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第十三話 お見舞い

時間の流れは速いですが、話の展開は遅いです。

波乱万丈なストーリーではないので、ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

 

 

 

 年が明けてもうすぐ二月になろうとしていた。

 あと一ヶ月もすれば大学の講義はほぼ終わり、長い春休みに入る。

 真面目に通っていた麻里子は単位もほぼ取れており、試験の成績もよかったので留年せずにすみそうだった。

 そんなある日、講義を終えてあとは家に帰るだけだった麻里子を楢崎が追いかけてきた。

 同じ学部にいるためか、会う確率は非常に高い。

「マリちゃん! ちょうどいいところで会ったよ!」

「どうかしたんですか?」

 ひどく慌てた様子で何事かと思う。

「今から山沖の家に行ってくれないかな?」

「え、なんで……私が? 山沖先輩がどうかしたんですか?」

 昨年のクリスマス以降、全く連絡をとっていなかった。

 麻里子から電話をすることなんてめったになくて、いつも山沖からの電話を待っていたのだが、彼は年末からずっと電話どころかメールさえもしてこなくなった。

 やっぱり小塚沙織とヨリを戻したのではないか。付き合う相手が見つかったので、もう自分相手に暇つぶしをする必要がなくなったのではないか。

 などと悪いことばかり考えてしまう。

 それなのに、山沖がどうかしたのだろうか。

「あいつさあ、昨日から熱出してるみたいで講義もバイトも休んでるんだよ。お袋さん、今いないだろ? 誰もあいつの面倒み…」

「先輩のお母さま、どうかしたんですか!?」

 びっくりした麻里子に楢崎は眉根を寄せた。

「あ、れ? 知らなかった? あいつのお袋さん、昨年末から入院しちゃったんだよ」

 また。

 と聞いてさらに驚く。

 知らなかった麻里子のために楢崎が詳しく説明した。

「あいつ、あんまり喋らないからなあ……。クリスマス前くらいからだったかな。ちょっと体調が悪くなって検査入院してたんだよ。結果がよくなくて、そのままずっと入院することになって、仕事のこととか大変だったんだ。翻訳の仕事もできなくなったから、急遽というか代打で小塚先輩に頼んだりしてさ。ほら、小塚先輩は通訳志望だし、翻訳の仕事はいい経験になるからって引き受けてくれたんだけど……」

「それって、もしかしてクリスマス……」

「ん、ああ、ちょうどそのころだったかな」

 ではクリスマスイブの日、二人で喫茶店にいたのは仕事のことで会っていたということだろうか。

 いままで胸の奥につかえていたものがストンと落ちてしまったかのようにスッキリした。

 変な訊き方をしなくてよかった。嘘つき呼ばわりしなくてよかった。

 ホッとしたのもつかの間、ようやく事態を把握する。

「……それって、大変じゃないですか!」

「そうだよ。大変なんだよ。だからあいつの様子見てきてくれないか? マリちゃんならあいつの家知ってるだろ?」

「わかりますけど……あの、小塚さんに言わなくていいんですか?」

 遠慮がちに訊いてみると、楢崎はきょとんとする。

「なんで小塚先輩に? あの人は山沖の家を知らないと思うけど」

「あ……そう、なんですか」

 あの人は知らないというのか。付き合っていたはずなのに、元カレの家も知らないとは。

「今さっき、山沖から電話があってさ…。病院にはなんとか行ったんだけど、食べ物がないのに気がついて、体がだるくて買い物に出るのも面倒くさいらしくて、食べ物買ってきてくれって言うんだよ。だけど俺、今からゼミの教授のところに行かなきゃならなくなって、遅くなりそうなんだ」

「わ、わかりました。今すぐ行ってきます」

「レトルトのおかゆでもいいから食べさせてやって」

「はい」

 麻里子は大学の裏口を出ると、その近所にある小さなスーパーによって買い物を済ませると山沖のマンションへ向かった。

 

 マンションの入り口はオートロックになっているが、麻里子は暗証番号は教えられていたので難なく入れる。

 玄関でチャイムを押すと、しばらくしてドアが開いた。

「ならさき…わりいな……あれ?」

 パジャマ代わりらしいスウェットの上下を着た山沖が姿を見せた。

「瀬川……なんで?」

「楢崎先輩に頼まれたんです。先輩はどうしても教授のところに行かなきゃならないとかで……」

「あいつ、単位でも落としたんじゃないのか? ……ったく……まあ、入れよ」

「はい」

 億劫そうな山沖について部屋へと入る。

 この家を訪れるのは数ヶ月ぶりだった。

「あの、お母さまが入院されたって聞きました」

「ああ…」

 リビングに入ると少し散らかってはいたが、汚れている様子はなかった。母親がいなくても山沖が自発的に掃除しているからだろう。

「先輩、ちゃんと寝ててください。いまからご飯作りますから」

「料理できるのか?」

「できます! 凝ったものはできないですけど、おかゆくらいは作れますから」

「悪いな。あと頼む」

 本当に辛いのだろう。山沖はあっさりと引き下がって、自分の部屋へと入っていった。

「さて」

 麻里子は上着を脱ぐと買い物袋を持ってキッチンに入った。

 おかゆでは少し味気ないので雑炊を作ることにした。

 以前この家を訪れたときに食事の支度を手伝ったことがあったので、ある程度は物が置いてある場所はわかる。

 土鍋をすぐに見つけ、手早く調理して材料を煮込み始めるとリビングへと戻る。

「勝手なことしたら怒られるかしら……」

 でも少しは片づけないと。

 掃除機は自室で休んでいる山沖の邪魔になるだろうからかけられない。

 窓を開けて空気の入れ替えをして散らかっているゴミなどを集める。ゴミをとる粘着シートを見つけたのでカーペットの上のゴミをとったりして、できるかぎりのことはした。

 

 雑炊ができあがり、山沖の部屋のドアをノックする。

「先輩、ご飯できましたけど……」

 返事がないのでドアをそっと開けた。

「開けますよ…。あの、先輩?」

 ドキドキしながら部屋の中を覗いた。何度か訪れてはいたものの、山沖の部屋の中を見るのは初めてだ。

 六畳間の壁際にベッドと本棚、クローゼットがあり、窓際には机がある。

 家具はいずれも黒で統一されており、白のクロスが貼られた壁にフローリングの床にはライトグレーのラグマット、布団一式はグレー一色のようだ。モノトーンな部屋は男性らしい。

「あのぅ、先輩?」

 大きな声で呼びかけると、こんもりと膨らんでいた布団が動いた。

「ん、ああ…」

「先輩、ご飯はこちらに運びましょうか?」

「いいよ。そこまで病人扱いするな」

 起き上がった山沖は苦笑してベッドから降りてリビングへとやってきた。

 暖房で暖まり始めたので寒くはないだろう。

 片づけられたリビングを見て、山沖は目を瞬かせた。

「もしかして、掃除してくれたのか?」

「掃除機はかけられなかったんです。うるさかったらいけないと思って」

「別によかったのに掃除機くらい…悪いな、いろいろとやってもらって」

「いいんです。これくらいは家でもやってますから」

 土鍋をリビングのテーブルに置くと、茶碗によそおうとしたのだが、山沖は断って土鍋にスプーンを突っ込んだ。

「茶碗なんて使わなくてもいいよ。このまま食べる。腹減ってたんだ……」

「よかった。食欲があるなら大丈夫ですね」

「今朝、病院に行って注射は打ってもらったからな。熱は下がりかけてる」

「ヘタに我慢しないで、ちゃんとお医者様に診てもらったほうが治りが早いですもんね」

「そうだな」

 自嘲気味に笑う山沖を見て、口を噤んだ。

 今の彼に言うべきことではなかったかもしれない。

「それにしてもおまえ、本当に料理ができるんだな。母さんも晩御飯の支度を手伝ってもらったとは言ってたけど」

「私って、料理とかできないように見えるんですか?」

 少しだけむくれると山沖は言い訳っぽく言った。

「あ、いや、そうじゃなくて、瀬川理事長の姪御さんだし、瀬川家といえば昔からの資産家だからお嬢様育ちだろうし、料理なんてしないのかと思ってたんだよ」

 お嬢様といえばそんなイメージを持つのかもしれない。そんなことをしているのは、家に使用人がいるような、それこそ大金持ちと言えるような家だ。

 瀬川本家でもハウスキーパーを雇ってはいるものの、祖母にしても伯母にしても夫や子どもたちの食事は自分で作っていた。

「お嬢様お嬢様ってみんなが言いますけど、私はそんなにお嬢様でもないです。家が…本家が立派なだけですから。私のお母さんは普通の一般家庭で育ってますし」

「そうなのか?」

「はい。だから母が生きているころはお料理だけじゃなくて掃除も洗濯もできるように教えられました。母が結婚したときに料理があまり上手じゃなくて、掃除も洗濯もまともにできなくて父に迷惑をかけてとても恥ずかしかったらしいんです。だから私がどこへ出ても恥ずかしくないようにって、家事全部を徹底的に教えられました」

「お母さんの目論見は成功してるよ。うまいよ、これ。いきなりでもこういうのが作れるならたいしたもんだって」

「本当ですか? よ、かった、です」

 嬉しかった。

 母に教えられたことをそんな風に言ってもらえたことが。

 土鍋の中身を全部食べ終えて、病院から出された薬を飲み終えると山沖は自室へ戻った。

 てっきりもう一度寝るのかと思ってテーブルの上を片づけていると、リビングに戻ってくる。

「休まなくても大丈夫なんですか?」

「うん……」

 山沖は逡巡するような素振りを見せたが、麻里子のすぐそばに座り込んだ。

「瀬川、これ…」

 つきだされた拳に何かあるのだろうと手のひらを差し出すと、その上にぽとりと何かを落とされた。

「なんです……っ!?」

 それはシルバーの指輪だった。シンプルなデザインのそれに麻里子は目を丸くする。

「ど……して、これ……?」

 見覚えがあるどころではない。

 麻里子が失くしたと思っていた指輪が山沖の手から戻ってきたのだ。

 驚かないはずがない。

 指にとってひっくりかえしたりして間違いないかを確認する。

 山沖は答えになるのかならないのかわからないような答えを返した。

「やっぱり、おまえのだったんだな」

「なんで、先輩が? これ、どこで……」

「憶えてないんだな……やっぱり。まあ、しょうがないか、あのときは……」

 山沖はガリガリと頭をかくと麻里子をじっと見つめた。

「おまえが落としたのを、俺が拾ったんだ」

 

 

「ご両親が運び込まれた病院で――」

 

 

 

読んでいただきまして、ありがとうございます。

完結済み作品ですので、改稿でき次第UPしています。

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