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第十一話 近づく距離

時間の流れは速いですが、話の展開は遅いです。

波乱万丈なストーリーではないので、ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

 

 

 

 PiPiPiPi…

 

 朱莉が風呂に入っている間に彼女のためのの布団を敷いていると枕元に置いてあった携帯が鳴った。

 ディスプレイには山沖の名前。

 今日、さんざん朱莉と話をしていたので、妙にドキドキする。

「はいっ、もしもしっ」

『よう、今いいか?』

「はい、大丈夫です。あ、バイトお疲れ様です」

 電話向こうの山沖は声を立てずに笑ったようだった。

『おまえ、今日はなんだか息があがってないか?』

「あ、今、ちょうどお布団を敷いていたので…」

 せっせと動いていたら、息があがっていたのだ。

 これくらいで息があがるとは運動不足かもしれないが。

『布団? ベッドで寝ないのか?』

「いえ、これはシュリちゃんので…」

『シュリ…中松が来てるのか? いいのか、電話してて』

「今はお風呂に入ってるので大丈夫です」

『仲いいよな。おまえたち』

「そうですか? …先輩だって楢崎先輩と仲いいじゃないですか」

 山沖は一瞬沈黙すると、ため息をついて言った。

『楢崎とは中学からの付き合いだからな。でも、男同士でそんなに頻繁に相手の家に泊まったりはしないぞ』

「そういうものですか?」

『大学に入ってからはほとんどないな』

「それは先輩が忙しいからじゃ…お母さまのこともあるし……あ」

 咄嗟に口を覆うが遅かった。

 電話の向こう側が沈黙する。

 口がすべった。

『………………中松か』

「……はい。ごめんなさい」

『いいさ。どうせ喋るだろうと思ってたし……』

「ごめんなさい。私、全然気がつかなくて……」

『瀬川が初めてお袋に会ったときに、「元気で明るい」って言ってくれただろ? 嬉しかったよ……。「(やまいは気から」を実践してる人だからな。実際、病院の先生もびっくりしてるし』

「そうなんですか……。あの、私にも何かできることあったら言ってくださいね。何でもやりますから」

 意気込んで言うと、山沖は再びため息をついた。

『だから嫌だったんだ……』

「……あの」

『気持ちは嬉しいんだけど、気を遣わなくていいぞ。みんないつも通りにしてくれればいいんだからな』

「……ごめんなさい」

『謝らなくていいって』

 電話向こうの声は笑っていた。

『瀬川はさ、そのままでいいから』

「え」

 ドキリとした。

 朱莉と同じことを言ったからだ。

『電話ででもいいからおまえと話してると気が楽になる。落ち着くっていうのかな……。だから眠くなったりするんだけどな』

 そう言って笑う声が優しくて、きゅんと胸が痛くなる。

「だったらいつでもご利用くださいね」

『ご利用って…おまえね、バスとかタクシーじゃないんだから……でも、お言葉に甘えようかな』

 ため息混じりの囁くような声に呼吸ができないほど苦しくなる。

 この人はこの声だけで人を殺せるのではないかと錯覚しそうになった。

「いえ、それで、あの……」

「はー、いい湯だったーっ。この家のお風呂は広くていいよね~。マリー、お風呂空いたよ? ……って、電話中?」

『中松……賑やかだなあ、あいつがいると』

 朱莉の声は山沖にも聞こえたらしい。呆れたように笑っている。

「あれー? もしかして山沖先輩?」

「うん」

「なになに? 何話してるの?」

「何って……世間話?」

『おーい、なんかそっちのことはよくわからんけど、そろそろ切るぞ。風呂入るんだろ?』

「あ、は、はいっ」

 お風呂と言われるとなんだか恥ずかしくなってしまうが、自分が入らないとあとがつかえてしまう。

「ちょっと貸して……。あ、山沖先輩? 中松ですー。昨夜はお疲れさまでしたー」

 朱莉が携帯電話をスルリと抜き取ってしまったので、手持ち無沙汰になった麻里子は風呂に入る準備をする。話が終ったら切ってくれるだろう。

 でも、まだおやすみの挨拶もしてないのに。

 勝手に風呂に入りにいってもいいものだろうか。

 どうしようかと思いながらタンスからパジャマと下着を取り出した。

「やだっ、マリったら大胆!」

「は?」

 振り返ると朱莉が電話を持ったままこちらを見ている。

「ここで脱いでいくの? 紫の下着なんて大胆っ」

「ちょっと!」

 何を勝手に喋っているのだ。

 今脱いでなんかいないし、紫の下着なんて一枚だってもっていない。ごくごく薄い藤色の下着ならあるが、今身につけている下着だってクリームイエローであって、紫などでは断じてない。

 第一、朱莉には下着など見せていない。

「シュリちゃんっ! 何言ってるの!? 違うでしょ! 先輩、聞かないでくださいっ」

「えー? 今持ってるのだって真っ赤…」

「違うったらっ!」

 ベッドの上で揉み合って、なんとか携帯電話を取り返すと耳に当てた。

「あのっ、先輩!」

『あ、ああ……瀬川か』

 なんだか面食らったような山沖の声に耳まで熱くなる。

「違うんですっ。シュリちゃんが言ったのは嘘で、むっ、紫とか、赤なんて持ってないです! 白とかピンクとか水色とかだけです!」

『ん、あ、そうか』

 動揺している麻里子は言わなくてもいいことまで口走ったが、自分でも何を言っているのかわかっていない。

 だから山沖の曖昧な反応にも気づかなかった。

「き、聞かなかったことにしてください~っ」

『そうしてもいいけど、たぶん忘れないぞ?』

 笑いを含んだ声で返されて叫びたくなった。

「じゃあ忘れてくださいっ!」

『努力はする。……じゃあな、おやすみ』

「おやすみなさいっ!」

 電話を切ると大きくため息をついた。

「マリがこんなに慌てるとはね~」

「シュ・リ・ちゃんっ!」

 つかみかからんばかりに朱莉に詰め寄った。

「マ、マリ、目! 目が据わってる! 怒っちゃイヤよ」

「怒ります! もーっ! なんで先輩にあんなこと言うの!?」

「だって面白そうだったんだもん。先輩がどういう反応するのかな~って思ってね。それにしてもマリってばいいの? 自分から下着の色を暴露しちゃって」

 朱莉に言われて目が点になる。

「…………え、何を」

「さっき言ってたでしょ。紫とか赤は持ってなくて、白とかピンクとか水色の下着を持ってるって」

「……わ、私が、言ったの? それ」

「言ってたよー。先輩に必死になって言い訳してたじゃない」

 麻里子は頭を抱えてベッドに突っ伏した。

「いやあ~っ! はずかしい~っ! もう先輩の顔が見れない~っ!」

「先輩は気にしないんじゃない?」

「先輩はよくても私が気にするのっ」

 顔を真っ赤にした麻里子は咬みつかんばかりの形相で朱莉を睨んだ。

「くふっ……くっくっくっ……」

「何がおかしいのっ」

 恥ずかしさにのたうちまわっていたが、朱莉が布団の上で笑い転げだしたので、今度は腹立たしく思えてきた。

「だってぇ……マリってさあ、初めて会ったころと全然印象違うよねぇ」

 朱莉は起き上がってきちんと布団の上に座ると麻里子を見上げた。

「最初のころは大人しくて控えめな性格なのかなって思ってたんだけど、ただの人見知りだよね。引っ込み思案なのは本当だけど、親しくない人には失礼にならない程度に距離を置いて接してるでしょ」

 朱莉に言われて目を瞬かせた。

 それくらいは誰も同じではないかと思うのだが。

「本音を言わないっていうか、本来の性格が出ないんじゃない? 私とか山沖先輩にはわりと地が出てるというか、言いたい放題のときがあるよね」

 朱莉は少し前から気づいていたのだという。

 それはこの瀬川邸を訪れたときだ。

 家族と友人という立ち位置が違うのはわかっているが、理一郎や拓海たちに対する態度と朱莉に対する態度がさして変わらないことに気づいたのだ。

 とても身近な存在と思ってくれているのだと思うととても嬉しかった。

「だからね、マリって山沖先輩のこと好きなのかな~って思ってたよ。ずいぶん前から」

「え、そ、そう?」

 頬が赤くなる。

 麻里子は他人に対して気を遣う方ではあるが、山沖に対しては最初からあまり遠慮していなかったように思う。彼が気軽に声をかけてくれて、親しく接してくれるからだと思っていたが、本当は自分から近づいていったのかもしれない。

 

 

 

お気に入り登録ありがとうございます。

完結済作品ですので、改稿でき次第UPしています。

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