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神様は私のことが嫌いなんでしょうか。
あれですか。信じてないからですか。信じてないくせに自分の都合のいい時だけ祈るから怒っちゃったんですか。それなら謝りますから、目の前の人をどうにかしてくださいお願いします。
「オタク? 別に気にしないよ」って言われた後、そんなはずあるか、と思い延々とオタ話してやったんだけど、氷室君ときたら嫌な顔一つせずニコニコと話を聞いて「俺もその漫画持ってる」「アニメ見てたよ」って話に参加してくる始末。
もちろん、イケメンが漫画読んでアニメ見た話するのが悪いとかそんなことは思ってない。シンジ君とカヲル君やばいよね、って語ってきても問題ない。むしろ歓迎だ。だって話が弾むのだ。一方的な語りにならないのだ。
考えてみよう。オタクであることを打ち明けて、それが受け入れられた。全くどこにも問題点が見当たらない。諸手を挙げて喜ぶべきだ。しかも受け入れてくれた相手はイケメン。あれ、神様に愛されてる? なんて思っていいレベル。
けどもっとよく考えてみてほしい。そもそもの前提条件がおかしい。私はオタクであることを受け入れられたわけじゃない。向こうが先に知っていてそれ込みで好きだなんだと言ってるのだ。話してて分かったことだけど、氷室君はオタクではない。普通のイケメンだ。
さらに、氷室君と私は火曜日の昼休みが初対面なのだ。その証拠にあの時彼は間違いなく名乗っている。私のことをどうして知ってるの、なんて馬鹿なことは聞かないけど、いくらでも知る機会くらいあるだろう、それでも腑に落ちないところは多々あるのだ。矛盾してるわけじゃない。納得できないのだ。
氷室君が私を好き? 冗談でしょう? と思えて仕方ない。
何故か。
すぐに思いつくのは、氷室君が「好き」とだけしか言わないこと。どうして好きなのか・いつから好きなのか。情報が不足している。
ただこれに関しては私は詳しく知りたいと思っていない。一応聞きはしたけど、別の意味に捉えられて結局うやむやのまま。今となっては別に必要だと思っていない。どうしてか。
それはやっぱり、私が氷室君に対して恋愛感情を持っていないからだろう。好きじゃないのだ。
「好きだ」と言われたら照れるし、手を握られたらドキドキするけど、それって「好き」なことによる反応じゃない。だって相手はイケメンだぜ? 恋愛偏差値底辺の私が、イケメンに迫られて平常心ですって方がおかしいでしょ。
そして最後。
氷室君は今現在、私に「好き」を求めていない。どうやら口説き落とす気らしい。ゲームじゃなく。
私が自発的に好きになることを期待もしていない。
全く、よくわからない人である。
「普通、好きだから付き合うんじゃないの?」
「だから彼氏にして、って言っただろ?」
それは、氷室君が好きってだけじゃないか。一方通行ですけども、いいんですか。
「私としては、こう、好き同士が付き合うほうが自然だと思うけど。私たちの場合、友達から始めたほうがいんでない?」
「でももうめぐみは了承してる。俺を彼氏にする、って」
ひらひらと、一限に筆談してた紙をちらつかせられた。【わかった】と書いたあと、すぐさま紙は氷室君に回収された。言質のつもりらしい。
「撤回は認めてないから」
「……しないけど」
そこについては、もう、しょうがない。書いてしまったのは事実で、全面的に私が悪い。向こうは悪いとこれっぽっちも思っていないけど。
「めぐみは押しに弱いな。ちょっと心配だ」
「君が言えることじゃないよ……」
「君、じゃない。兵助、だ」
「……兵助」
「そう。それでいい」
満足そうに頷いて、追加注文のコーヒーを飲んだ。
安西先生が「諦めちゃダメだよ」的なことを言っていたけど、これはどうなんだろう。
氷室君が彼氏になることに反対する理由が弱い。というか多分客観的に見ると理由がない。「イケメンの彼氏が出来て何が不満なの!!」いやその通りですよねぇ。でも好きじゃないんだよ。嫌いでもないけど。
だって前までは何にも関わりなくって、知らない人だったのに。それなのに「好きだ」と言われたからって私もすぐ好きになるとかそんなことはない。「付き合っていれば好きになるかもしれないよ」それはありえる話だけど、結局「かもしれない」のif話だ。好きにならないことだってあるだろう。
そんな状態で付き合ってたってお互いにいいことなんかない。特に氷室君には。でもそれを言っても氷室君は譲らない。頑として譲らない。そして終いには「じゃあ俺を好きにさせるから」なんて言い出すのだ。
「頑固だなぁ」
「めぐみも大概だよ。いいんだよ? 今すぐ好きになって。むしろ大歓迎」
「無理だよ」
「じゃあゆっくりでいいさ。俺もゆっくりやるよ」
氷室君が「好き」というのは悪くない。それを否定するのは嫌だ。それがどんなに一方的だろうが、気持ちはその人の自由だ。そして、気持ちを成就させるために頑張るのだってもちろん、悪いわけがない。それは当然のことだ。
好きな人に振り向いて貰おうとするのは当たり前だ。応援するよ。それが私じゃなければよかったんだ。氷室君が嫌なんじゃない。嫌いなわけでもない。……何でだろう、何か私が我侭言ってるみたいだ。駄々をこねてるみたい。
誰に話したって「付き合っちゃえよ」って言われるに決まってる。あ、もう付き合ってるんでしたっけ。じゃあ「好きになっちゃえよ」かな。……好きになれないから困ってるんでしょうが!!
「よーし、じゃあ私今日から氷室君大好きになる!」って言ってなれるか、っての。無理無理。私そんな心の作りしてない。元々狭いスペースの心に無理やり氷室君が入ってきて息苦しい思いをしているのに、そんな簡単に容量増やせません。
「もしかして、恋愛は気の迷い、とか言っちゃう?」
「通用するなら言うけど。大体それ、モテない厨二の常套句だよ。あ、私当てはまるか」
「めぐみは俺にだけモテてればいいんだけどな」
「とりあえず、そんなこというのはひむ、兵助だけだね」
「それはよかった。一安心だ」
馴れと言うのは恐ろしいもので、この短時間で思考回路が一回ショートした私は諸々を吹っ切れていた。つまり、氷室君の言動に対する多少の耐性がついたのだ。うん、人間は進化する生き物だからね。
どうせしばらくは一緒になることになるのだ、馴れておくに越したことはない。一々顔を赤くしてたんじゃやってられない。
私って順応性高かったんだなぁ。そう思っておこう。