いざ、尋常に勝負! できない
結局、どうもしないことにした。理由はまぁ、わかってもらえるだろうけど。昨日一日考えて思考を爆発させかけた結果、疲れてしまったからである。というより、考えても仕方ないというか、答えがないというか。よくよく考えてみれば、別に一所懸命考えて挑むべき問題じゃねぇな、と・行き当たりばったりでもいいんでない? と思ったわけだ。
しかも、これで今日何もなければ、ほぼ半日考えさせられた私が非常にいたたまれない。
「おはよー」
案の定、である。開始10分前くらいに教室に入れば、まばらに座っている人の中に友人を見つけ、隣に座る。
「おはよ。休むと思ってた」
「何を言いますか。出席超大事。昨日のは、そう、私たちには理解できないお遊戯の一貫だったんじゃないか、って結論に」
「え、あの後一体何があってそんなひねくれた話になったの?!」
「いや、よく考えた結果だよ? そう間違ってないと思うんだよなぁ」
「違うと思う。……昨日さぁ、めぐみが帰った後もみっちゃんに話聞いてたんだけどさ……あ」
「ん?」
「来たよ」
顎でさされた先を見ようとする前に、隣の席に人が座る振動がした。別に珍しいことでもなんでもないけど、つい見てしまうものである。そしてその方向が友人に示された方でもあることだし。
そうして振り向いた。
「おはよう、工藤さん」
朝からイケメンの笑顔って消化不良を起こしそうです。いや、違うか……単なる私の気持ちの問題か。
「……おはよう、氷室君」
「昨日の、考えてくれた?」
考える余地のある聞き方だっただろうか。そこら辺よく考えてほしい。……言わないけど!
「昨日の、ね。そう、だね……」
ちらっちらっ、と友人に目をやるけれど、一切視線が合わない。終いには『後は全てご本人にお聞きください』とメモを寄越し、一人教科書を読み始めた。ものすごく他人オーラが出ている。マジふざけんな。
「どう? 俺を彼氏にしてくれる?」
「いや、その……。あ、あのね。聞きたいことがあるんだけど!」
「何? 何でも聞いていいよ」
色々あるっちゃあ、ある。少しでも会話を長引かせて結論を先延ばしにしたい。
でもそんなに氷室くん自身について知りたいわけじゃない。何か知ったら知っただけ深みにはまりそうで嫌だ。
何から聞くべきか迷っていると、先生が教室に入ってきた。騒がしかった教室が徐々に静かになっていく。あれ。完全にタイミング逃したっていうか今日は隣にイケメン置いて授業受けるのか怖いわ。
ありゃーとやっちゃった感はあるけれど、これで90分は授業に集中してれば安泰だ。……普段は寝たりとか本読んだりとかで全く授業聞いてないんだけど、隣に人がいると何かそういうの出来ない。特に寝たくはない。
たまには真面目に授業受けてもいいか、と考えていると、隣からルーズリーフが差し出された。一番上に【これに書いて】とある。氷室君から差し出されている。そうですか、筆談しろ、と。
まぁ話すよりは気が楽かもな、と思い、素直に受け取る。しかしイケメンっていうのは字も綺麗なものなのか。男子にしてはとても綺麗で読みやすい。私の一個下の弟なんてそれはそれは酷い字を書くのだ。ミミズののたくったような字ってよく言うけど、そんなのミミズに失礼だってくらいには酷い。
【どうして昨日、私にあんなこと言ったの?】
気楽とか言ったくせに、あまり上手くまとまらなかった。
まぁいいか、と思い右にスライドさせた。
返ってきた紙を見て、氷室くんは少し首を傾げ、左手にペンを持った。……左利きか。そのままさらさらっとペンを走らせ、また紙がこっちに来る。
【工藤さんの彼氏になりたいから】
う、うーん。そ、そうか。どんな反応すればいいのかな。照れればいいの?
【何で?】
【好きだから】
あ、あれ。これはよくない。何か私の精神に著しくダメージが蓄積されていく。いやだって、イケメンに文字でとはいえ「好き」って言われると、ねぇ?
【とても有難いんだけど、その、好きになってもらえる事に覚えがないんだけど】
【そういうものじゃないの? 好きになるのって理屈じゃないって言うし】
【じゃあ、そうだとして。それにしても昨日のはちょっと、その、あまりいいとは思えないんだけど】
【それは、俺も少し反省した。あの後友達に怒られたし。でも、どうしても工藤さんの彼氏になりたいから】
【まずは友達からっていうのが定石かな、って思うんだけど】
【そうなんだろうね。けど絶対、そんなの我慢できない。工藤さんが俺のこと好きじゃない、ってことは分かってるよ。それでもいいから、付き合ってたら好きになることもあるだろうし、お試しって感覚でもいいから】
【いやでもそれは氷室君に失礼じゃない?】
【全然そんなことない。だから俺に彼氏の地位をください】
そうは言われても。
何ていうかイケメンにこんな下に出られてお願いされるとものすごく断りづらい。何か文字も必死というか。さっきから氷室君、前じゃなくて私見てるし。超見られてるし。右からのプレッシャーが半端ない。
「……お願いだから」
小声でぼそり、と耳に直接攻撃された。
あ、ダメだ。断り方忘れた。あれ、断るってどうするんだっけ。
ペンを持つ手を軽く握られる。う、わぁ……手大きい。じゃなくて。
一つ勘違いしてほしくないのは、私はノーと言えない日本人じゃないということだ。そう。私は断れる人間である。うん。断れる断れる、はず、なんだけど……。
【わかった】
いつの間にかルーズリーフにはそんな文字が。間違いなく私の筆跡である。少し字が震えているけど。
あ、あれ。いつの間に!
握られたままの手を撫でられ、氷室くんを見る。……見るんじゃなかった。少し顔を赤くして、照れくさそうに控えめに微笑んで私を見ている。なんでそんな顔をしているんだ。何でそんな幸せそうなの。
もしかして私、間違ってた?