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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
92/180

(092)召喚“士”ヤマシタミラノ(1)

(1)

 ──バラしてやった!

 兄、ネフィリムとシュナヴィッツをまとめてからかって、パールフェリカはくくくっと笑う。しだいにあははっと声を上げて寝室へ駆け入ると、パタンと扉を閉めてしまった。

「すっかりからかわれてしまったな」

 ネフィリムはふぅと息を吐いて、パールフェリカの消えた寝室の扉を見た。

 残された“うさぎのぬいぐるみ”は、ソファの上から部屋の中央に立ったままのネフィリムとシュナヴィッツを見た。

「そういえば、お2人とも怪我の具合はどうなのです?」

 ミラノの声音はどこも変わらない。以前通りの淡々としたものだった。

 ネフィリムにもシュナヴィッツにも、手やら首やらに包帯がちらちらと見えている。

「えっと、ミラノはその……」

 やや後ろの腰に手を当て、もう片方の手は髪を梳きながら、シュナヴィッツは落ち着き無く言葉を選んでいる。問いに答えてくれる、というのでは無さそうである。

 シュナヴィッツの言葉を全部待たず、ミラノは言う。

「パールの言っていた事ですか? 聞かなかった事にします。ですから、お2人も、そのようにして下されば良いです」

「え?」

 きょとんとするシュナヴィッツの横で、ネフィリムがくくっと笑う。

「それではパールが悔しがるだろうなぁ。私たちをからかって遊びたかったのだろう、あれは」

「え? 兄上、そうなのですか?」

 驚くシュナヴィッツに対して、“うさぎのぬいぐるみ”は器用に肩をすくめた。

「そうでしょうね。きっと、パールも疲れているのです、連日倒れて……今のままでは体が持ちません」

「えっとその……」

 “うさぎのぬいぐるみ”はすっくとソファの上に立つ。

「シュナヴィッツさんのおっしゃりたい事は大体わかります。ですが、私はいずれ元の“人間”にかえります。“召喚獣”の私は、お2人ともの好意に応えられません。ですから、私の事はただの“うさぎのぬいぐるみ”と、思っていて下さい。もう、“人”の形にもなりません」

「………………」

 絶句するシュナヴィッツの横で、目を細めてネフィリムが笑う。

「──ミラノ、何もまとめてフラなくてもいいじゃないか」

「……私なりに気は遣いましたが? 兄弟仲にも、差し障り、無いでしょう?」

「全く、ミラノはどこまでもミラノなのだな」

 深く息を吐いて、ネフィリムはシュナヴィッツを見た。

「シュナ、お前はカーディリュクスと話を詰めて来い。飛翔召喚獣の指揮は任せる」

 ネフィリムの仕事モードの厳しい声に、シュナヴィッツははっとして兄を見る。

「兄上は?」

「私はもう少し情報を集める。父上のところだ。その後は……エルトアニティ王子だな。どうしたものか」

 言いながら歩き、ネフィリムは扉の前に着くとミラノを振り返った。

「ミラノ」

「はい?」

「ミラノがかえる事を望むなら、私は全力で手をかすから、何でも言ってくれたらいい。──今まで通りを選んでくれた君に、感謝する。ありがとう」

 そう言って、ネフィリムは部屋を出た。

 ネフィリムの背を見送ったシュナヴィッツは、しばらく下を向いていたものの、表情を引き締め、やはりミラノを見た。

「……僕も、ミラノの望む事には手をかす。ただ……今まで通りでもいいから、少し、もう少し傍に……いや……。その……出来れば、思っていても、かえるとは、言わないで欲しい。すまん」

 それだけ言って、シュナヴィッツは駆け去った。

 パタンと閉じる両開きの扉を、ミラノは赤い目でじっと見つめた。

 今後、彼らの気持ちがどこへ向かうのかは、ミラノの関与すべき事ではない。

 ミラノはフッた方なのだから。彼らの片想いが、ちゃんと消散するか、継続、増幅してしまうかは、彼らが決める事。

 ソファの座面にすとんと降りると、ミラノは腰を下ろし、絵本を開いた。



 寝室の扉にもたれかかり、聞き耳を立てていたパールフェリカは、薄暗い部屋の中、半眼で床を見て呟いた。

「……なんで……そんなツマラナイ方を選ぶのよ」

 そうして、そっと扉を開く。“うさぎのぬいぐるみ”はやはり、ソファに座って本を見ていた。

「ミラノ」

 寝室の扉を後ろ手で閉めて、パールフェリカは控えめにその名を呼んだ。

 “うさぎのぬいぐるみ”はゆっくりとこちらを見る。赤い目に、もちろん感情は無い。

「何?」

 ミラノの声に、パールフェリカはぱちぱちと瞬きをした後、口を開く。

「ミラノは、ドキドキとか、しない? ネフィにいさまもシュナにいさまも、とっても素敵な人だと思うんだけど? なんでそんなあっさりフってしまうの?? もうちょっと考えるとか──」

「私は、かえるつもりでいます」

 両手の身振りを加えて詰め寄るパールフェリカを、ぴしゃりとしたミラノの声が遮った。

「私には、元の世界に、私の人生があるの、パール。とらなければならない責任も、残っているの。そして、ネフィリムさんにもシュナヴィッツさんにも、ここに人生が、きっと王族としての責務が、あるのよ、パール。世界は、たった一人を中心に回っているわけではないのよ。好き、嫌いで世界は動いていないの。ただそれでも……だからこそ、本当に相手を思うなら、それ相応の行動が必要なのよ」

「……ミラノが、にいさまたちの事も、考えたから? だからフったの?」

 ミラノは開いていた絵本をぱたんと閉じると、自身の横に置いた。そして改めて、ソファの真横まで歩み寄ってきていたパールフェリカを見上げる。

「私は、かえる。かえれなかった時、私は“人間”じゃない。“召喚獣”という名の、“死者”でしょう? かえるにしろ、かえれないにしろ、選択肢は、2人に諦めてもらうしかないの。その為には、迷い無く私が、2人を“フる必要”があるの。ここで、パール、私の気持ちなんて関係ないのよ。わかる、かしら?」

 パールフェリカは俯いた。下唇をきゅっと噛んで、顔を上げる。

「ミラノは、にいさまたちの事、好きじゃない?」

「……そうじゃないわ。いえ、異性としてならばそういった感情は無いけれど。人として、彼らが魅力的な人物である事は、わかっているわ」

「なら、なんで? なんでフっちゃうの? 私は、好きだったらずっと──」

「パール。こちらへいらっしゃい」

 ミラノは横に置いた絵本をテーブルに移した。空いたソファの隣を、丸く白い手でぽふぽふと撫ぜた。その手元を見ていたパールフェリカは、ふいと顔を背けた。小さな声で呟く。

「……ミラノは、私の事も……」

「パール?」

 ミラノの声にも背を向け、パールフェリカは部屋を出ていった。扉の横に控えていたエステリオが、その後を追う。

 “うさぎのぬいぐるみ”はゆっくりと、ソファを降りる。歩き出そうとして、がくっとよろけて、テーブルに両手をつき、体を支えた。

 体が少し、重い。理由は、わからない。

「……やれやれ、ね」

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