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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
95/180

(095)パール姫の冒険IV(1)

(1)

「ふっふっふ~ん」

 鼻歌交じりのスキップで、パールフェリカは廊下を駆けた。その後ろを早歩きのエステリオがついて来る。

 召喚士ミラノのお披露目が終わると、彼女はネフィリムに先導され、玉座の裏、王の執務室へと消えた。

 パールフェリカの方は、部屋で大人しくしているよう、父王に命令された。何でも、ドラゴンの集団がじわじわ王都へ迫っているそうで。

 ミラノが本格的にその力を示すなら、横にパールフェリカが居るのはまずい。何せ、ミラノが力を使う度にパールフェリカの顔色は青ざめて、果てはぶっ倒れてしまうのだから。ミラノを“召喚士”として仕立て上げるなら、パールフェリカは最初から部屋で“寝ていろ”という事なのだ。

 パールフェリカが訪れたのは、エルトアニティ王子とキリトアーノ王子が通されていた迎賓室。

 重厚な両開きのドアの前に着いた時、ノックをする前に扉が開いた。

「おや、パールフェリカ姫ではありませんか」

 昨日と違う服を着ているところを見ると、プロフェイブから持ってこさせたのだろう。ガミカには彼らの着るようなひらひらした服を売る商隊なんて、ほとんど来ない。

 プロフェイブの者は、物の恵まれ、色彩豊かで派手な装いを好むが、常にモンスターとの戦いに隣り合わせのガミカは、地味、というより機能性重視の衣服が好まれる。女性でもスカートをはく事が稀なのは、そういった理由もある。

 エルトアニティ王子の、やや垂れ目ではあるが男前の顔を見た途端、パールフェリカは用も忘れてミラノがされた事を思い出した。あの時はびっくりして真っ赤になってしまったが、一発グーで殴ってやりたい。それを胸の奥にしまい込んで、パールフェリカはにこっと微笑んだ。

「エルトアニティ王子様。キリトアーノ王子様。少しだけお話しても構いませんか?」

「…………どうぞ。ただし、こちらで立ち話でよろしいかな、姫」

「……立ち話……。お急ぎなのですか?」

「先程ネフィリム殿下が教えて下さいましてね。各地で種種の変化の兆しあり、と。私も、いつか国を背負う身ですからね。そろそろ我がプロフェイブに帰ります」

「変化の、兆し……?」

「聞いておられませんか。クーニッドで、水晶が輝きを放ち、地を割ったそうですよ」

「え?」

「ガミカだけの変化なら良いですが、クーニッドの大水晶は、創世の地。全ての召喚術の基盤。ワキンヤンも落ち着きが無い。裏付けるようについさっき、プロフェイブからも急使がありました。商業都市サンドラ、港湾都市シーク、交通網の要所エイビン盆地など、プロフェイブを支える重要各所において、地震や津波、交通路寸断などいくつもの被害が確認されています。私も自分の国に戻らなければ」

 ワキンヤンとはエルトアニティの世に唯一の召喚獣、“雷帝”。これもとても大きな力を持っており、“炎帝”と同様、敵意や自然の変化にも過敏だ。世界的な天変地異が、発生しているという。

 パールフェリカは口元に手を当て、首をひねってエルトアニティを見上げた。

「……ご存知、無いのですね。何しにこちらへいらっしゃったのかは、聞きません。大人しくラナマルカ王、あるいはネフィリム殿下の言う事を聞いておきなさい──若すぎる姫」

「…………」

 パールフェリカは言葉を失う。若すぎる、と言った。幼いという言葉を言い換えているのだ。

 エステリオが、背に張り付く近くに居る。エルトアニティ王子を警戒しているのだ。半テンポ、鼓動が早くなってしまう。

「わ、私はただ、エルトアニティ王子様は、ミラノの事を知りたいのかなぁと」

 一度瞬きをして、エルトアニティはにまりと口角をくっきりと上げた。やけに顎が大きく見えて、パールフェリカは気持ち悪くなった。

「ええ、とても知りたいと思います。七大天使を召喚……あれは、わかりますか、パールフェリカ姫。つまり、神の御業なのですよ? もしクーニッドの変化が続くようなら、疑いたくもなるでしょう? 彼女が神の領域を侵犯し、その“怒り”に触れているかもしれない、と」

 エルトアニティはパールフェリカを見下ろし、覗き込んでくる。ぱさりとその艶やかな紅い髪が一房、パールフェリカの肩に流れこんできた。彼の影が、怯えた顔に落ちる。

 近い。

 ごくりと唾を飲み込み、パールフェリカはその翠色の瞳を見返す。

「か、神様、怒ってるの?」

「ガミカの民が、この世界の“神”を怒らせたなら、それは悲しい事ですね」

 エルトアニティ王子は爽やかな笑顔を浮かべつつ姿勢を戻すと、パールフェリカから離れた。

「どういう意味か、わかりません」

 エルトアニティが先に部屋を出て、パールフェリカの前を通り過ぎていく。キリトアーノが正面を通りかけた時、パールフェリカは仁王立ちでエルトアニティの背を見上げた。彼は半身ひねってパールフェリカを見下ろす。

「ミラノは、あなたのものなのでしょう? 一体どこから、“神の怒り”に触れるような女を連れて来たのです? それを放置しているのです? 返答如何では、我がプロフェイブは200万の兵と100万の召喚騎兵と共に、ガミカを“神”に献上せねばならない」

「………………」

 絶句し青ざめるパールフェリカの横を、きょとんとした表情でキリトアーノは通り過ぎた。

 エルトアニティは、ぷっと吹き出すように笑った。

「いやはや、そんな悲しい顔をしないで下さい。せっかくの愛らしいお顔が台無しだ。例えです、例え」

 パールフェリカは眉をハの字にしてエルトアニティを見上げる。エルトアニティは困ったように笑った。

「参りました。冗談ですよ、プロフェイブがガミカへ来るとしたら、“神”に抗する援軍として来ますから、そんな不安そうな顔をしないで下さい」

 エルトアニティは数歩戻り、パールフェリカから一歩の距離で足を止めた。

「ジズを追い返したのは、ミラノの召喚術ですね?」

「……ええ」

「……そうですか。そのようにあまりにも強すぎる力を持っているのならば、彼女に伝えてあげてください。召喚の力は、無限ではありません。限界以上に使いすぎれば、疲弊した召喚士は“霊界”に魅せられ、強制的にトランス状態に引き込まれて死に至る。人を、国を護る為とはいえ、命まで投げ出すのはおやめなさいと」

「…………」

 ミラノが力を使って消耗をするのは、パールフェリカの力だ。

 パールフェリカはゆっくりと視線を降ろした。

 ──何度か、知らない内に“トランス”していた。

「パールフェリカ姫?」

 ──ならば、ミラノが力を使いすぎた時、死ぬのは、私?

「姫?」

「……はい」

 パールフェリカは曖昧な笑顔をエルトアニティに向けた。彼はパールフェリカの頭をそっと、撫でると、憐れむような笑みを浮かべる。

「もう少し状況が読めるようになってから、自ら行動するようにした方が良いですよ、姫。無防備に表情を晒してしまうようなら、ね。あなたの友人、ミラノに習うと良いでしょう。あなたはまだ、子供だ」

 そうして、エルトアニティはキリトアーノを伴って去った。

 本当は、ネフィリムとシュナヴィッツ、そこにエルトアニティも加えてミラノをからかってやろうと……。何せミラノはエルトアニティから贈り物をもらうような女性なのだから、召喚獣なのに。

 パールフェリカはプロフェイブの王子二人の背を見送りながら、両手をぎゅっと胸の前で組み合わせて、押し付けた。

 階段の向こうに彼らが消えると、パールフェリカは自分の手を見下ろして、膝を付いた。

 ──泣きたくは、ない……。

 こんなにも悔しい思いをしなくてはならないのは、何故?

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