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第七話 彼の謝罪

時間の流れは速いですが、話の展開は遅いです。

波乱万丈なストーリーではないので、ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

 

 

 

 それから幾日か経ったある日、山沖はサークル部員の中でも特に麻里子が親しくしていて、なおかつ口の固いメンバーのみを集めて昨夜のことを説明した。

「ええーっ!? やっぱりそういうのっているんだ!?」

「マリちゃんて美人だから羨ましいって思ってたけど、そんな話聞いたらちょっと怖いかも」

「マリ! なんで教えてくれなかったの?」

 朱莉は怒ったような顔で問い詰めてきた。

「ごめん、だって、シュリちゃんは帰ったあとだったし、山沖先輩しかいなかったから…」

「おい、それじゃまるで俺しかいなかったから仕方なくって聞こえるぞ」

「ち、違いますよ! もうっ、どうしてそんな風にとるんですか!」

「でもさ、山沖くんが残ってて正解だったかもね」

 山沖と同じ三年の女子、三沢が言った。

「この中でボディーガードできそうなのって山沖くんくらいしかいないじゃない?」

「でも、山沖が四六時中マリちゃんにはりついてるわけにもいかないだろ?」

 楢崎は麻里子の身に起きたことが信じられないのか、半信半疑のような顔つきで言う。

「だから、おまえたちに協力を頼んでるんだ。瀬川は学内でも絶対に一人になるなよ。常に誰かと一緒に行動しろ。特に夏休みが明けたら大学構内に人が多くなるだけに、誰がうちの学生かなんて判断がつかなくなる」

「相手は一人なんでしょ? 女子が三、四人もいれば大丈夫だよね」

 一年生だけではなく、二年や三年の女子も協力する姿勢を見せてくれて麻里子はホッとした。

「すみません。ご迷惑をおかけして…」

「何言ってんの、マリちゃん! こういうときはお互いさまでしょ!? 同じ女なだけに気持ちわかるわ~。聞いてるだけで怖いもん!」

「これが嫌な子だったら絶対に協力なんてしないところだけどね。マリちゃんはいい子だもん。それに大人しすぎるから心配」

 世話好きな三沢が麻里子の手をきゅっと握る。

 そこで山沖が手を打った。

「よし、話はまとまったな。しばらくの間、よろしく頼む。もちろん、学祭の準備も進めてくれよ」

 

 

 K大の大学祭は十月半ばに開催される。

 付属高校の学祭が十一月開催のため、かち合わないようになっているのだ。

 学祭まであと二週間となった十月初旬の夕方、麻里子は朱莉とともにサークル棟へと向かっていた。

「なんだかんだと準備も忙しかったけど、そろそろ落ち着いてきたよね」

「うん、はじめに予定を聞いたときは、こんなのできるの!? って思ったけど、できるものなのね」

 手に持ったビニール袋がカサカサと音をたてる。

 二人は学内にあるコンビニまで買出しに行ってきたところだ。

 日が暮れるのがずいぶんと早くなった。

「なんかちょっと風が冷たいね~」

「本当。きっとすぐに寒くなってくるよね」

「うんうん」

「あ、お茶忘れた!」

 ホットのお茶を頼まれていたというのに買い忘れた。

「シュリちゃん、先に行ってて」

 麻里子は持っていた袋を朱莉に手渡した。

 肉まんやあんまんなど、温かいものが入っているので冷めるのはまずい。

「あたしが行こうか?」

「大丈夫、そこの自販機で買ってくるから!」

 少し引き返したところにある自販機には先日からホットの商品が入っていたはずだ。

「じゃあ先に行ってるね~」

「うんっ」

 麻里子は財布だけ持って走りだした。

 だが、このとき二人はすっかり失念していた。

 何があっても麻里子が一人になってはいけなかったのだ。

 すぐそこだという安易な考えもあったし、いままで何事もなく過ぎていたために、気が緩んですっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 麻里子は目当ての自販機にたどり着くとホットのお茶を買う。

 そして帰ろうと体を方向転換させたときだった。

 いつの間に人がいたのだろうか。

 目の前の人影に驚いて一歩下がる。

「瀬川さん、やっと会えた…」

「……ひっ」

 麻里子は短く息を飲んで、もう一歩さがった。

「全然、君の姿を見かけなくなったから、もしかして、学校を間違えたのかと思ってた」

 もう日が暮れて辺りは夜の闇に包まれはじめている。

 外灯の下に現れたのは、確かに三年前に麻里子をつけまわしていた少年だった。

 すでに少年というよりは青年といった面差しだったが、三年前よりもはるかに背が伸びている。

「いや…」

 ボトリ、と手に持っていた財布とお茶の缶を落とす。

 少しでも遠ざかろうと後ずさりする麻里子の腕が彼に掴まれた。

「待って! 違うんだ!」

「いやあっ!」

 彼が何か言っているが、パニックを起こした麻里子の耳には届かない。

 誰か来て!

 そう言いたいのに声が出ない。

「麻里子!」

 目の前の彼の声すら聞こえなかった麻里子の耳に、その声だけは届いた。

 走ってくる足音が聞こえたかと思うと、麻里子は何かにぶつかる。

「麻里子、無事か!?」

 体に直接響く声。

 何事が起きたのかと目を開けてよく見ると、至近距離から山沖が覗き込んでいた。

「せんぱい」

「おまえが彼女をつけまわしてたのか!?」

 ホッとした表情を見せた山沖は彼の腕を掴んでいた。

 もう片方の腕は麻里子の体をしっかりと抱え込んでいる。

 山沖にジロリと睨まれた彼は痛そうに顔をゆがめた。

「違うんです!」

「何が違う!? 彼女をおびえさせて楽しいのか!?」

「だから、違うって言ってるじゃないですか! 俺は、せっ、瀬川さんに謝りたくてっ!」

「「え?」」

 麻里子と山沖の声が見事に重なった。

 

「マリ!」

「マリちゃん!」

「間に合ったか!」

 山沖が走ってきた方向から次々とサークル部員が走ってくる。

「マリー!」

 朱莉が走ってきて飛びつくように抱きついた。

「よかっ……ごめ……ごめんね! 私がっ! よかったよお~っ!」

「私のほうこそごめんね。でも先輩が来てくれたから…」

 山沖は男の腕を離してはいなかった。

「…謝りたかった? どういうことなんだ?」

「中学のときのことを…」

 周りを囲まれた状態で彼は話し始めた。

 

 中学三年で急な転校に戸惑った彼は、転校後に父親に説明されて青くなった。

 まさか自分が犯罪まがいのことをしていたとは思わなかったのだ。

「瀬川さんに俺以外の男子を近づけたくなかったんです。そうすれば、彼女は誰のものにもならないと思って…」

「それがストーカー行為だってんだろ?」

 楢崎が呆れたように言った。

 少なくとも、中学生だった自分にはそれしか思いつかなかった。しかし、それが悪質化すれば警察に通報するしかないと言われれば諦めるしかない。

 彼はそこまで愚かではなかった。

 麻里子への想いは断ち切って高校に進み、ようやく自分に好意を向けてくれる同級生と付き合い始めた。

 だが、その彼女にバイト先で男性が言い寄ってきたのだ。

「彼女は言いました。『付き合っている人がいるって言うのに、聞いてくれない。怖い』って…。そのとき初めて気づいたんです。もしかして、彼女のように瀬川さんも俺のことを怖がってたんじゃないかと」

 彼の視線を受けて、麻里子はぎこちなく頷いた。

「今年、専門学校に入学して、こちらに出てきたんですけど、それまでは瀬川さんのことはすっかり忘れてたんです。でも、夏休み前に駅前で見かけて…、それで思い出してしまって」

「よくマリちゃんだってわかったわよね」

「え…、だって美人だからすぐにわかるっていうか…」

「だよな~」

 うんうんと周りが皆頷く。

 自分ではそうは思わないのだが、なんとなく身の置き所がなくて麻里子は肩を縮こまらせた。

「それで申し訳ないとは思ったんだけど、後をつけてこの大学に通ってるって知ったんです。でも、それ以上のことはわからなかったから、直接家に行ってあやまろうと思ったんだけど…」

「引っ越してて、家がわからなくなってたんだな?」

 山沖が確認するように問うと、その通りだと頷いた。

「ただ、謝りたかっただけなんです。瀬川さん、あのときは本当にすみませんでした。もう二度としません」

「瀬川、どうする?」

 深く頭をさげた彼に、麻里子は頷いて口を開いた。

「もう、いいです。いけないことだってわかってくれたし、ちゃんと謝ってもらえたから、もう、いいです」

「ありがとうございます」

 彼はもう一度しっかりと頭を下げた。

 元々は善良な性格なのだろう。

 もう二度と現れないと言って彼は去っていった――

「とりあえず、よかったんじゃない?」

 皆がホッとした表情を見せて、麻里子は頭を下げた。

「皆さん、ありがとうございました。いろいろと協力してもらって」

「いいっていいって! これで心おきなく学祭に打ち込めるな!」

 楢崎が明るく言うと、山沖が頷いた。

「よし、もう追い込み時期に入ってるからな! 気合いれて頼むぞ」

 

 


サイトにて掲載しているものを加筆修正しています。

改稿でき次第UPしています。

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