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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
96/180

(096)パール姫の冒険IV(2)

(2)

 ──昼前の快晴。

 まばらな薄い雲が瑠璃色の空に散らばっている。

 山の頂点にある巨城エストルクから見下ろす、遠く続く森。

 春の緑は柔らかく、暖かな陽光に煌きながらさわさわと揺れる。瑞々しい葉は光を照り返すが、そこに鳥や獣の姿は無い。既に、皆逃げ去っており、森は静まり返っている。また本来の美しい緑の景色も、昨日の“神の召喚獣”ジズによって一部は薙ぎ倒されている。

 連日の事ではあるが、城下町の人々は再び城前広場へと避難を続けている。その顔に疲れや悲壮感は無い。また“七大天使”が、あの巨大な七色に輝く“魔法陣”が、助けてくれると信じている。ガミカには、“神の加護”があると。

 エストルク上空には、既に飛翔召喚騎兵の姿がある。

 白銀に輝く、太陽によって鏡のような鱗は一層光を放つ。神々しくも美しい巨大なドラゴン──ティアマトである。最大サイズで召喚されたそれの頭に、金の装飾がある紫の鎧で全身を覆ったシュナヴィッツが居る。ティアマトの攻撃パターンは豊富で、“神の召喚獣”が相手で無いなら、他のいかなるドラゴンであっても敵無しだ。ティアマトは優美にして巨大な翼を広げ、大空で滞空している。

 その金色の瞳が見据えるのは、緑の葉の覆う山々の向こうから近付いて来る、黒い影。それは、急速に形を明らかにしつある。

 ティアマトの左右には、獅子の頭を持つマンティコアに騎乗したブレゼノ、鷲の頭のグリフォンに騎乗したスティラードが居る。

 マンティコアは唯一の、グリフォンも歴史上数体のみ確認された強力な召喚獣だ。

 ティアマト程の大きさは無いが、どちらも召喚獣となる前、生存時には凶悪狂暴として世界中に名を知らしめたモンスターだ。

 ブレゼノもスティラードも、厚い鎧に身を包んでいる。

 さらに上空、全身が炎で出来た巨鳥フェニックスが、優雅にその翼を広げている。その隣に、音も無く風が吹いたかと思えば、爆雷とともに姿を見せる──怪鳥ワキンヤン。飴色の羽毛を撒き散らせながら羽ばたき、風を縫って突如現れた“雷帝”は、“炎帝”に並ぶ。どちらも騎乗する者は無いようだ。

 “炎帝”が喉を上げて空を突き破るように高く大きく鳴けば、“雷帝”もそれに続いて咆哮を上げる。空に炎と雷の飛沫が弾け飛んだ。

 地上を埋める騎馬や、その大きさの召喚獣に騎乗する兵から、鬨の声が高らかに上がる。遅れる事無く、空にある召喚騎兵らも、もちろんシュナヴィッツらも腕を掲げ、口を大きく縦に開き、声を上げ、さらにさらにと士気を鼓舞する。

 東西に“炎帝”と“雷帝”が展開し、その下に飛翔召喚騎兵が続く。ティアマトは中央、ブレゼノは“炎帝”の下、“雷帝”の下にはスティラードがついて、それぞれ指揮をとる。

 地上でも、森の草花を薙ぎ倒しながら召喚騎兵が駆け抜けた。



 激突は、王都から南。

 ミラノには、大自然の中への距離感が正確に働かない。ビル群ならば一つ何メートル程だろうから、一駅分で何百メートル、と推測の付け方もあるし、目立つ背の高い建物が見えればそこまでの距離を適当に測る事も出来るのだが。

 3階バルコニーは、パールフェリカの生誕式典の折り、彼女が居た辺りだ。中に入れば、その後に貴族らにお披露目パーティが開かれた場所。実際には、パールフェリカの召喚獣はお披露目されなかったが。

 ミラノは今、そこに居る。

 まさか、今日になって“召喚士”としてお披露目されるとは思いもしなかった。

 隣には、ネフィリムが前線を睨んで立っている。その向こうにラナマルカ王と大将軍クロードが居る。ミラノからすれば、重さで動けなくなるんじゃないかというような鎧に身を包んでいる。3人とも兜は脇に抱えている。

 大将軍クロードはついさっき紹介されたばかりだ。やや脂っこい黒髪を後ろで一つに束ねている。陽に焼けて、今はいかにもという風な渋面をしている。挨拶をした際は、やけに眉尻を下げて笑顔を見せてくれた。どちらかというと、鼻の下の伸びたような顔ではあったが。その彼の周囲には、次々と膝を折って何やら報告しては去っていく将兵が後を絶たない。

 ネフィリムとミラノの後ろには護衛騎士アルフォリスとレザードが居る。このバルコニー正面左右に、視界を遮らない程度、彼らの召喚獣赤レッドヒポグリフとコカトリスが建物1軒分の大きさでどっしりと構えている。

 前線に居る飛翔召喚獣の指揮はシュナヴィッツがとり、ネフィリムは父王の横に置かれた。その隣で、華々しくお披露目されてしまったミラノは、昨日パールフェリカに見立ててもらった紺色の衣服と、ジャラジャラしたアクセサリ着用で立っている。女性用の鎧でも与えられるのかと思えばこのままなのだから、よくわからない。

 ネフィリムの横にがしゃがしゃと鎧を鳴らして現れた兵がある。報告をして、一言二言言葉を交わすと、さっさとどこかへ駆けて行った。

「父上、エルトアニティ王子が襲撃前に発つのが間に合わなかったとの事で、ワキンヤンによる援護を申し出てくれていますが」

「どこからだ」

「飛翔召喚獣通用門、護衛を送らせました」

「わかった」

 その後もばたばたと人がやってきては何かと話しているが、ミラノの知らない名前が続々と出て来るので、早々にスルーを決めた。

 背後には大きな机があり、この辺りを上空から見た地図が広げられていた。それにはちらりとだけ目をくれて、ミラノは置いてあった双眼鏡を手に取る。“うさぎのぬいぐるみ”の姿の時に手にした事があるものと同じだった。あの時程重さを感じない。

 それにしてもと、ミラノは思い巡らす。

 “うさぎのぬいぐるみ”であった時、じわじわと体が動きづらくなった。パールフェリカを追おうとして、部屋の真ん中に転がる事になった。レザードが来なければ、いつまで経っても放置された事だろう。パールフェリカにこうして“人”にしてもらうと、それまで通りで何の違和感も無いのだが。そのパールフェリカは、今頃自室に居るはずだ。

 再びネフィリムの隣に立つと、双眼鏡を覗き込む。

 丁度、“炎帝”と“雷帝”が大きく声を上げた瞬間だった。

 それらの向こうに、黒い巨大な姿が多数見えた。

 ここへ案内される前、ドラゴンが王都に迫っているという話は聞かされた。それを追い返す為、ミラノは“召喚士”として人々の前に“人”の姿を見せるよう言われたのだが。

「…………多いですね」

 ミラノは隣のネフィリムに言った。ドラゴンが来ていると聞いてはいたが、1体1体が巨大も巨大、ティアマト程ではないが、5階建てのビルはあるような気がする。それが100体以上だ。

「なんとかは、なるだろう。だが相変わらず私の“炎帝”も“雷帝”も大きくは動けない」

 ミラノは、自分が“召喚士”として力を振るうという点について、不満がある。ミラノが使う力の源は、パールフェリカにある。自分の力ではない上、担ぎ上げられているのも気に食わない。自分が自分ではない状態へ追い込まれるのは、酷く気分が悪い。この国を護る為、士気を維持する為という理屈もわかる。パールフェリカが従っているので、ミラノは何も言わないが。

 基本的に、ミラノは目立ちたくないのだ。変に目立つとろくな事が無い。

 ミラノなりに、これからどうすべきかをざっくりと考えている。

 悪目立ちしない為には、やはり王都は自分が護るべきではない。

「そうですか……一回、試したいのですが──」

 ミラノが双眼鏡を下ろして隣のネフィリムを見上げる。会ったばかりの頃のように、好奇心にかられた蒼色の瞳と、目があう。彼の口元に、ニマリと笑みが浮かんだ。


 

 背の高い木々さえ絨毯として、飛翔召喚獣が我先にと飛ぶ中、“炎帝”が翼をバサリと鳴らして先頭へと躍り出た。

 灼熱の羽ばたきが兵らの視界を埋め、フェニックスはその首を巡らし、嘴を開く。その体長の5倍になる火炎を、敵ドラゴンの前方、木々に撒き散らした。

 誰もが、森の焼かれる様を脳裏に閃かせたが、その瞬間、木々の上に七色の魔法陣が広がった。大きさは炎と同じ、人の作り出す魔法陣とはかけ離れ、あまりに巨大。その魔法陣が、敵ドラゴンをあぶりながらのすり抜けて来た炎を、丸ごと飲み込んだ。

 魔法陣の下の木々には、相変わらず春の風が吹き込むだけだった。

 次の瞬間、敵ドラゴンらの真下に七色の魔法陣が生まれ、そこから先程飲み込まれて消えたはずの炎が噴出した。

 範囲の大きすぎる“炎帝”の攻撃は、周囲に被害をもたらしてしまう。それを、魔法陣は飲み込み、再度攻撃に転換、空に散らしたのだ。炎を、さながらこだまのように、敵を狙って返した。



 双眼鏡を覗き込んで確認していたミラノは、それを下ろしてネフィリムを見上げる。

「これで、“炎帝”も“雷帝”も……ティアマトも大きく動けますか?」

「楽勝」

 会心の笑みを浮かべ、ネフィリムは前線へ手を伸ばす。その手にあわせるように、双眼鏡からのぞくまでもない、“炎帝”が翼を、尾羽を大きく広げ、扇形で藍色の空に威容を示した。

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