「車の免許の教員。」

「おおおー。でも車離れがどうとかで客いんの?」

「いるいる。基本的には老人たちがね。学生が休みのときはあふれてるよ。」

「いいなぁ、若いのばっかりで。毎回、入れ替わるし。」

友人は鼻でふんっと笑った。

「どこが!ガキども、学科は静かだけど寝てるし、演習中はふらふらしている車に乗せられて、毎日急ブレーキの餌食だよ。怒鳴れば辞めちまうし、和ませようと怒りをこらえて、笑顔で話しかける俺の気持ちがわかるか!」

そう友人は言いながら、ぐぐっと酒を飲む。

「やっと運転にも会話的にも慣れたころに卒業で、はい、さよなら、もう会えません、だしな。」

「おい、そんなに飲んでいいのか?」

「いいんだ、明日は珍しく休みだ。家で寝てる。」

「寝てられるだけいいね。俺なんか、宿題の添削が待ってるよ。」

「家に、仕事を持って帰っていいのー?」

「いいわけないだろ、自主出勤だよ。」

「本当はさ、でかけたいんだよ?車に乗って、ドライブとかさ。いないけど彼女とか隣に乗せてあっちこっちと見たいわけ。」

友人はまだ話している。

「だけどさ、教員が事故を起こしましたとかさ、スピード違反とかで捕まりましたとかさ、ホント、シャレにならないじゃん?」

「そうだねぇ。クビだねぇ。」

「いいなぁと思った子がしてもさ、話せるのは数回でさ。卒業すると会えないしさ。かといって、俺の一存で卒業を伸ばすわけにもいかないしさ。」

友人は酒をなみなみと注いでは飲んでいる。

「わかる!」俺は頷いた。

「わかるの?!」友人が目を丸くする。

「生徒に手は出せないし、たまにきれいな人に会って、会釈されて舞い上がれば生徒のお母さんだったり。事務に可愛い子が入っても、彼氏付きだし。彼氏がいなくても、手を出して、別れることにでもなったらどっちかが仕事辞めなきゃいけないし。」

「あーそれで、この間事務の子が辞めた。じじいの同僚が婚約してさー。」

「じじいの同僚って……。」

 友人が俺を見つめて言う。

「お前のところも、そうだろうけど、うちの職場は、最初からずっとこれだけで飯を食ってるっていう人が少ないんだ。タクシー運転手やっていましたとか、脱サラしましたとか、この間来た新しい先生なんて、45歳過ぎてるけど、うまいよー運転は当然だけど、話とか。」

「話が必要なの?」

「いるよー。」オレが言う。

「どんなに興味のない子だって、生徒だからさ、どこが苦手なのか把握しないと教えようがないだろ。必死でコミュニケーションだよ。」

「そう!中には返事とか一切しない生徒とかいるし!逆に話し好きなのはずっと周りにいて、仕事進まねぇし!学科の授業前とかホント勘弁してほしい。」

「最初のころはねぇ、俺もどうやって教えようかっていう自分のことだけでいっぱいいっぱいでほとんど生徒とは話せないんだけど、最近やっと慣れてきたよ。」

「慣れても慣れても、結局短い間でだぁーれも傍には残んないんだよねぇ……。あー、合コンとかやりてぇ。」

「俺も。だけどさー、昔の教え子とか来たら怖くねぇ?こっちは覚えてなくても向こうは覚えているもんなぁ。」

「やっぱり、覚えてないもんー?」

「俺たち一人でどんだけの生徒の人数を担当すると思ってんだよ。よっぽど印象に残んないと覚えないね。まぁ、覚えても会えないんだけどー。はぁ。」

俺はふと友人の台詞にひっかかった。

「お前、いまの教習にいいなと思っている生徒でもいるのか?」

「……なんで?」友人は水を少し飲んだ。

「あーいるんだー。いくつー?どんな子?可愛い?」

「いや、いないし。」

友人は水を飲み続けている。俺は、ビール瓶を片手に微笑んだ。

「ささ、もう一杯、飲もうか。」

「いや、いいよ、飲みすぎは体に良いないし。」

「いーから、水禁止!可愛い?いくつー?あーでも、そうしてみると教える側のほうが有利かも。」

「は?なにが?」

「いや、調べりゃ、年齢とか家族構成とか家の場所とか電話番号とかわかるもんね。」

「個人的に見られるわけじゃないんだから。そりゃ、調べられないことはないけどさ。一応、個人情報だし。それに相手にもなんで、知ってるの?って思われたらやばいだろ。」

「まぁねぇ。でも見たでしょー?」

「見てないよ!」 

友人は慌てて弁解している。本人は知らないようだが、こいつは嘘をつくと鼻が少し膨らむ。どうやら、見たらしい。

「しかし、実際には仕事しながらの彼女って大変だよなぁ……。」

 俺はそのサインを見逃さすことなく、話を進めた。

「そう?」

「いや、お前は土日休みだからいいよ?社内恋愛じゃなきゃ休みも疑われずに、取れるしさ。俺たちはなぁ、土日も仕事だしな。それも朝から晩まで。急に休みになっても相手が休みとか限らないしな。その相手、土日休みだって?」

俺が聞く。

「いや、いま、仕事探し中だって。」

「いるんじゃん。いいなって人。」

「いーの。どーせ、卒業したら会えないの!いまだけの夢だ。はぁー。」

友人がため息をつく。

「それこそ、卒業したら、合コンしません?とかダメなの?」

「まじめそうな子なんだ。合コンとか行ったことなさそう。」

友人は隠すのをすっかりあきらめたのか、ぽつぽつ話す。

「じじいが婚約したって言ったじゃん?それがさ、本人から聞いたんだけど、相手が前の学校の教習生だったらしくって。」

「おお!」

「たまにいるよな、生徒と先生って。」

「いるんだけど、なんで俺にはできないんだろー。ほかの結婚している先生たちは愛妻弁当だし、休みの日に会うのも同じ教員メンバー同士とかで出かけるし。彼女、欲しいんだー。結婚とかしてみたい。」

「お前、彼女いただろ?3年くらい前に。」

「いたけど、振られた。それから全然。」

「いっそのこと、そのまじめな子に、嫁に来ないかって言ってみれば?」

「ばーか。言えるか!」

「この間、合コンした子といい感じだったじゃないか。」

「だめ、教員って言ったら、勤めてるところに行ったら安くしてとか、あまい点数つけて、とか。」

「俺も講師だって言ったら、賢そうだけど、理屈っぽそうって言われるし、彼女より生徒中心でしょって言われるし。」

「極め付けには、教員なんか毎年若い生徒が来るから遊んでそうとか言われるし!そんな暇、ねぇよ!努力してしゃべれるようになったのに、口がうまいとか、仕事だからに決まってるだろうが!ああー、なんでわかってもらえねぇかなぁ……。」

「そういや、お前はどうなの?彼女とは」

 俺はもうひとりの友人に話を振った。彼は頭をぽりぽりかきながら言った。

「オレ?いやー、そろそろプロポーズかなぁと。」

「お!」

「あああ!こうして、独身が減っていくんだ。ちくしょー。」

「でも、ほらまだ指輪も買ってないし、返事もどうなるかわかんないしさ。」

「学生時代から彼女だっけ?」

「うん。ま、長くいて楽だしね。そろそろいいかなぁって。」

「いいなぁ。オレも結婚したい。」

「だから、そのまじめな子に、言ってみれば?

いや、いきなり結婚は無理でも交際からはどうですか?って言ってみれば?付き合わないことには、どうしようもないしー。振られてももう会わないしー。」

「うーん……。」

友人は真剣に悩み始めた。どうしよう、来年は俺だけ独身かもしれない……。


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