終章
翌日、学校に着いた私に対する友紀恵の第一声はこうだった。
「あんた、髪どうしたの!?」
「ちょっとね」
「ちょっとって」
昨日の帰り、美容院に駆け込んで胸の辺りまであった髪を顎先にかかる程度にばっさり切ってもらった。
「ちょっと、人間やり直したくて」
「何それ」
色々と聞きたげな様子だったが、友紀恵は何かを察したらしく、それ以上余計な詮索はしないでくれた。やっぱりいい奴だ。
すぐに、髪を切った事に気付いたクラスの男子が寄ってきた。
「似合うな、それ」「可愛くなった」「ショートもいい」
そんな褒め言葉を「まあ、元がいいからね」と一刀両断すると、集まった男子が意外そうな顔になった。
「そんなキャラだっけ?」
「そんなキャラなんだよね、アナタ達が知らなかっただけで」
そう言った瞬間、隣に座っていた友紀恵が盛大に吹き出した。
「あっははははは! あー、あんたそっちの方がいいわ。昔に戻ったみたいで自然自然」
「私もそう思う。ところで、青木さんって何組か分かる人いる?」
まだ唖然としたままの男子の顔を窺うと、その中の一人がおずおずと片手を上げた。
「あー、俺知ってる。確か2組だったと思うけど」
「そ、ありがと」
教えてもらった教室に行くと、目当ての青木さんは黒板の前の席だった。
私だったら土下座してでも再席替えを申し込みたい席だが、今そんな事はどうでもいい。
座っている青木さんの前に立ち、机の上にデパートの地下で買って来た菓子折りを置く。
「これ、何?」
突然の事に青木さんは明らかに迷惑そうな顔だった。
その目に、自分がした事を思い知る。
それでも、今出来ることしか私は出来ない。
「色々とごめんなさい」
そう言って、素直に頭を下げた。
「許してもらえるなんて思ってないけど、これだけ受け取ってくれたら、私は少し救われます。お願い」
「え? えっと?」
青木さんは戸惑った声を出して私を見つめる。
「お願い」
普通じゃない空気だったのだろう。青木さんは曖昧に笑って、それから菓子折りを両手で抱えた。
「分、かりました。受け取ります」
「良かった。ありがとう」
もう一度頭を下げて、今度は新川のいる教室に向かった。
目指す机まで迷わず直進し、窓の外に視線をやっている新川の真横に立った。
新川の顔が緩慢に私の方へ向き直る。
私は右手を振りかぶると、思い切り新川の机を叩いた。
あまりの音に教室中が静まり返る。
視線が集まるのが分かったが、今更気にする事でもない。
「目を覚まさせてくれた事には礼を言うわ」
「そう」
「私は私をやり直す」
「そう」
「一つ勘違いを正しておくけど、私のこれはね」言いながら、手首の傷を新川の顔の真ん前に突きつける。「昔、友達が大怪我した時に何も出来ずにただ立っているだけだった自分に腹が立ってやった傷だから」
「それは認識違いだったね。謝るよ。でも、だからと言って新山さんがその傷を利用した事は事実だろう」
「それは認める。その点は私も謝るよ」
「殊勝だね。いい心がけだと思うよ」
「どうも。それとね、もう一つ」
私は真っ直ぐに、真剣な眼差しで新川の目を見る。
新川は目を逸らさなかった。
「私もあんたが嫌いだ」
「それは何より」
これが、私と新川が交わした最後の会話だった。
*
あれから七年が経った。
今でも時々思い出す。
あの日は間違いなく私の人生の岐路だったと。
良い方に行ったのか、悪い方に行ったのか、それは片側しか見れていないから分からない。
けど、少なくとも後悔はしていない。
そういう生き方をしてきたつもりだ。
きっと、これからも。
私は私を生きていく。
ここまで読んで下さってありがとうございました。