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第五話 家族

時間の流れは速いですが、話の展開は遅いです。

波乱万丈なストーリーではないので、ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

 

 

 

 車が大通りに出ると、瀬川家がある方向へ走り出した。

「家がこっちのほうだってのはわかるけど、ちゃんとナビしろよ」

「あ、はい」

 麻里子は道を教えながらもふと思い出した。

 ファミレスで両親がいないことや伯父の家にいることを話したときも、それがどういうことなのか深く追求してこなかった。

 彼は麻里子の両親がすでにこの世にいないことを知っているのではないか?

 両親が亡くなっていることは、朱莉あかりにしか話していない。朱莉はおしゃべりが好きだが、個人のプライベートのことまで勝手に他人に話すような女性ではない。

 だから山沖が知っているはずがないのに。

「あの、先輩?」

「なんだ?」

 前から視線をはずさずに山沖は答える。

 山沖の運転は意外にも丁寧で、車の流れもスムーズだった。

「あの」

 もしかして、両親が亡くなっていることを知ってますか?

 そう訊きたかったが言葉に出せない。

 あのとき山沖は確かに言った。「家の人に話したらどうだ?」と。普通ならば「親に」というのではないだろうか。

 

 

 両親が亡くなったのは約三年前、麻里子が高校一年生のときだ。

 台風の影響で大雨の降った九月下旬、両親は自家用車で一緒に出かけていたのだが、帰宅途中に対向車線から飛び出してきた大型トラックに正面衝突されたのだ。

 原因はトラックのスピードの出しすぎと、雨によるスリップだった。

 平日だったので、まだ学校にいた麻里子と和佐はすぐに呼び出された。

 大破した車内に閉じ込められた両親はともに即死状態で、病院に運ばれたときにはすでに亡くなっていたのだ。

 両親を突然失った姉弟は呆然とするしかなかった。

 両親の遺体にも会うことができなかった。子どもたちに見せるわけにはいかないと大人たちが止めたのだ。それくらいに酷い状態だったらしい。

 二人ともしばらくは学校に通うこともできず、悲しんで悲しんで、それでもどうにか両親の死を受け止めることができたのは、両親の兄弟、つまり伯父たちのおかげだった。

 父の長兄は自分の息子たちが一人立ちしたところだったので、自分のところへ引き取ってくれた。

 いとこたちもたくさんいたし、姉弟が寂しくないように遊びにも来てくれた。

 だから今、心から笑える日々を過ごしている。

 

 

「あ、ここです」

「ここ?」

 麻里子は大学から車で五十分ほどかかる高級住宅街の一角で車を止めさせた。

 長い塀に囲まれたそこは立派な門がある。

「すごいな。おまえの家…」

「私の家じゃないですよ。伯父さんの家です」

「伯父さんって、何やってるんだ?」

「先輩…、うちの大学の理事長の名前を知ってますか?」

「名前? えっと、一昨年いままでの理事長が勇退されて、息子が跡を継いだんだよな。確か、瀬川………あ?」

 顎をつまんで思案するように宙を見つめていた山沖は、何かに思い当たったように眉を寄せた。

瀬川恭一郎せがわきょういちろうです。私の、伯父なんです」

 瀬川家といえばこのあたりでは古くから続く名家で、K大学の創始者の家系だ。他にも会社経営なども幅広くやっていて、かなりの資産家である。

「家長はおじいさまなんですけど、実質の権限は伯父さんに全部譲られてるんです」

「本家…だよな」

「はい。父はおじいさまの三男なので、うちは分家にあたるんですけど」

「はー……すげえな。たぶん、お嬢様なんだろうとは思ってたけど」

「え? うちは普通の家ですよ? 父は会社役員でしたけど」

「いや、十分すごいって」

 山沖は感心したように立派な門を見上げた。

「あ…すみませんでした。ここまで送っていただいてありがとうございます」

「いや、こんなんだったら、迎えに来てもらったほうがよかったのかもしれないな。うちのショボイ車なんかより、もっといい車に乗れただろうに」

「そんなことないです。伯父に心配かけたくないので、本当に助かりました」

「なあ、おまえ、本当に伯父さんたちには黙っておくつもりか?」

「いまはまだ…そのほうがいいと思うんです」

「おまえがそれでいいならいいけどさ」

 山沖は運転席から降りると、助手席に回りこんでドアを開けた。

「すみません。ありがとうございます」

「本当に大丈夫だな?」

「…はい。大丈夫です」

 心配そうにもう一度訊ねられて、麻里子は頷いた。

 こんなに心配してもらえるのだ。それだけでも十分に嬉しい。

「今日は本当にありがとうございました」

「ああ、じゃあな」

「はい。おやすみなさい」

 山沖が出るまで見送ろうと門の前に立つと、反対側からきた黒光りする高級車が門の前に止まった。

「麻里子! 今帰ってきたのか? どうしてこんな時間に!」

 運転手つきの車の後ろから降りてきたのは背の高い青年だった。

 年の頃は三十歳前後で、見るからに高級品とわかるスーツを身につけている。

理一りいち兄さん? おかえりなさい」

「おかえりなさいじゃないだろう? こんなに遅くなるなんて、親父やお袋は知ってるのか?」

「ええ、伯母さんに電話は入れておいたけど…」

 従兄の理一郎りいちろうは矢継ぎ早に麻里子を問い詰めた。

 ああ、やっぱりこうなってしまった。

 理一郎は麻里子が生まれた頃から実の兄のように可愛がってくれている。過保護ではないのかと思えるくらいに心配性で、こうして帰りが遅くなるだけですごく心配されてしまう。

 心配してくれるのはありがたいのだが、子ども扱いされてるみたいで不満に思うこともあるのだ。

 麻里子がどうやって理一郎を言いくるめようかと考えていると、バタンと車のドアが閉まる音がした。

 近づいてくる靴音。

「申し訳ありません。僕が彼女を引きとめていたので遅くなってしまったんです」

「先輩!」

「君は?」

 詰問口調の理一郎は明らかに不審そうな目で山沖を見つめた。

「K大教育学部三年の山沖雅也といいます。今日はサークルの活動で手伝ってもらっていたので、御礼に夕食をおごって、送らせてもらいました」

「なんだ。K大の学生さんだったのか。サークルっていうと…」

「山沖先輩は、『福天堂』の代表なの」

「『福天堂』の? そうだったのか。それはすまなかったね。麻里子を送ってくれてありがとう」

 理一郎は先ほどよりもぐっと表情を和らげた。

 どうやら「福天堂」の代表といったのが効いたようだ。「福天堂」はサークルが設立されてから二十年近く経つ歴史あるサークルなのだ。知っている者なら、それだけで信用されるくらいの価値はある。

 理一郎も当然のことながらK大OBなので、知っていているのが当たり前だ。

「私はこの子の従兄で瀬川理一郎だ。この子が遅くなると皆が心配するものだから、ついね」

「いえ、お気持ちはわかります。それと、ちょうどよかったのでお話があるのですが…」

「何か用なのか? まさか麻里子との交際を認めてくれとかそういう話じゃないだろうな?」

「え、いや、そんなんじゃ…」

 山沖は理一郎の剣幕に面食らった様子で首を振る。

 早合点する従兄に、麻里子は慌てて否定した。

「理一にいさん! 何言ってるの!? 先輩とはそんなんじゃないから! というか、先輩もまさかあの話を…」

「そのつもりだけど」

「いいです! にいさんたちには言わないでって言ったじゃないですか!」

「……何かあるのか? ……いや、あったんだな? 山沖くんといったか。入りなさい。詳しい話を聞こうじゃないか」

「ありがとうございます」

 

 門の中へ車ごと入れさせてもらって邸宅への道を歩く。

「さすがに和風な家だなぁ。でも新しくないか? 和風モダンっぽい」

「五年前に理一にいさんが結婚したので、そのときに増築とリフォームしたんです」

「ふうん」

 玄関を入ると若い女性が出迎えた。

「おかえりなさい、マリちゃん」

「ただいま、さくらちゃん」

「お邪魔します。夜分にすみません」

「いいえ、うちは夜でもお客様は多いから全然大丈夫ですよ」

 先に邸に入った理一郎から話を聞いたのだろう。女性はニコニコと笑った。

「先輩、こちらは理一にいさんのお嫁さんで桜子さくらこさんです」

「はじめまして、K大三年の山沖といいます」

「はじめまして、桜子です。ふふふ、マリちゃんが男の方を連れてくるなんて初めてね」

「あのね、さくらちゃん、勘違いしないでね。先輩はそういうのじゃなくて…」

 桜子はわかっていると頷いた。

 おっとりとして、天然ぽく見える従兄の嫁だが、これが結構シャキシャキした性格で麻里子もよく面倒見てもらっていた。五年前に理一郎の婚約者だと紹介されるとすぐに仲良くなって、いまでは実の姉妹のようだ。

「女子校のお友達だってなかなか遊びに来てくれなかったものね。マリちゃん、理一郎さんがお客様は応接間にお通しするようにですって。お義父さまも一緒にいらっしゃるそうよ」

「わかりました」

 応接間は玄関を入ってすぐのところにある。

 内装も全部リフォームしたので、昔の面影はなくなっていて、外観と同じ雰囲気の和風モダンな応接セットが置かれていた。

「理事長のお宅ともなると、やっぱり立派なもんだな」

「本家だけですよ、こんなに立派なのは。ここはどうしてもお客様が多いので、邸の表側は公の場で、家族のプライベート空間は奥として分けてるんです」

「なるほどな。お手伝いさんとかもいそうだよなぁ」

「いますよ」

「いるのか!?」

「はい。通いのハウスキーパーさんを雇ってます。朝から夕方までですけど。伯母さんと桜子さんの家事のお手伝いをしてもらってるんです。特にお掃除専門の方を雇ってます。お客様が多いと目に付くところは綺麗にしておかないといけませんし」

「それもそうだな」

 山沖は何度も頷いている。

「もしかして、庭師なんかもいたりして」

「あ、それは月に二回、専門業者に頼んでますけど」

「はー…スケールが違うよな……」

 ちょうどそのとき応接間のドアが開いた。

 理一郎が先ほどと同じスーツ姿で入ってくる。

「待たせてすまなかったね」

「いえ」

 山沖はサッと立ち上がる。それにつられて麻里子も立ち上がった。

 理一郎の後ろからやはり背の高い初老の男性が入ってきた。

 自宅だからか、すでにくつろいでいたようで普段着である。

「こんばんは、理事長。今日は遅くにお邪魔して申し訳ありません」

「いや、かまわないよ。…私が理事長だということは知っているんだな」

「いえ、その、さっき麻里子さんから聞いたばかりです」

 山沖は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「そうだったのか」

「代替わりされたことは知っていたのですが、まさか彼女が理事長の姪御さんだとは知らなかったので、すみません」

「何を謝るのかね。麻里子はこういう性格だから私が伯父だとは言いふらさないだろうし、理事長なんてものは経営だけしているようなもので、学生たちに知られていなくても当然だよ」

 座りなさいと勧められて再びソファに腰を降ろした。

「で、どういう話なんだね?」



読んでいただきまして、ありがとうございます。

改稿でき次第UPしていますので、更新は早めです。

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