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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
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(097)パール姫の冒険IV(3)

(3)

 迎賓室からとぼとぼと戻る間、エステリオは何も言わなかった。いつもそうだ。話しかけない限りは、答えない。お小言はすぐ出てくるくせに。

 パールフェリカは自室に戻ると、ミラノの指定席──ソファの、窓に向かって右端──に置いてある“うさぎのぬいぐるみ”をぽいっとテーブルの上に放って、どさりと腰を下ろした。

 はぁと一息ついてすぐ、もそもそと体を起こすと、テーブルの上の“うさぎのぬいぐるみ”に手を伸ばす。一番近い右足を握って引き寄せ、くるっと回して、頭を上に、顔はあちら向きでぎゅっと抱きしめつつ、またソファに身を沈めた。中途半端な胡坐をかいて、足の間に“みーちゃん”を押し込んだ。

「………………」

 部屋のこちら側、扉の辺りにエステリオが控えているはずだ。

 この部屋の寝室と反対側にある扉の先には、侍女サリアらの控えの間がある。そこに今も、サリアや他の侍女らが呼ばれるまで居るだろう。ひっそりと控え、細々した雑用をこなしているはず。

 呼べば、誰でも来る。呼ばなければ、誰も来ない。

 広い部屋に、パールフェリカは一人ぼっちだ。

 あちらを向かせたままの“みーちゃん”の頬に、自分の頬をぐりっと当てて、肩をすぼめて抱きなおす。

 天気も良ければ、春の陽光は暖かい。なのに、妙に寒い気がしてならない。

 ふと、腹の中心から腰にかけて、すこんと力が抜ける。

「……あ……」

 この感覚も何度目か。もう数えていない。

 ミラノが何か召喚術を使ったのだ。パールフェリカの中の“召喚士の力”が、引っこ抜かれる。いくら考えてもわからない仕組みだと、パールフェリカは思う。召喚術のヘギンス先生は“召喚士の力”はつまり、“精神力”だと言った。その“ど根性”で、世界に満ちている“神の力”を引き出すのだと。それで何故、体力がごっそり抜け落ちるのかわからない。わからなくとも、力が抜けるのだから、考えても仕方が無いのだが。

 息が上がるまで全力疾走した時のような、重い疲労感が全身を巡る。

 ふぅと一息ついた時、窓の向こうがオレンジに光る。南側からだ。

 パールフェリカは“みーちゃん”を放り出して駆け、窓にべたっと張り付いた。パールフェリカの部屋の窓からは、南を真っ直ぐは見れない。

 それでも頬をペターと窓に貼り付け、パールフェリカは外を覗き見る。

「サリア、サリア!」

 すぐに控えの間の扉が開いて、パールフェリカと年の近い侍女、サリアが姿を見せる。

「はい」

「双眼鏡!」

「すぐお持ちいたします」

 すぐに、額をごりごりと窓にこすりつけているパールフェリカの手に、双眼鏡が渡された。3階バルコニーでミラノが使用していたものよりも小ぶりだ。パールフェリカ専用の、双眼鏡。

 窓に張り付いて双眼鏡を目に当て、グルグル動く。一番見やすい場所に、パールフェリカは移動した。

 見えたのは、兄ネフィリムのフェニックスが、大きく翼を誇示している瞬間だった。



 黒光りする鱗は一枚一枚が大きい。

 先日のワイバーンは、ドラゴン種とは呼ばれていない。ワイバーンは2本足と、腕として2枚の翼があって、その先に爪を持つ。

 ドラゴンは4本足で、背に2枚の翼を持つ。腕と翼が分かれている種類を指す。

 ドラゴン種と一括りに言うものは、ドラゴンと唯一のドラゴンらを指す。

 繁殖によって増えたものがドラゴンと呼ばれる。色もまちまちではあるが、それらの持っている能力に大差はない。

 唯一のドラゴンらにはティアマトのように固有名詞がある。特殊な能力や特徴があり、神によって直接創られたドラゴンが、唯一のドラゴンであり、これに繁殖能力は無い。

 鮮やかな藍色の空に、敵ドラゴンの巨大な翼がいくつも大きく羽ばたいている。

 フェニックスの火炎を、後ろへ下がりながら避けているようだ。音が届いていたら、耳も割れんばかりの轟音が聞こえた事だろう。

 火炎と、翼が空気を打つ音と、ドラゴンの開かれた口から漏れているであろう絶叫で。

 フェニックスの吐き出す巨大な炎は、ひとしきり猛威を振るうと、敵ドラゴンの硬質な鱗と太く鋭い爪の下辺り、瞬時に現れた七色に煌く魔法陣へ根こそぎ吸い込まれていく。

「……あれね……」

 パールフェリカはぽつりと呟いた。

 魔法陣は、“霊界”に繋がっている。

 ドラゴンらの背後に現れたもう一枚の七色の巨大な魔法陣が、“霊界”を通り抜けてきた火炎を勢いよく吐き出す。空が炎に染まる度、パールフェリカの頬にもオレンジの光が落ちる。

 背や翼を焼かれたドラゴン達が体勢を崩し、何体かが落下していく。空に姿勢を維持したものには、白銀の光が滑り込む。

「にいさま!」

 シュナヴィッツの騎乗するティアマトだ。シュナヴィッツまでは見えないが、その唯一と言われる白銀の鱗はどれだけ遠くともわかる。

 ティアマトは滑空して黒いドラゴンに足をひっかけ、そこを起点に角度を変え、一気に上昇する。掴んでいた敵ドラゴンを勢いのまま空へ放りあげ、そちらへ口を開いた。次の瞬間、吐き出された黒い煙を含んだ爆炎が、敵ドラゴンを襲う。元々黒かった敵ドラゴンを、炭に変えた。

 横から近寄る敵を急降下で避けながら、鋭い爪でその尾と翼を乱暴に引っ掴み、振り回すように投げる。投げた先にはブレゼノの獅子頭のマンティコアが、獰猛な牙をむいている。

 放られたドラゴンの背に、マンティコアは爪を突き立て取り付いた。バランスを崩し落下していくそのドラゴンの喉に、マンティコアは噛み付き、3度食いちぎった。動かなくなった敵ドラゴンから飛び立ち、マンティコアはすいと離れた。敵ドラゴンは、落下しながら、大気に溶けるように消滅した。

 あちらこちらで敵ドラゴンのブレスが吹き荒れるも、逐一、七色の魔法陣がその大きさに合わせて現れ、飲み込む。消えた敵のブレスは、別の場所に居る敵ドラゴン1匹に、多量の七色の魔法陣から集中砲火として放たれた。

 その度に、パールフェリカの目は霞む。軽く首を振って、なんとか双眼鏡を覗き込む。

 “炎帝”フェニックスの巨大な火炎と、それを見て心得たのか、“雷帝”ワキンヤンの広範囲の落雷が100のドラゴンに降り注いで、次々と数を減らしていく。それらを避けても、バランスを崩して地面に落ちたり、あるいはティアマトらに叩き落とされたりしている。落下し、もがきながらもまだ動ける敵ドラゴンへは、地上の召喚騎兵が取り付いてとどめを刺している。

 木の葉を撒き散らしながら翼を振り上げ、逃げようとしつつも空を見上げてついえる敵ドラゴン。断末魔とともに消えていく様が、何度もあった。

 これまでに無い自軍召喚獣の暴れっぷりに、城前広場からは歓声が上がっている。七色に煌く魔法陣が空に現れる度、“神に守護されし国・ガミカ”と声が上がる。

 襲撃されているというのに調子の良い事だと、パールフェリカは呆れる。それらは頭の隅に追いやって、窓に張り付き、呟く。

「……あれ、ドラゴンよね。だったら召喚獣……のはず。ミラノ、返還はしないのかしら……」

 他人の召喚獣だろうが“神の召喚獣”だろうが勝手に還せるミラノがそうしないのは、何故だろうか。

「ミラノ、手柄を立てるつもり、無い……?」

 ワイバーンの襲撃があった時も、ミラノは援護となるような召喚術ばかり使っていたと、パールフェリカは後で聞いた。今回だけではないので、それがミラノのやり方なのだろうかと、顎に手を当てた。

 ふと、パールフェリカの力が抜けていく度、ミラノが召喚術を使う度に聞こえていた城前広場の歓声が、変化し始める。

 フェニックスとワキンヤンが同時にその火炎と爆雷を放った瞬間、一気に展開した七色の魔法陣。

 その時、一際大きな歓声が。

 ──召喚士ミラノ!

 パールフェリカは耳を疑った。

 双眼鏡を下ろして、窓に耳を当てた。その声は次第に大きくなる。はっきりと、歓声は彼女の名を叫ぶ。

 ──召喚士ミラノ! 召喚士ミラノ! ミラノ!!

 パールフェリカの手から、双眼鏡が滑り落ちた。



 3階バルコニーからは、城前広場がよく見える。数十万を超える民がみっちりと避難して来ている。城下町への、幅の広い降り坂にも人が溢れている。彼らにも、遠目ながらこの3階バルコニーは見えている。

 比較的近くの人々が、バルコニーを見上げ、両手を掲げている。あちこちから喝采が聞こえてくる。確かに、前線は勝利ムードに違いない。

 だが、上がる名がおかしい。

「…………」

 城前広場の様子の変化に、目を見開いて驚くネフィリムの顔をちらりと見た後、ミラノはラナマルカ王を見た。

 王はゆっくりとミラノを振り向き、見下ろした。はっきりとした蒼の瞳に迷いは無い。

「あなたは賢い女性ひとだ。だが、あの魔法陣はどうしたって目立ってしまう。私が、あなたの名を流すよう指示した。問題が、あるかな?」

 少しだけ息を飲んで、ミラノは顎を下げ、ネフィリムを押しやって乗り出しかけていた体を、引っ込める。

「……いえ……」

 そう言って、ミラノは目を逸らした。

 ──より効果的だ。

 ミラノは下ろしていた左腕の肘辺りを、右手で掴んだ。人々の視線は3階バルコニーの、唯一鎧を着ていない女性であるミラノに、集まる。

 それで、鎧を着せなかった。鎧が無いのが目印だった。それだけ“自信のある召喚士”である事を、演出するために。

 ネフィリムはミラノを見るが、ミラノの表情は相変わらず読み取れない程に、無い。王のした事が、度重なる襲撃を受ける王都を護る為、人々の不安をコントロールする為に必要だったとわかる。

 これだけの襲撃があるのに、人々は必ず敵を打ち倒せるという確信を抱いている。そうでなければ、このように割れんばかりの歓声が上がるはずがない。敵はまだ、居るというのに。



 パールフェリカは窓をばしんと強く打った。分厚い窓は、緩い振動に一度揺れただけだ。

 ──あれは、私の力じゃないの! こんなに、こんなに体の力が抜けていくのに!

 手に力を込めると、頭の芯がふらふらとしてくる。

 ──“私”が! “ミラノを召喚している”のよ!!

 それは、口に出して言えない。

 パールフェリカは唇を噛んだ。窓に映る自分の姿を見る。

 苦痛に眉をゆがめている。眉間にはくっきりと皺を寄せている。

 ──これは誰よ!? なんで、こんな悔しい思いをしなくてはならないの!?

 黒ずんだもやが、胸の中を占めていく。

 ──いやだ……ミラノ……!

 その気持ちの名を、憎しみだなんて呼びたくない。大好きなの、消えてしまえだなんて、思いたくない。

 ──こんな感情なら、いらない。こんな自分なら、居ない方が良い!

 全てを振り払って、パールフェリカはよろめきながら、それでもちらりと見た“うさぎのぬいぐるみ”を手に取り、寝室へと駆け込んだ。

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