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第九話 元カノ

時間の流れは速いですが、話の展開は遅いです。

波乱万丈なストーリーではないので、ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

 

 

 

「誰?」

 

 打ち上げ会場の奥座敷は次第に静かになっていった。

 見知らぬ来訪者にサークル部員の半数以上が戸惑いの表情を浮かべる。

「小塚せんぱいっ!?」

 沈黙を破ったのは楢崎だった。続いて三年生の男子たちが驚きの表情になる。

「小塚先輩ー!? え、ホントに?」

「お久しぶりですー!」

「いつ帰ってきてたんですか!?」

 男子学生たちの質問攻めにあった女性はにっこりと笑った。

「夏には帰ってきてたのよ。今はこちらの大学院に編入させてもらって通っているの」

「どうして知らせてくれなかったんですか!?」

「そうですよー」

「ごめんねぇ。だってみんな大学祭の準備で忙しいっていうのはわかっていたから、大学祭が終るまで待ってようと思ったのよ。そうすればゆっくりと会えるじゃない」

「そっかあ」

「まあ、言われてみればそうなんだけど」

 と、三年生たちは納得したように頷いたが、一、二年生には話が通じない。

「あのっ!」

 そこで一、二年生を代表して、朱莉が手を挙げた。

「三年生の先輩達だけがわかってて、私達にはわからないんですけど、こちらの方はどなたですか?」

「あ、ああ、彼女は…」

 我に返った山沖が彼女を紹介する。

「一、二年生は知らないのも当然だけど、彼女は小塚沙織こづかさおりさん。うちの先輩で、俺たちが一年のときに語学の勉強でアメリカに留学したんだ」

「はじめまして」

 沙織は艶やかに微笑んで軽く頭を下げた。

「小塚先輩…、どうして今日はここに?」

 山沖が言葉を選ぶように彼女に訊ねた。

 麻里子はふと軽く眉を寄せた。先ほど驚いた顔で呟いた山沖は彼女のファーストネームを呼び捨てにしていた。無意識だったはずだ。なのに、今は意識的に「小塚先輩」と呼んでいる。

 間違いない。きっと彼女が山沖の、以前付き合っていたという女性なのだ。

 年上だったとは知らなかった。

「だって大学祭の打ち上げはいつもここじゃないの。ここに来れば会えると思ったのよ。ねえ、雅也」

「ちょっ、なにそれー?」

「雅也って…山沖先輩のこと、名前で呼ぶような仲なんですか?」

 女子学生たちの中には悲鳴のような声をあげる者や、興味津々という顔で訊ねてくるものもいる。

 しかし、それには微笑んだだけで何も答えず、沙織は山沖に話しかけた。

「ねえ、雅也、私もお邪魔していいかしら? せっかくサークルの後輩さんたちもいるんだもの。話がしたいわ」

「いいですけど…そろそろここはお開きなんで…」

「あのっ、よかったらここへどうぞ」

 麻里子はサッと立ち上がった。ここは元々自分が座っていた場所ではない。

 ぎょっとした山沖の顔がチラリと視界に入ったが、そそくさと場所を譲る。

「あら、どうもありがとう」

 沙織は麻里子に好意的な笑みを浮かべて、有無を言わさずに座り込んだ。

「雅也、お母さまの具合はどうなの?」

「っ…その話はまた後で」

 その場を離れようとした麻里子だったが、沙織の言葉に足を止めた。

 どういう意味だろう?

 山沖の母親の具合とは。

 普通であれば元気かと訊ねるだろう。しかし、彼女は具合と訊いたのだ。体の容態を訊ねているようにしか聞こえない。

 ついこの前まで山沖の母親に数回は会っていたが、病気のようには見えなかったのに。

 山沖に訊ねようにも沙織がしきりに話しかけているので割って入れない。

 また今度訊いてみてもいいだろう。

 諦めて元の席に戻る。

「ちょっと~、マリってば、いいの?」

 自分が元いた席に戻ると、朱莉は不服そうに小声で言う。

「あの人って、山沖先輩の元カノじゃないの?」

「シュリちゃんもそう思う…よね?」

「当たり前じゃない。勘のいい人なら皆気づくってば。なのにマリったら、なんで隣を譲るかなあっ」

「だって、今つきあってるわけじゃないんだもの。それに、久しぶりみたいだし、お話でもしたいかと思ったから」

「あの彼女のほうがヨリ戻したがってたらどうするのよっ。…まあ、山沖先輩のほうはそんなこと思ってもいないだろうけど」

 麻里子はチラリと山沖たちのほうを見ると、ため息をついた。

 すごく綺麗な人だ。

 目鼻立ちがハッキリしているし、メイクも決まっている。今流行りの服を着こなす肢体はほっそりとしていてモデルのようだ。麻里子も背はそう低くはないが、彼女はもっと高い。

 そんな麻里子を見ていた朱莉はこっそりと言った。

「マリは二次会に行かないからどうしようもないけど…、二次会のことは明日報告に行くね?」

「うん、わかった。ごめんね、シュリちゃん」

「いいのよぅ…。にしても、じれったいったらっ!」

「?」

 何がじれったいのだろうと思ったが、自分のことなのだろうなと思うと朱莉に申し訳なくて身を縮こまらせるのだった。

 

 二次会の会場へと移動するために居酒屋を出ると、店の前にシルバーの国産高級車が停まっていた。

「麻里子」

 車のボディに軽く身を預けていた背の高い青年が麻里子を見つけて手招きする。

 黒のジャケットに細身のジーンズを身につけていると、とても二十代後半には見えない。

 理一郎によく似た顔立ちは少しだけ柔和だ。

 七歳年上の従兄に呼ばれて近づいた。

「拓海兄さん」

「残念だろうけど、おまえはもう帰るんだ」

「はい」

 家が遠いこともあるし、門限があるのだから仕方がない。

 聞き分けのよい麻里子の頭を拓海はぽんぽんと叩いた。

 そこへ朱莉が満面の笑みを浮かべて近づいてくる。

「拓海さんっ! お久しぶりです」

「朱莉ちゃん、ご無沙汰だねぇ。たまにはうちに来てる?」

「はいっ、明日は遊びに行きますのでよろしくお願いします」

「そうなのか。じゃあ、明日は朱莉ちゃんの好きなケーキを用意しておかなきゃな」

「えーっ、本当ですか? ありがとうございます!」

 拓海は軽く首を傾げると朱莉に訊ねた。

「朱莉ちゃんは二次会に行くのか?」

「あ、はい。私はまだ大丈夫なので」

「そうか……麻里子、おまえも行きたいか?」

「え? ……」

 麻里子は店から出てきた皆を見回す。一次会だけで帰るのは自分だけだ。

 でも門限もあるし、伯父と約束して家を出てきたのでここで帰らないわけにはいかない。

 拓海は麻里子に年が近いし、理一郎よりも融通が効く性格をしている。行きたいと言えば行かせてくれるのかもしれないが。

「マリちゃんは帰るの?」

「え、二次会行かないの?」

 などと先輩たちの声が聞こえる。

 行きたいけれど、でも……

 山沖を窺うように見ると、何も言わずにジッと見つめている。

 ドキリとしたけれど、隣には寄り添うように沙織が立っている。

 並んで立っていても違和感のない二人。

 胸が刺すように痛んで、慌てて目を逸らした。

「今日は、帰る…」

「そうか」

 微かに俯いた麻里子の頭を拓海は慰めるように再び叩いた。

「伯父さんに約束したし、別にこれが最後じゃないから」

「そうだな。次はちゃんと行かせてやってくれって俺からも頼んでやるよ」

「うん」

 拓海は皆の方へ向いて軽く頭を下げた。

「皆さん、麻里子がいつもお世話になってます。今日はもう連れて帰りますが、また懲りずに誘ってやってください」

「あ、はいっ」

「もちろんです」

「今日はしょうがないけど、次があるわよ」

 長身の美青年の大人の対応に、学生たちは各々で頷く。特に女子学生たちの目つきが変わっていた。

「麻里子、乗りなさい」

 助手席のドアを開けた拓海に促されて乗り込む。

 麻里子がシートベルトを締めている間に運転席に戻った拓海がエンジンをかけると、山沖が進み出てきた。

「気をつけて!」

 拓海はびっくりしたように窓の外を見たが、微笑んで礼のように軽く会釈した。

 麻里子は慌ててウインドウを下げて皆に聞こえるように言った。

「お、おやすみなさい!」

「おやすみ」

 軽く手を挙げて微笑む山沖に、麻里子も何故か安堵して微笑んだ。

 朱莉も一歩踏み出して声をかける。

「マリ、明日ね!」

「うんっ」

 車が静かに発進する。しばらく後ろを向いて手を振っていた麻里子だったが、店が見えなくなってから姿勢を戻す。

 車をしばらく走らせて大通りに出たところで拓海が声を立てずに笑った。

「あれが山沖くん、か?」

「え、なんでわかったの!?」

「兄貴に聞いてたからな。たぶん、彼だろうと思った」

「理一兄さんが? なんで拓海兄さんに話すの? というか、何を話したの?」

「それは秘密」

 訳知り顔で笑みを浮かべる拓海の顔を見て、これは何を訊いても喋ってはくれないだろうなと察して早々に諦めた。

 理一郎といい、拓海といい、一筋縄ではいかない性格をしている。そうでなくては、瀬川本家の男子としてやっていけないのだろうが。

 瀬川本宅に着いて母屋に向かう途中、拓海は麻里子の頭を撫でた。彼は子どものころから麻里子の頭を撫でるのが癖になっている。ちょうど撫でやすそうな頭の形をしているというのが理由だ。

「親父も兄貴も、もちろん俺だって、おまえを束縛する気はないんだよ。ただ、やっぱり心配だからな。おまえのことを全面的に守ってくれる彼氏ができるまでは、俺たちがボディガードだ。和佐が大きくなったら和佐にまかせるが、彼氏ができるのが先かな?」

「そっ…そんなことわかんないわよ」

「そうか? どうやら先は長そうだなあ」

「いいのっ! だって駄目なんだもの…」

 どう考えてもあの人一人。

 好きな人はただ一人。

 決めてしまったら残りは拒絶するしかない。

「……おまえもやっぱり『瀬川』の子だなあ」

 言外の言葉を汲み取ったのか、拓海は笑って麻里子の頭を撫でた。

 




サイトに掲載していたものを加筆修正しています。

改稿でき次第UPしています。

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