結
「ねえ君、大丈夫?」
その声に引き戻されるように目が覚めた。悪い夢でも見ていたのであろうか。頭がくらくらする。
「よかった。立てる?」
気が付くと僕は、パーキングエリアの駐車場でうずくまっていたらしい。何が起こったのだろう。想い出せ。そうだ、突然由実に似た、いやあれは由実そのものだった。いずれにせよ、少女が僕に話しかけてきて、あれ?そのあと僕はどうなったのだ。何か恐ろしいものを見てしまった気がする。
「すまない。大丈夫だよ」
そう言いながら僕は立ち上がり、心配してくれた親切な女性のほうを見た。
女性は見たところ、20代前半くらいだった。おそらく女子大生だろう。僕は彼女を見たとき素直に綺麗な人だと思った。だが、どこかで見たことがあるような気がする。
「あの、すみません。一度お会いしたことありませんか?」
「ごめんなさい。思い出せないです。私もどこかであなたとお会いしたことがあるような気がするのですが。すみません。私、忘れっぽくて」
そう言いながら彼女は心底申し訳なさそうな顔をする。そして必死に僕のことを思い出そうとする。そんな姿に僕は好感を覚えた。人が大人になると忘れてしまう純真さや真っ直ぐな心を彼女に感じたからだ。
「そんなに一生懸命、思い出そうとしなくて結構ですよ。もしかしたら僕の思い違いかもしれない」
「そうですかねー そうだ。名前を聞くと思い出せるかも。私、二条葉子といいます。今は大阪で大学生やってます!」
唐突な自己紹介に少し戸惑ったが、僕もつられて自己紹介する。
「えっと、遠藤幸也と申します。一応、大阪で医者やってます」
「お医者さんですか、すごいですね。立派なお仕事だと思います。もしかして大阪出身ってことは、光観光のバスですか」
「ええ、そうですが。もしかして二条さんも?」
「葉子でいいですよ。なんか二条だと名前負けしてる感がすごくて嫌なんです」そう言いながら彼女は苦笑する。「東京へはお仕事ですか?」
「ええまあ。学会というやつです」
「わあ、すごーい」本当に心の底から感心しているんだと、彼女の言葉の節々から感じられた。医者だというと、すぐに媚を売ってくる女がこの世には五万とあふれているが、彼女からはそういう打算的なものはいっさい感じられなかった。
「いや、ほんと大したものじゃないですから」あまり持ち上げられるのもどこかむず痒い。
「葉子さんは大学ではどういったことを学んでらっしゃるのですか?」
「私ですか。私は法学をやってます。夢なんですよ。検事になることが」
失礼だが、正直意外だった。だが同時に立派だとも思った。
それが二人の出会いの始まりだった。思えば、きっかけはあの奇妙な体験が発端だった。あの少女はなんだったのであろう。由実に違いないが、間違いなく由実ではない別の何か。だが、彼女のおかげで、僕と葉子は知り合えたのだ。さしずめ、二人のキューピッドといったところか。そして僕が感じた既視感。今になって思えば、あれが運命を感じるというやつなんだろう。陳腐な表現かもしれないが、ほかに形容しようがない。
東京に着いて2日目の朝、奇跡が起きた。朝の散歩をしているときに、彼女と再会を果たしたのだ。
その後二人は、ともに朝食をとった。もうこの時点で、二人は運命を確信していた。
「おい、早くしろよ」
僕が一階のリビングから葉子に声をかける。引っ越屋が来る前に、二人で食事に昼食を食べようと言ったのは葉子のほうだ。それなのに、いまだ自分の部屋の荷物のダンボール詰めも終わってないとは。自分の妻になる人として心配になるが、葉子は昔から、マイペースでふわりとしたところを持つ人であった。それが彼女の魅力でもあり、僕が惹かれたところでもあるのだ。
二階から駆け降りる足音が聞こえる。ドタドタとせわしない。
「何してるんだ。早くしないと置いてくぞ」
「待って待って。ほら見てよ。私の小学生のときのアルバムが出てきたの」
「そんなもの後でゆっくり見たらいいじゃないか」
「だって今までずっと見つからなかったのが、今になって出てきたのよ。見るしかないでしょ」
「なんでお前は自分のアルバムですら無くすんだよ。普通は大事に持っておくものじゃないのか」
そう愚痴りながらも、そういえば僕も葉子の小さいころの写真は見たことがなかったなと思いつつ、何気なくアルバムを覗き込んだ。そして僕は息をのんだ。世界がひっくり返ったかのような衝撃を感じた。由実だった。葉子は由実だった。彼女が嬉しそうに指差す写真は由実だった。
「ほら、小さいころの私もかわいいでしょ」
―ちょっとあれはひどくないか。―
―そう? 人の命を奪ったんだからあれくらいの報復は仕方ないんじゃない。まだ命をとってないだけ、ましと思ってくれないとー。
―いや、だがな。そもそもわしらには関係のないことだし。あまり介入するのもどうかと。―
―まっそうかもね。わたしたちは依頼者がいるわけでもないしね。―